RESULT2021年9月号 Vol. 32 No. 6(通巻370号)

最近の研究成果 雲の中を計測する「多視野角・多重散乱偏光ライダー」の開発

  • 西澤智明(地球システム領域 大気遠隔計測研究室長)
  • 神慶孝(地球システム領域大気遠隔計測研究室 主任研究員)
  • 杉本伸夫(地球システム領域大気遠隔計測研究室 客員研究員)

雲やエアロゾルは、地球大気の放射収支に大きな影響を与えることが知られていますが、その影響メカニズムは単純ではなく、気候変動予測の不確実性の大きな要因になっています。これらの詳細な理解と不確実性の低減を主眼に、日欧共同による地球観測衛星ミッションEarthCAREが進行しています。

2022年度に打ち上げ予定のEarthCARE衛星には、ライダー、雲レーダー、イメージャー、そして放射計が搭載され、これまで十分な観測が行われてこなかった雲粒やエアロゾルの光学特性(濃度、粒径、相、種類など)の高度分布が全球観測されると共に、大気放射の観測も同時に行われます。本研究では、このEarthCARE衛星搭載ライダーATLID(ATmospheric LIDar) を用いたアルゴリズムおよび地上検証用の、多視野角・多重散乱偏光ライダーを開発しました。

衛星搭載ライダーを用いた雲・エアロゾル推定で大きな課題となるのが、光学的に厚い層(雲層や濃いエアロゾル層)で顕著となる多重散乱光の補正です。ATLIDは地上で直径30mにおよぶ非常に広い受信視野をもつため、推定に必要な一次散乱光に加えて、受信視野内で発生した多重散乱光も測定することになり、これが大きな推定誤差を生みます。

そこで、このATLIDの測定信号を地上観測から再現できるライダーを開発しました(図(左、中))。開発したライダーは、レーザーを鉛直上方に送信し、雲やエアロゾルにより散乱されたレーザー光を鉛直上向きの受信望遠鏡(θ=0mrad)と鉛直上向きから10mradずつ傾けられた4つの受信望遠鏡によって同時計測します。

ATLIDの広い受信視野をカバーするだけではなく、雲・エアロゾルの情報を内包した多重散乱光の角度情報の取得も狙い、5つの受信望遠鏡(各々の視野角は10mrad)で構成されたユニークな「多視野角」システムとしました。また、ATLIDでは波長355nmのレーザーを用いると共に偏光測定が行われるので、本ライダーにもそれらの機能を実装しました。多重散乱光の測定を主眼としたライダー観測は世界的にも例が少なく、特に偏光測定は稀であり、波長355nmにおける計測は世界初となります。

例として、雲(高度2.5km付近に雲底を持ち、層厚1km以上)の計測結果を図(右)に示します。鉛直上向きの受信望遠鏡により計測された信号(θ=0mrad)は、雲底近傍で最大となり、雲の内部に入るほど減少していきます。これは、雲粒による強い光の減衰により一次散乱光が失われていくことを反映しています。

一方、雲の内部では多重散乱光が卓越してきます。傾けた受信望遠鏡には、一次散乱光は入らず、多重散乱光のみが入射します。よって、雲の内部に入るにつれて、鉛直上向きの受信望遠鏡により計測された信号が、傾けた受信望遠鏡(θ=20, 40mrad)の測定信号に漸近していきます。

これらの測定結果の特徴は(偏光測定を含めた他の特徴も)、シミュレーション解析や先行研究と整合しており、本ライダーによる測定の妥当性が実証されています。

従来の地上ライダーの視野は狭く(視野角1mrad)、主に一次散乱光を測定するために、雲底近傍で信号が減衰しきってしまい、雲の内部の測定は不可能でした。しかし、本ライダーは多重散乱光を計測することで、この欠点を克服しています。これも本ライダーの大きな特徴の一つです。

今後は、これらの測定値を用いたEarthCAREアルゴリズムの改良と共に、雲・エアロゾル特性の推定手法の開発に取り組んでいきます。なお、本研究はJSPS科研費(JP17H06139)等の助成のもと実施されました。

(左)開発したライダーの外観。(中)ライダーの構成。(右)雲層に対する計測例。情報通信研究機構(東京都小金井市)の構内にライダーを設置し、昼夜連続観測を継続して行なっている。図(右)は2019年6月3日の深夜3時頃の測定結果。鉛直上向きの受信望遠鏡により計測された信号(θ=0mrad:黒線)は、雲底近傍で最大となり、雲の内部に入るほど減少していることが見て取れる。一方、傾けた受信望遠鏡(θ=20mrad:青線, θ=40mrad:赤線)では多重散乱光のみが計測されるため雲の内部で信号が最大となることが見て取れる。