ココが知りたい温暖化

Q5森林の減少と二酸化炭素吸収量

!本稿に記載の内容は2024年3月時点での情報です

世界で森林破壊が進んでいるというのに、植物による二酸化炭素の吸収量は増えているとも聞きました。いったいどちらが本当ですか。

髙橋善幸 三枝信子

髙橋 善幸 (国立環境研究所)1 三枝 信子 (国立環境研究所)2

世界の森林面積が全体として減少しているのは本当です。一方で、様々な研究の結果から陸上の植物の二酸化炭素(CO2)吸収量は過去に比べて増えていると推測されていて、現在も研究が進められています。植物によるCO2吸収量が環境の変化に応答して増加したり減少したりする作用について理解を進めることが重要となっています。 

森林破壊は進んでいる

森林破壊とは、人間が森林を過度に伐採したり焼いたりすることにより、森林が自然の力では回復できなくなり、森林面積が減少することをいいます。世界の森林面積を把握するために広く用いられている世界森林資源調査(Global Forest Resource Assessment: FRA)によると、現在の森林面積は陸地の約30%にあたる40億ヘクタール程度であり、1990年から2020年の30年間に、1年あたりおよそ590万ヘクタールの速さ(森林面積の0.15%に相当)で世界の森林面積が減少したと推定されています。過去30年において、世界全体での森林面積の減少は改善(減速)傾向にあるとされますが、現在でも世界の森林破壊は進んでいます。

森林を農耕地や都市に転換するなど土地の利用形態を変えることを土地利用変化と呼んでいます。土地利用変化は森林破壊により樹木が燃やされたり、土壌に蓄積された大量の有機炭素が分解することで二酸化炭素が大気に放出される要素と、再植林や新規植林など二酸化炭素の吸収を増やす要素の両方を含んでいます。土地利用変化全体では2013年から2022年の10年間で平均して1年間に13(±7)億トンの炭素が陸域から大気に放出されていると見積もられています(図1)。誤差が大きいのは、もとになるデータに土壌有機物の分解から出てくるCO2の量など直接的に把握することが難しいものや、統計データが十分に整備されていない情報などが含まれていることによります。

陸域生態系の二酸化炭素(CO2)吸収量の全体像

植物の葉は昼間に太陽の光を利用して光合成を行い、CO2を吸収します。一方、植物の葉・枝・幹・根は昼も夜も呼吸を行い、CO2を放出しています。また、土壌の中に棲む微生物は、落ち葉や枯れた枝・幹などの有機物を分解することにより、昼も夜もCO2を放出します。陸上植物が光合成により吸収するCO2、呼吸や有機物分解により放出するCO2はそれぞれ1年あたり1300億トン(炭素換算)程度と推定されています(図1)。

光合成によるCO2の吸収が、植物の呼吸や有機物分解によるCO2の放出よりも多ければ、その差し引き分の大気中のCO2が陸域生態系に有機物として蓄えられます。これを「正味の吸収」といい、陸域生態系が大気中のCO2濃度の増加を抑制する働きはこの「正味の吸収」によるものです。2013年から2022年の間の陸域生態系の正味のCO2吸収はおよそ平均で1年間に33(±8)億トン(炭素換算)と推定されています。このうちの13(±7)億トンが土地利用変化で放出されていると推定されていますが、この部分を差し引いてもおよそ20億トン(炭素換算)が陸域生態系に吸収されているということになります。

注目してほしいのは、森林破壊など土地利用変化により大気に放出されるCO2は、陸域生態系が光合成で吸収しているCO2の量、あるいは呼吸・有機物分解で大気に放出しているCO2の、およそ100分の1に過ぎないということです。例えば、光合成によるCO2吸収が1%増加すれば、土地利用変化により大気に放出されるCO2を打ち消す効果があるということになります。 光合成による吸収と呼吸・有機物分解からの放出は、光・温度・水分・大気のCO2濃度・樹木の種類・森林の年齢などにより変化します。環境の変化によって吸収や放出のバランスが変化すると、それらの差し引き分である「正味の吸収量」を大きく変化する可能性があります。森林破壊などの土地利用変化による放出が増えたとしても、他の要因で陸域生態系の正味の吸収量がそれ以上に増加すれば、陸域生態系全体での吸収量は増えることになります。

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図12013年から2022年の10年間の地球全体での炭素の循環

陸上植物によるCO2吸収量は増えていると推測されている

化石燃料消費などによって放出され炭素換算96(±5)トンのCO2のおよそ半分である炭素換算52億トンが大気に蓄積されています。残りが海洋または陸域の生態系に吸収されていることになります。

まず大気への蓄積に関しては、1) 化石燃料消費量は統計情報からある程度正確に把握できること、2) 大気の循環や混合の速さは海水の循環に比べて速く、全球的な観測網から得られたCO2濃度変化が得られることから、大気への CO2 蓄積量は正確に見積もることができます。

一方で海洋では、CO2の吸収・放出は場所と季節によって大きく変化するともに、エルニーニョやラニーニャといった数年スケールでの変動やより大きな時間スケールでの変動にも影響を受けます。さらに、大気観測のように全球を網羅する常時連続観測データを海洋において得ることは困難です。また、陸域においては、生態系の吸収・放出するCO2の量も気候帯や植生タイプにより変化し、短期長期の気候・気象的な変化にも影響を受けます。

