ココが知りたい温暖化

Q11エアロゾルの温暖化抑止効果

!本稿に記載の内容は2024年2月時点での情報です

化石燃料を燃やしたときに発生する微粒子は、実は温暖化を抑止する効果があると聞きました。そうだとすると、温暖化対策として化石燃料の消費を抑えるという行為は、逆に温暖化を促進することにつながりませんか。

永島達也

永島 達也 (国立環境研究所)

化石燃料を燃やしたときに放出される微粒子には、確かに地表を冷却する効果がありますが、地球全体で考えた場合、同時に放出される二酸化炭素等の温室効果ガスによる温暖化の効果はそれを上回ると評価されており、化石燃料の消費を抑えることは有効な温暖化抑制策といえます。また、微粒子には健康への悪影響や大気汚染の原因となるなどの問題があり、その面からも化石燃料の消費を削減することが重要です。

化石燃料の燃焼に伴って発生する微粒子(エアロゾル)

化石燃料を燃やしたときに放出される微粒子といえば、蒸気機関車から吐き出される黒煙や、ディーゼル車の黒い排気ガスなどを思い浮かべる方が多いと思います。この黒い微粒子は化石燃料が不完全燃焼を起こして発生した煤(すす)ですが、実際にはこうした目に見えるもの以外にも、不純物として含まれる硫黄分や空気中の窒素などが燃焼によって酸化された物質や、燃焼しきれずに残った燃料中の炭化水素などが気体(前駆気体)として放出されています。前駆気体は大気中での光化学反応を受けて変質し、二次的な微粒子が生成されます。大気中に放出あるいは生成された微粒子は、大気エアロゾルと呼ばれており、降水などによって大気から除去されるまで大気中を浮遊し(注1)、時には発生域から遠く離れた領域まで、大陸や大洋を越えて運ばれることが知られています。

化石燃料の燃焼に伴うエアロゾルの種類や放出量は、燃焼させる化石燃料の種類や燃焼形態によって異なっており、一般的には石油や天然ガスに比べて、石炭からはより多くのエアロゾルが発生するといわれています。また、エアロゾルは化石燃料の燃焼からだけではなく、薪や農業廃棄物(稲藁など)の燃焼、森林火災などからも大量に発生していると考えられています。エアロゾルがもつさまざまな物理的・化学的な性質は、温暖化だけではなく、大気汚染や酸性雨など多くの環境問題にとって重要であり、これまでにも数多くの研究が行われています。 

エアロゾルが日射を変えるあの手この手

エアロゾルは、いくつかの異なった過程により大気中での光や熱のエネルギーの流れを変化させ、気温を変化させる効果をもちます。そのような効果としては、エアロゾル自体が光を反射したり吸収したりすることにより地表へ届く太陽光を減少させる効果(直接効果)や、雲の性質を変化させることによる間接的な効果があります。雲を構成する雲粒は、エアロゾルを核として水蒸気の凝結により生成されますが、エアロゾルの数が多い場合は少ない場合に比べて、同じ量の水蒸気がより多くのエアロゾルに配分されることになるため、雲粒ひとつひとつのサイズが小さくなります。このような小さい雲粒からなる雲は太陽光を反射する効率(この効率をアルベドと呼びます)が高くなります(雲アルベド効果)。また、小さな雲粒は雨粒にまで成長して大気中から除去されるまでの時間が長くなるので、雲として存在する時間が長くなり、太陽光を反射している時間がより長くなると考えられています(雲寿命効果)。いずれも地表に届く太陽光を減少させる効果があります。一方、光を吸収する性質のある微粒子(煤など)は、前出の直接効果によって地表に届く太陽光を減らすものの、吸収によって微粒子を含む大気層が加熱され、雲粒の蒸発が起こったり、大気が安定化して雲の発生が抑制されたりして、地表に届く太陽光を増やす効果(準直接効果)もあわせもつと考えられています(注2)。 

温室効果ガスによる温室効果は、エアロゾルによる冷却効果を凌駕する

こうしたエアロゾルによる放射効果と、同時に排出される温室効果ガスによる温暖化効果の比較を考えてみましょう。仮に、バケツ一杯の石炭を燃やしたときに発生するエアロゾルと温室効果ガスについて、それらによる放射効果の大小を考えたとします。石炭が燃え尽きるまでもうもうと排出される黒煙や二次的に生成されたエアロゾルによって、当初は太陽光が著しく遮断され気温が一時的に下がるかもしれませんが、その後エアロゾルは降水などにより大気中から急速に失われ、次第に温室効果ガスによる温暖化の影響が現れてくることが予想されます。このような場合、エアロゾルは温暖化を抑止したといえるのでしょうか。さらに、バケツに次々と石炭を補充していった場合には、結果的にどちらの効果が優勢になるのでしょうか。

