SEMINAR2021年2月号 Vol. 31 No. 12(通巻363号)

愛媛大学で地球環境に関するオンライン講義を行いました

  • 広兼克憲(地球環境研究センター 研究調整主幹)

2017年度から始まった地球環境研究センターと愛媛大学工学部との連携授業の一環として、2020年11月9日(月)と19日(木)に愛媛大学工学部1年生約90名に対して、地球温暖化に関する環境研究や国際情勢、日本政府の対応などについて、講義しました。例年、愛媛県松山市にある愛媛大学のキャンパスで行っていましたが、2020年は新型コロナウイルスの蔓延防止対策として、つくばからオンラインの形で実施しました。

冒頭、地球環境の危機的状況について若者が世界に警鐘を鳴らした有名なスピーチ2つ(1つは1992年の地球サミットでのセヴァーン・スズキ氏のスピーチ( https://www.youtube.com/watch?v=T9YaagLB5Fg)、もう1つは2018年、スウェーデンで撮影されたTEDxでのグレタ・トゥーンベリ氏のスピーチ(https://www.youtube.com/watch?v=EAmmUIEsN9A)を上映しました。次いで最高気温等が現在よりも大幅に高いことが示された「2050年の天気予報」(https://www.youtube.com/watch?v=NCqVbJwmyuo)を上映しました。そして聴講する学生の多くが生活している松山市の過去130年間の気温上昇を示し、学生の皆さんにも地球温暖化の影響が身近にあることを伝えました。

筆者はこれまで約30年間、日本の環境行政に携わってきましたが、日本の地球温暖化対策のスピード感は先進的な国と比較すると明らかに遅いと感じていました。しかし本講義を行う約2週間前に菅内閣総理大臣が2050年までに日本はCO2排出を実質ゼロにすると宣言し、日本の地球環境行政のスピードが加速していくのではと期待しているところです。

今回の講義では、その最新ニュースである菅総理の宣言を紹介しつつ、これまでの日本の地球温暖化対策(京都議定書とパリ協定への対応)について、低炭素社会を目指していた段階から脱炭素社会に向けた宣言に至るまでの歴史を織り交ぜながら説明しました(図1、図2)。

写真1 縦に長い教室で講義を受ける学生さんたち(2019年の愛媛大学での授業は対面で行いました)
図1 低炭素社会から脱炭素社会への移行を説明
図2 日本の脱炭素社会実現に向けた削減目標のイメージ。2050年までに排出量をゼロにする新目標ラインは、従来の目標ラインと比べて、さらに急速に排出量を減らす必要があることが理解できる

次に国立環境研究所地球環境研究センターで行っている大気中の温室効果ガス濃度のモニタリング事業について、現場に携わっているスタッフ(高度技能専門員: 野村渉平)から説明してもらいました。

まず地球環境研究センターが運用している地上定点観測所(地球環境モニタリングステーション落石岬(北海道)、地球環境モニタリングステーション波照間(沖縄県)、富士山特別地域気象観測所)が紹介され、それらの地点は、観測が安定的に行える条件を備えていること、すなわち植生が乏しく、人口密度が極めて低い場所であることが説明されました。

そのほかにも地球環境研究センターは、広範囲の地域の温室効果ガス濃度を様々な方法でモニタリングしています。例えば、日本と世界各都市を往復している定期貨物船や旅客機に観測機器を搭載し、それらの移動範囲の温室効果ガス濃度を観測するNIES VOS projectやCONTRAIL projectが授業の中で紹介されました。

また、同一の温室効果ガス濃度を観測するにも、観測点の地理的特徴や観測の条件の違いにより、使用されている機器の仕様が異なることが説明されました。最後に、温室効果ガスの濃度は、観測した地域に影響を及ぼす温室効果ガスの排出源と吸収源の強度に影響されるため、観測地点間で若干の違いがあること、観測地点間の温室効果ガスの濃度比較により各地域の温室効果ガスの排出源と吸収源の強度の変移が見られること、そしてアメリカ海洋大気庁.との間で観測精度が常時検証されていることが紹介されました。

