2019年3月号 [Vol.29 No.12] 通巻第339号 201903_339003

AGU出張報告 最近の人工衛星を用いた大気微量成分の研究動向

  • 地球環境研究センター 衛星観測研究室 特別研究員 染谷有

1. はじめに

2018年度の地球物理学会(American Geophysical Union: AGU)Fall Meetingは、12月10日〜14日にワシントンD.C.のコンベンションセンターで行われた。これまでは、毎年サンフランシスコでの開催であったが、会場の都合により、2017年度のニューオーリンズに続く、サンフランシスコ以外での開催となった。AGU Fall Meetingは3万人規模の参加者が集う、地球物理学分野では世界で最大規模の学会である。本稿では、筆者の発表とそれに関連する衛星を用いた大気汚染物質や温室効果ガスの観測的研究の動向について報告する。

写真1会場となったWalter E. Washington Convention Center

2. AGUでの関連分野の動向

筆者はImproving the Science of Emissions Through Inventories, Observations, and Modelsというセッションで、温室効果ガス観測技術衛星GOSAT (Greenhouse gases Observing SATellite) のデータから導出したアンモニア濃度の全球分布とヨーロッパのMetop衛星に搭載された観測装置であるIASI (Infrared Atmospheric Sounding Interferometer) のデータによる同様のプロダクトとの比較結果についてポスター発表した。アンモニアは産業革命以降、人口増加とともに大気中への排出量が急激に増加している物質であり、海洋や湖沼の富栄養化、酸性物質との大気中での反応によって発生するエアロゾルによる健康影響や、それらが雲核となり、雲が増加することによって起こる放射収支の変化といった影響をもたらすといわれている。近年、地球上の物質から射出される赤外放射(熱赤外放射; TIR)を高波長分解能で観測できるハイパースペクトルサウンダーを用いて、人工衛星による大気中のアンモニア濃度の観測が行われ、プロダクトも公開され始めている。今大会ではIASIやAqua衛星搭載のAIRS (Atmospheric Infrared Sounder) によるアンモニアプロダクトを用いた、中国の大気汚染に関する報告が何件か見られた。筆者の発表にも中国や韓国を研究対象とした研究者が訪れてくれ、東アジアでの大気汚染に関する関心の高さが感じられた。アンモニアは中国内での排出量の推計がいくつも行われているが、その数値には大きな違いが見られており、このような不確実性の低減のために衛星データが今後さらに利用されていくのではないかと考えられる。今回発表したGOSATによるデータにもアメリカの研究者から利用の申し出があり、化学輸送モデルの計算結果との比較研究を行うことになった。中国では、近年、大気汚染物質の排出が規制され、二酸化窒素や二酸化硫黄の濃度もここ5〜10年程度で減少傾向にあることがAuraに搭載されたOMI (Ozone Monitoring Instrument) やSuomi-NPP (Suomi National Polar Partnership) に搭載されたOMPS (Ozone Mapping Profiler Suite) による衛星観測でも見られており、このような排出規制によって大気汚染は改善傾向にあるようである。一方、アンモニア濃度についてはあまり改善傾向が見られておらず、アンモニアの排出量も減少させることで東アジアの大気汚染はさらに急速に改善すると考えられるため、今後も継続的にモニタリングすることが必要である。今大会では、アンモニアプロダクトと二酸化窒素、二酸化硫黄プロダクトなどを複合的に利用した研究は見られたものの、インバージョン計算によるアンモニアの排出源や量の推定といった研究はあまり見られなかったため、このような研究についてはこれからの発展に期待したい。

写真2ポスター会場の様子

衛星による大気観測では、TROPOMI (Tropospheric Monitoring Instrument) を搭載したSentinel 5 Precursorが打ち上げられて1年が経ち、Atmospheric Monitoring from Space: The Copernicus S5P and Suomi NPP Constellationというセッションも立ち上げられた。プロダクトが公開されて間もないということもあり、TROPOMIに関する発表はプロジェクト関係者からの観測結果に関するものが主であった。TROPOMIは紫外から近赤外域の波長に観測バンドを持つ、回折格子型スペクトルセンサーであり、メタン、一酸化窒素、 二酸化窒素、 オゾン、 二酸化硫黄の気柱平均濃度や、雲やエアロゾルの高度と光学的厚さといった物理量を全球的に高水平分解能で観測することが可能である。メタンやエアロゾルプロダクトはまだ公開されておらず、2019年に公開予定であるものの、それ以外のプロダクトに関しては既に公開されており、今後、これらのデータがOMIのデータに取って代わることが予想される。発表では、OMIと比較してTROPOMIの高い水平分解能を強調したものも多くみられ、二酸化窒素の移流がより詳細に捉えられている様子や、より小さな高濃度域を捉えた様子などが示されていた。

衛星による温室効果ガス観測に関する発表はRemote Sensing of CH4 and CO2 from Space: New Observing System Capabilitiesというセッションを中心に行われた。ここでは、アメリカのOCO-2 (Orbiting Carbon Observatory-2) やGOSATによるデータを用いた研究成果のほか、今後予定されている衛星ミッションに関する発表も行われた。GOSATのスペクトルセンサーであるTANSO-FTSは近赤外域(SWIR)とTIRの観測を行い、SWIRから二酸化炭素とメタンの気柱平均濃度、TIRからそれらの鉛直濃度プロファイルを推定する。GOSATのSWIRプロダクトと同様に、温室効果ガスの気柱平均濃度はアメリカのOCO-2と中国のTanSatによって二酸化炭素が、TROPOMIによってメタンが観測されている。OCO-2による新しいXCO2プロダクトであるv8はスペクトル校正やアルゴリズムの改良などが行われ、その結果、v7に比べて値が大きく変化しており、検証の結果、さらに精度の向上に成功しているということであった。また、v8からポインティングのエラーや地表気圧の先験値などを見直したv9もリリースされている。GOSATシリーズに関する口頭発表では、JAXA菊地氏からSWIRとTIRを複合利用したアルゴリズムから推定した二酸化炭素とメタンの下部対流圏での濃度データを用いた、大都市での排出量変動が示された。国立環境研究所(以下、NIES)松永恒雄衛星観測センター長からは、2018年10月に打ち上げられたGOSATの後継機であるGOSAT-2について、今後配信予定のプロダクトの概要やそれらの検証計画について発表があった。また、それらの詳細についてはポスター発表にてNIES森野勇主任研究員や吉田幸生主任研究員らによって発表が行われた。TanSatに関する発表は今回のAGUではあまり見られなかった。

衛星による観測ではないが、今回最も印象に残った発表はMontzka et al.によるトリクロロフルオロメタン(CFC-11)に関する発表である。これは、2010年までに排出が終了しているはずのCFC-11がどこかから排出されているという、Montzka et al., Nature, 2018の続報であった。しかし、この発表に関しては次号掲載予定の中島英彰主席研究員の報告にお任せすることにする。

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