ココが知りたい温暖化

Q3海と大気による二酸化炭素の交換

!本稿に記載の内容は2010年9月時点での情報です

大気中の二酸化炭素は、海洋との間で大量に交換されていて、それに比べると化石燃料の燃焼で発生する二酸化炭素の量は桁違いに小さいと聞きました。そのわずかな量が大きな気候変動をもたらすのですか。

向井人史

向井人史 地球環境研究センター 炭素循環研究室長 (現 地球環境研究センター長)

海洋と大気の間の二酸化炭素のやり取りは、主に拡散とよばれる機構による双方向の二酸化炭素の交換により行われます。この交換量は化石燃料消費などで放出している二酸化炭素量の10倍以上の大きさですが、最終的な大気と海洋の間の正味の移動量は、それらの交換量の差として現れます。大気から海洋への正味の移動量(吸収量)は、現在、化石燃料燃焼により毎年出される二酸化炭素量の約30%であり、出された二酸化炭素が全量吸収されるわけではありません。その残った分が毎年大気に蓄積していきますので、数十年単位では大きな蓄積量となります。

海洋と大気の間を行き来する二酸化炭素(CO2)とは

海洋から大気へ、また大気から海洋へ炭素換算で年間約900億トンのCO2が行き来しているという説明を受けたり、図を見たりすることがあるかもしれません(たとえば図1)。これに対し、私たち人類が石油や石炭などの化石燃料の使用や森林破壊で大気に放出しているCO2は70億トン程度ですので、海洋と大気間を行き来している900億トンに比べると小さいものに感じられます。

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図1CO2の移動の様子(1980〜89年)

(単位億トン-炭素/年)(Siegenthalerら, 1993)

まず、海洋と大気との間のCO2の交換量というものが何であるかを説明しましょう。実は、われわれが何も手を加えなくとも、海洋と大気の境界、つまり海面を通してCO2は常に移動しているのです。海水中にあるCO2は、すきあらば大気へ出ていこうとしています。一方、大気中にあるCO2はすきあらば海水にもぐり込もうとしています。実際には物質にはそのような意思があるわけではありませんが、空間や物質の中に広がっていこうとする“拡散”とよばれる現象がそれぞれの側に存在します。いわば、海洋チーム側と大気チーム側に分かれてCO2というボールをお互いに投げあっている状態を想像していただければよいと思います(図2)。境界線でのボールのやり取りの数がこの交換量にあたるわけです。チームにいる各人がある時間内に投げられるボールの数はその人のまわりにあるボールの数に比例していると考えられますので、大気チームにあるボールが多くなると、大気から海洋へ投げられるボールが多くなります。もし、ある時間内に投げたボールがお互いに同数であるならば、それぞれの側にあるボールの数は投げる前と変わっていないことになります。この場合、大気から海洋へ移動する量と、海洋から大気へ移動する量が等しくなり、見かけ上はお互いに変化がないように見えます。この状態を平衡状態と呼んでいます。われわれは見かけ上のことしか見えないことが多いので、何も起こっていないように見えますが、実際のミクロの世界から見ると両者一歩も引かない白熱した激しいボール投げがまさに繰り広げられているという状況です。この表向きにはよく見えていない交換量を表しているのがここでのご質問の約900億トンという数字です。

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図2大気-海水境界面でのCO2の交換のイメージ

産業革命が起こる前の、大気中CO2濃度が長い間280ppm[注]で一定だったころの大気と海洋の間はまさに平衡状態にあり、その当時のCO2のボールの投げあいによる海と大気との交換量は、740億トンであったと考えられています。数字が900億トンよりも小さいのは、大気の濃度が現在よりも低かったためですが、いずれにせよ、年間を通してのボール投げ合いは引き分けであり、大気と海洋の正味の出入りはゼロであったと考えられています。このように、大気中のCO2濃度の動きを調べるためには、交換量自体の大きさより、最終的な正味の出入りを見なければなりません。売り上げがいくらかではなくて、最終利益がいくらであるかを考えねばならないことと同じです。