図3 日本とハワイで観測された地上でのCO2大気中濃度の推移

さらに環境省、宇宙航空研究開発機構(JAXA)と共同で取り組んでいるGOSATプロジェクトを紹介しました。本プロジェクトは、人工衛星から地表までの間のCO2やメタンの濃度を観測し、全球のCO2やメタンの濃度分布データを高頻度に取得するプロジェクトです。

人工衛星(GOSAT-1号機)は2009年に打ち上げられ、10年を超えた今でも貴重なデータを地球に送り続けています。さらに測定可能なパラメーターや測定精度が拡充されたGOSAT-2が、2018年10月29日に打ち上げられ、今後新しいデータが出てくることを野村渉平高度技能専門員が説明しました。

1.あと30年で社会をどのように脱炭素化していくのか

菅総理が温室効果ガス排出量を2050年までに実質ゼロにする宣言をした後、再生可能エネルギーの推進や効率的な蓄電池の開発など、これを実現するための様々な技術情報が堰を切ったようにメディアで発表されていますが、現時点では、具体化に向けた実行計画であるロードマップは発表されていません。今後速やかにロードマップが策定されていくものと思われますが、日本では既に多くの地方公共団体が2050年までに温室効果ガス排出量ゼロを目指すゼロカーボンシティー宣言をしています(図4)。

今後、国と自治体が連携して脱炭素社会構築に取り組んでいくことは間違いないので、その状況を今回は紹介しました。

図4 2050年二酸化炭素排出実質ゼロを表明した自治体(2020年11月11日時点)。今後は国との連携も図られていくはずです

【オンラインデモ実験:海はCO2を吸収する?】

現在、化石燃料(石炭や石油など)の燃焼で排出されたCO2は、おおよそ半分が大気中にとどまり、残りの半分が陸上の植物と海水に吸収されています。そこで、海水がCO2を吸収するのか、さらにCO2吸収が海水の酸性度に影響を与えるのかを検証できる簡単な実験をオンラインで行いました。この実験は是非学生の皆さんに体験してもらいたかったのですが、残念ながら、これがオンライン講義の限界でした(実験の詳細なやり方は過去の記事を参考にしてください)。

CO2が大気中に増えると、地球温暖化を進めるだけでなく、海にCO2が溶け込み海水が酸性化します。酸性化が進むと海の生物が炭酸カルシウムを作れなくなり、たとえばウニや貝などの堅い殻(炭酸カルシウム)をもつ生き物に影響が出ると報告されています。IPCCの報告書でもこのことに焦点が当てられています(http://www.cger.nies.go.jp/ja/news/2014/140516.htmlを参照)。

2. 日本の温室効果ガス排出量と地球温暖化対策

2017年の国別のCO2排出量は、中国、アメリカ、インド、ロシアの順で、日本はそれに次ぐ世界第5位の排出大国です。一人あたりの排出量では日本は9トンで、世界平均の約2倍です。国別排出量1位の中国など他国の取り組みへの期待も重要ですが、日本は自ら模範となる排出量削減を実施しなければならない立場にあるといえます。

パリ協定を踏まえ、日本政府は地球温暖化対策計画を2016年5月に閣議決定しました。これは2030年度までに2013年度の温室効果ガス排出量から26%の削減を行うというものでしたが、このレベルの対策ではパリ協定の目標の達成には到底及びません。そこで今回の菅総理の宣言に至ったわけです。この宣言を実行するためにはこれまでの排出削減レベルと格段の差がある強力な対策を進める必要がありますが、日本は世界で排出量削減に先進的に取り組んでいる国々が掲げる目標と同じ目標の達成に向けて邁進する必要があります(図2)。

【体験:自転車で発電】

写真1 オンラインでご紹介した自転車発電解説ビデオのワンシーン。わかりやすいようにワットモニターをワイプで画面に挿入しています

エネルギーは目に見えませんので、そのありがたさを実感する機会はなかなかありません。前回は実際に教室で学生さんに自転車をこいでもらい、そこで発電したエネルギーであかりをつけてもらうことにより、エネルギーのイメージをもってもらいました。しかし、今回はそれもできませんので、予め研究所で説明用のデモビデオを制作してこれをオンライン講義で紹介しました。