さらに、陸域生態系のCO2のやり取りを観測するタワーが世界中のさまざまな陸域生態系に設置されていますが、それぞれのタワーが代表できる空間スケールは数ヘクタール程度であり、陸域生態系全体を直接的に把握することができません。海洋と大気の間のCO2のやり取り、そして陸域生態系と大気の間のCO2のやり取りをフラックスと呼びますが、海洋あるいは陸域生態系のフラックスの測定・計算は大気のCO2濃度の測定に比べて不確かさが大きいこともあり、その結果として海洋あるいは陸域生態系が吸収するCO2の量を正確に求めることは難しいのです。吸収量の推定の誤差が大きいので、その変化を正確に把握することはさらに困難です。 

現在、さまざまな観測データを統合的に利用して、地球全体での大気・海洋・陸域生態系の間のCO2の収支とその変化の推定が行われています。様々な観測結果や推定結果から総合的に判断すると、陸域生態系のCO2のやり取りは温度や水分など気象条件の変化で年により大きく変動しますが、長期的にみると、土地利用変化からのCO2放出の影響を考慮に入れたとしても陸域全体の吸収量は最近の40年程度は増加傾向にあったと考えられています(図2)。  

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図2さまざまな全球植生モデル(数値モデルの一種)により推定された炭素収支の推定値(緑線)。黒線は全体の平均値を示す。

陸上植物によるCO2吸収が増える理由

陸上植物のCO2吸収量が増加する理由は何なのでしょうか? 実は、同じ種類の植物で比べると50年前や100年前の植物に比べて現在の植物の方がCO2をたくさん吸収しているのではないかと主張する研究結果が報告されています。そうした研究では、植物によるCO2吸収量が増える理由として、(1) 大気中のCO2濃度上昇による施肥(せひ)効果、(2) 人為起源の窒素酸化物による施肥効果、(3) 地上気温の上昇による効果などがあるのではないかと推測しています。 (1)のCO2濃度上昇による施肥効果とは、光合成の原料であるCO2の濃度が高いほど植物はCO2を吸収しやすいため、光合成が促進される効果をいいます。(2) の窒素酸化物による施肥効果とは、人間活動の影響によって大気に放出された窒素酸化物が、雨に溶けるなどして森林に降り注ぎ、植物の栄養となる窒素成分を多く利用できるようになるために成長がよくなる効果をいいます。(3) の地上気温上昇による効果とは、特に高緯度帯や高山帯などの寒冷地で生育する植物にとって、気温上昇により光合成速度が上がったり、1年のうちで光合成によってCO2を吸収する期間が長くなったりする効果をいいます。

CO2や窒素の施肥効果を実験的に調べる研究も行われています。たとえば、野外で生育する樹木や農作物にCO2の濃い空気を吹きかけて植物の反応を調べるFACE(Free-Air CO2 Enrichment experiment: 開放系大気CO2増加実験)という実験が世界のさまざまなタイプの森林で行われてきましたが、その結果によると、大気中のCO2濃度をもとの状態(およそ370 ppm)の2倍程度にすると、樹木の成長量や農作物の収量が10~30%程度増えるといった施肥効果があること、土壌中の窒素濃度が高いほど施肥効果が上がることなどの事例が報告されています。その一方で、植物の種類や年齢によって効果の程度が違うことや、施肥開始から年数がたつと成長量や収量が増えなくなる場合があることもわかってきています。森林のおかれている環境や気候条件によって、そのCO2の施肥効果が大きく変化することになります。 

窒素施肥の効果については窒素の供給が過剰である場合は森林衰退につながることもありますし、気温の上昇は光合成量の増加だけでなく土壌有機物の分解の促進によって、生態系から大気へのCO2放出を増加させる効果もありますので、陸域生態系による「正味の吸収」が今後どのように変化するか予測するには、正味のCO2吸収量を増加させる作用と減少させる作用についての理解を高めていく必要があります。

CO2の吸収量を正確に計測するための研究

植物のCO2吸収量が地球規模でどの程度増加しているか、またその増加している原因についての推定にはまだ大きな不確かさが残っています。現在、世界中の森林のCO2吸収量の変化を調べるため、植物生態学・林学・気象学といったさまざまな分野で研究が進められ、樹木の年輪を調べる方法、樹木の直径成長量を計測する方法、気象学的な方法で大気から森林が吸収したCO2量を計測する方法、人工衛星を使って広範囲の光合成量を計測する方法や、航空機やドローンなどを用いた森林バイオマスの詳細な測定など、さまざまな計測技術の開発が進められています。将来は世界中の植物によるCO2吸収量の総量やその変化をより正確に求めることができるようになるでしょう。

さらにくわしく知りたい人のために

1 第3版 高橋 善幸(地球システム領域 陸域モニタリング推進室長)
2 第1-2版 三枝信子(出版時 地球環境研究センター 陸域モニタリング推進室長/ 現在 地球システム領域長)