われわれが放出しているCO2の半分以上は大気に残留する

さて、問題はこの海面で行われているミクロ的ボール投げ大会に、われわれがどのように参加しているのかということです。今、われわれ人間が化石燃料を燃やしたりして放出している年間のCO2量(70億トン)は、大気濃度でいうと毎年3.5ppm程度の濃度増加(これは約1%の濃度変化に対応する)を与えるような大きさとなります。ポイントはこのわれわれが放出したCO2のボールは、大気と海洋の交換量と関係なく、まず一度大気に蓄積されるということです。これにより大気濃度の増加が最初に起こります。いわば、われわれはこのボール投げ大会で一方的に大気チームに加担しているのです。われわれが大気チームのボールの数を少しずつ増やすことで大気チームは優勢になり、海洋側へ投げるボールもそれだけ増加していきます。よって海洋へのボールの移動量が増え、その結果、海洋も追随して濃度増加が起こります。

これまで、われわれが毎年出したCO2は、海洋や陸の植物などが吸収してもまだ半分程度が大気に残ってしまうことがわかっています。その結果200年の間に大気の濃度は280ppmから345ppm(1985年)へ増加しました。この濃度増加により大気から海洋へのCO2移動量は、以前の年間740億トンから920億トンまで増加したと考えられます。海洋も大気からの移動量が増えることで濃度が上昇しますが、海洋は表面海水と深層海水との入れ替わりがあり、取り込まれたCO2のボールが少しずつ深層へと運ばれることで、表面の海水の濃度増加には遅れが生じます。近年の海洋観測の結果から、海洋のCO2の大気平衡濃度は実際の大気よりも平均で8ppm程度低くなっていると考えられています。この濃度差により、海洋から大気への移動量は、大気から海洋へ移動する量よりも20億トン程度少ない、年間900億トンと推定されています。

このような原理から、920億トンと900億トンの差である20億トンが、大気チームが優勢となったため海洋側へ移動した(海洋が吸収した)量であることがわかります。一方、人間が大気へ放出している70億トンはその3倍以上ですので、かなりの量が毎年大気に残されてしまいます。実際には植物による吸収があるので、残存量は少し抑えられますが、もし昨今のCO2排出量が毎年維持されると、今後50年のうちに500ppmにせまる濃度になるのは確実です。たとえば、陸上植物がさらに10億トン吸収し、年間40億トンが大気に残るとすると、年間に2ppm増加し、50年で100ppm増加します。2007年現在、濃度はすでに約383ppmです。しかも気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change: IPCC)のCO2排出量シナリオではさらに排出量が増える場合も想定されていますので、濃度増加はさらに大きくなることも考えられます。そして、このレベルのCO2濃度で温暖化傾向は十分加速され、海洋の酸性化などを含めて地球環境に重大な変化がもたらされるとIPCCは警告しています。

これらの状況を受けて、たとえば、温暖化の影響を回避するべくCO2等の濃度を500ppm以下に安定化させようとするならば、上に述べたようなCO2の循環が続く場合、50年後にはわれわれ人類によるCO2発生量を半減させるぐらいの削減が必要になることがわかります。しかし今後の炭素循環の変化に関して未解明の部分も多く、将来のCO2濃度の予測に対してさらなる研究が必要です。

〈参考〉どのようにして、このような交換量が推定されているのでしょうか

大気と海洋の間の交換量は、放射性炭素を含むCO2の海洋への吸収量の測定から推定された値です。放射性炭素は宇宙線でできて、大気中にCO2として一定レベル生成しています。いわば色のついたCO2のボールが存在することになります。これが定常的に海洋へ溶け込んでいる速度の観測や、1960年前後に核実験により大量にばらまかれた放射性炭素が海洋に侵入していく様子の観測などから、通常のCO2の海洋への移動速度(交換量)が見積もられています。

ppmは、濃度の単位で、100万分の1を表します。

さらにくわしく知りたい人のために

  • Siegenthaler, U., Sarmiento, J. L. (1993) Atmospheric carbon dioxide and the ocean. Nature 365, 119-125.