LED電球なら、それほど力を入れなくても10個以上点灯できますが、白熱電球はその半分の数でも明るくつけようとすると坂道を登るような力が必要です。この体験では消費電力の違いをペダルの重さで理解できます。また、発電所(この場合、脚力)のパワーが弱くなると多くの電球がチカチカして安定しない、いわゆるブラックアウトが起きる前の状態も体感できます。

写真2 自転車発電に学生さんがチャレンジする様子(昨年の授業)。ペダルの重さは、やはり体験していただきたかったです

3. アンケート集計結果

講義の後、地球温暖化問題に関する意識についてのオンラインによるアンケートをお願いし、36人から回答をいただきました。ご協力いただき、ありがとうございます。主な質問と回答の概要は以下のとおりです。

(1)気候正義(climate justice)という言葉をご存知でしたか?

「はい」と答えた人は残念ながらいませんでした。気候正義(地球環境豆知識 [34] 地球環境研究センターニュース2018年4月号参照)とは、気候変動問題は(因果関係を踏まえた加害者と被害者が存在する)国際的な人権問題であって、この不正義を正して温暖化を止めなければならないという考え方に基づく言葉で、世界各地で気候正義を求める社会運動が展開されています。

海外では学生たちが、この考え方に基づいて政府に対策を訴えたり具体的な活動をしたりすることも多くなっています。

(2)パリ協定では今世紀末までに世界における温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする目標を掲げています。これは実現可能だと思いますか?

「可能と思う」(9人)、「不可能と思う」(18人)、「わからない」(9人)で、半数の人は実現が不可能と答えていました。「可能と思う」理由については、「どの国にもそれを可能にする知恵と技術があるから」など、「不可能と思う」理由については、「ゼロに近づけることは可能でも完全にゼロにすることは不可能だと思う」や「一人ひとりの意識が重要になるが、その意識改革が難しいため」という回答がありました。

「わからない」の理由には、「理論上は温室効果ガスの排出ゼロを実現できると考えられるが、それを行う人々がどう働きかけるかは別の問題であるから」などの意見がありました。

(3)あなたにとって地球温暖化あるいは気候変動は身近な問題ですか?

「はい」(33人)、「いいえ」(3人)でした。身近なこととして感じると答えた人の理由として、「最近異常気象が多い」と回答した人が多くいました。やはり、気象の変化について実感している人が多いことがわかります。

(4)パリ協定の目標を達成するために必要なことは何だと思いますか?(複数回答)

新しい制度の設立、科学技術の進展、ライフスタイルの変化から複数回答可で質問した上記の問いに関する回答は「新しい制度の設立」(22人)、「科学技術の進展」(25人)、ライフスタイルの変化(30人)という結果でした。その他としては、「国民の意識を変える」という意見がありました。

(5)講義を聞いて、地球温暖化問題に関するあなたの考え方に変化がありましたか?

多くの方(23人)が講義を聴いて自分の考え方が変わったと回答しました。具体的な意見としては、「危機感が増した」、「考え方が変わったというより新しい知識が増えていろんな考え方ができるようになった」と回答した人がいました。この問題を自分ごととして考えていただけるきっかけになったように感じました。

(6)自由記述の意見から

今後、若い人たちと一緒に脱炭素社会実現の手がかりを探していきたいと考えているが、若い人が参加しやすいと思う方法のアイデアを聞いたところ、参考になる意見をいただきました。いくつか紹介します。

  • 理想の街を班ごとに分かれて考え、作る
  • Twitterで「環境問題について思っていること」のようなハッシュタグなどを作り、自由に意見を発信してもらうという方法
  • 有名なYouTuberとかに視聴者参加型の案件をたのむ
  • 実験や身近なものがあると自分は興味が出ます
  • 生配信などをしてその場での意見交換やアンケートをとる

今回は新型コロナウイルス感染拡大防止の観点もあり、4回目にして初めてのオンライン授業となりました。学生さんの顔が見られない中での授業では、やはり何かが足りない気持ちですが、一度オンライン講義を経験させてもらったので、次回はさらに良い授業となるように工夫したいと思います。