こうした問いに答えるため、多くの気候モデルの結果を用いて定量的な評価が行われてきました。IPCCの第6次評価報告書によれば、工業化以降、大気中のエアロゾル量は化石燃料の使用が多い領域(北米、欧州、アジアなど)や森林火災の多発域(アマゾン、中央アフリカなど)で増加し、そのような地域では、エアロゾルの増加に伴って負の放射強制力(注3)(地表を冷却する作用)も大きく増加したと評価されています。

しかしながら、全球で平均した場合、エアロゾルの増加による負の放射強制力の増加はエアロゾルの直接効果によって-0.22 W/m2、それ以外の様々な効果(雲アルベド効果、雲寿命効果、準直接効果など)によって-0.84 W/m2と見積もられており、これによる全球地表気温の低下は、それぞれ0.13℃および0.38℃と推定されています(図1)。そして、これら二つによる地表冷却の効果を足しても二酸化炭素の増加による正の放射強制力の増加(2.16 W/m2)とそれによる全球地表気温の増加(1.01℃)に比べて小さいと評価されています。エアロゾルによる放射強制力変化の見積もりは不確実性が非常に大きく、研究の進展に伴って今後も変わる可能性はあります。実際、エアロゾルによる放射強制力の値はIPCCの第2次報告書から最新の第6次報告書にかけて大きく変遷しています。しかし二酸化炭素に加えて、メタンや対流圏オゾンなど、化石燃料の消費に関係する温室効果ガスの影響を考慮すれば、化石燃料の消費に伴って発生する温室効果ガスによる正の放射強制力の方が大きくなります。このため、温室効果ガスとエアロゾルのすべてを考慮した場合の正味の放射強制力は正の値となり、地表をあたためているということができます(図1)。つまり、化石燃料の使用を抑える行為は、温暖化の抑制策として有効であると結論することができるでしょう。

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図1工業化以前(1750年)から現在(2019年)までに、各種気候強制要因が変化したことによる全球地表面気温変化の見積もり(IPCC第6次評価報告書第1作業部会報告書をもとに作成)右の数値は、各要因による全球地表面気温変化の最良推定値と、括弧内はいろいろなモデルや観測による推定値の90%が収まる幅

温暖化も大気汚染も:一石二鳥の対策

一方、化石燃料起源のエアロゾルには、環境へさまざまな悪影響を及ぼす物質であるという側面があります。たとえば、半径2.5 µm以下などサイズの小さなエアロゾル(PM2.5)は、人間の肺の奥深くに到達して種々の健康被害を引き起こす可能性が懸念されています。また硫酸塩や硝酸塩からなるエアロゾルは酸性雨を引き起こし、森林や湖沼などの生態系に悪い影響を及ぼすことが知られています。さらに、前駆気体の変質過程ではエアロゾルとともにオゾンなどの光化学オキシダントが生成され、光化学スモッグとして知られる大気の汚染とそれに伴う健康被害を引き起こします。このため、過去に大気汚染を経験した国々では、自動車や工場、発電所などで化石燃料を大量に消費する際、排気中のエアロゾルや前駆気体を除去(脱硫、脱窒)する対策が進められてきました。しかしながら、同時に発生する温室効果ガスを排気から除去する対策については遅れており、現状では、エアロゾルの排出だけが抑制されている状況といえます。こうした状況では、エアロゾルの冷却効果によりこれまで部分的に相殺されてきた温室効果ガスによる温暖化を、ある程度促進してしまった可能性があるかもしれません。

しかしながら、エアロゾルの健康影響や大気汚染の被害は甚大であり、温暖化対策のためだけを考えて燃焼排気中からのエアロゾルの除去を止めるわけにはいきません。結局、温暖化対策と大気汚染問題への対策の双方を満たすためには、エアロゾルと温室効果ガス双方の発生源たる化石燃料の消費自体を抑制してゆくことが何よりも重要であるといえるでしょう。

注1
エアロゾルが大気中を滞留できる時間は気象条件などにより異なりますが、対流圏では一週間程度、圏界面から成層圏にかけては数か月から数年程度です。
注2
ここに挙げた以外にも微粒子による間接的な効果(たとえば氷晶核効果など)が提案されています。
注3
放射強制力とは、二酸化炭素などの温室効果気体の濃度や太陽放射強度などの変化による対流圏界面における放射強度の変化のことです。放射強制力が正の場合には地表を加熱し、負の場合には冷却します。

さらにくわしく知りたい人のために

第1-3版 永島 達也(出版時 アジア自然共生研究グループ 広域大気モデリング研究室 研究員/ 現在 地域環境保全領域 大気モデリング研究室 主席研究員)