ココが知りたい温暖化

Q6森林の二酸化炭素吸収量の測定方法

!本稿に記載の内容は2017年2月時点での情報です

森林の二酸化炭素吸収量が国全体とか、地球全体とかでどれくらいあるか、どうやって知ることができるのですか。

伊藤昭彦

伊藤昭彦 地球環境研究センター 温暖化リスク評価研究室 研究員 (現 地球環境研究センター 物質循環モデリング・解析研究室 主任研究員)

国や地球全体の森林による二酸化炭素の吸収量は、現場レベルの観測と統計データ、モデルや衛星観測といった最新の手法を組み合わせて値を求めています。

世界の陸上生態系(森林など)は大量の二酸化炭素(CO2)を吸収する

最近の研究では、世界全体で陸上の生態系(森林や草原、農地など)は1年間に炭素量にして31億トンほどのCO2を正味で吸収していると見積もられています。これは、森林破壊と土地利用変化に伴うCO2放出分よりも大きく、人間活動によって放出される温室効果ガスの収支を考える上で重要な要素となっています。では、どうやって世界全体の吸収量を求めているのでしょうか。

まず、森林での炭素の流れを説明しておきましょう。陸上の植物は光合成によって、CO2からバイオマス[注1]を生産しています。それはやがて落葉や落枝となって地面に落ち、微生物の働きで土壌がつくられます。このバイオマスや土壌が炭素を貯めていることになります。生きている植物や微生物は、呼吸によって貯めている炭素の一部をCO2として大気へ放出します。人間活動が加わると伐採による持出しや切りくずの廃棄が生じますし、火災時には有機物が燃えて大気に放出されます。「森林の吸収能力」という場合、光合成による炭素の固定量だけを考える場合と、植物や微生物から大気中へ放出される呼吸を差し引いた正味量を考える場合とがあるので注意が必要です。温暖化問題を考えるときは、大気CO2との関係が重要ですから、吸収と放出とを両方考えた正味の吸収能力で議論するのが適切でしょう。

微気象学的方法で森林の吸収量を測る

目で見渡せる1キロ四方程度の森林なら、CO2の吸収量を直接測定することができます。森林の中に鉄塔(タワー)を建て、その上で空気の流れとCO2濃度を精密に測定することで、森林への吸収量を時々刻々測る方法(微気象学的方法と呼ばれます)が開発されています。近年では、このような方法により世界500地点以上(2015年時点の観測ネットワーク登録数より)で観測が行われています。それらの成果から、多くの森林で1ヘクタールあたり年間1トン程度の炭素吸収が生じていることがわかっています。また、多地点のデータを比較したり、長期間の測定データを解析したりすることで、森林ごとの吸収能力の差や環境条件への応答などについて研究が進められています。さらに、森林への炭素吸収がどういうメカニズムで生じているかを理解することは、環境変動が起こったときに森林の炭素吸収がどう変わるかを予測する基礎になります。今までの研究から、大気CO2が増加したことによる施肥効果[注2]、近年の環境変化による植物の成長促進、植林の効果などがメカニズムとして考えられています。一方、将来、温暖化が進んだ場合には、微生物の活動が活発化し、土壌有機物からのCO2放出量が増える可能性が示されています。森林の炭素吸収の将来予測をより正確に行うためには、このように複雑に絡まり合った効果を考慮する必要があります。

積み上げ方式で国全体の吸収量を推定する

より広い範囲の森林の吸収量は直接はかることはできませんが、それを知るにはどうしたらよいでしょう? 森林のバイオマスや土壌中の炭素量をはかることで吸収量を求める、積み上げ法またはインベントリ法と呼ばれるものが使われます。これは、植物や土壌の中に貯留された炭素量の変化から、ある期間の積算した炭素の吸収量を求めるものです。もちろん、国中の木や土壌をすべて測定するのは無理なのですが、林業や農業に関係するため、かなりの統計的なデータが取られています。それを使えば、市町村や国ごとの炭素吸収量を概算することができます。実際、京都議定書の第一約束期間における森林吸収源の算出でも、このような簡便な手法が利用されていました。京都議定書では、1990年以降の排出削減分に、日本の場合は1300万トン(炭素換算)まで森林管理による吸収量として勘定に入れてよいことになっています。これは削減義務であるマイナス6%のうちのマイナス3.8%に相当する大きな量ですので、国内では林野庁が中心となってこの量を精密に算出しました。わが国から国連に提出された京都議定書の対象となる森林管理に伴う吸収量は、間伐などの森林管理による効果で徐々に増加しており、2008〜2012年度の合計で約6820万トン(炭素換算)となっています。

地球スケールの炭素循環解明

森林およびそれ以外の土地利用も含む地域・地球スケールの炭素循環を明らかにする研究では、大気中のCO2濃度の空間分布を観測し、その変動から吸収量を求める方法を用います。前に述べたような、植物や土壌にCO2が正味で吸収されると大気CO2濃度は低下する方向になる(逆に、放出の場合は増加)、という関係を利用します。高いタワーや飛行機を使った広域的な観測に基づいて数百平方キロ以上の広い範囲の吸収量を知ることができます。そのとき、空気中での風による輸送や拡散を考慮しなければなりませんので、精密な大気モデルを用いたインバース法と呼ばれる手法が使われます。近年まで、この方法ではごく大雑把な分布しかわかりませんでしたが、データ量や計算能力の向上によって、より詳細なパターンがわかるようになっています。大気の観測では陸だけでなく海や人間活動の放出・吸収も同時に検出されますので、その寄与分を分離する研究も盛んに行われています。この方法の問題として、タワーや航空機の観測では地球全体をカバーすることが難しいという点があったのですが、これを克服するために人工衛星から温室効果ガスをグローバルに測る方法が開発されています。日本でも2009年1月にGOSAT(温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」)が打ち上げられました。その観測データを用いて、地球スケールでの陸域生態系や海洋によるCO2吸収をより高い精度で評価する方法が確立されつつあります。

森林の数値モデルによる評価

新しい手法として、森林の機能をシミュレートするモデルを用いて吸収量を求める試みがなされています。これは植物の光合成と呼吸、土壌微生物による分解といった森林の炭素の動きを、コンピュータ上で計算することで吸収量を求めるものです。この方法の特徴は、観測データを集めるのが難しい長い期間や広い範囲について、炭素吸収量を求めることができることです。たとえば、図1に示したのは、私たちが日本国内を1kmの格子に分割し詳細なモデル計算を行って得た、2000〜2005年の平均的な吸収量の分布です。北から南にかけて吸収が大きくなっていることがわかりますが、これは気候条件の変化にともなって森林タイプが亜寒帯常緑針葉樹林、落葉広葉樹林、暖温帯常緑針葉樹林、常緑広葉樹林と変化していることに対応します。国内の全森林(約25万平方キロ)における吸収量は約3250万トン(炭素換算)と推定されました。これは京都議定書の第一約束期間で対象となる「90年以降に森林管理が実施された森林」以外の吸収分も含めた総量のため、上記の値よりもかなり大きくなっています。つまり政策的な評価では、森林管理や植林効果などの要素も加味した評価が必要となります。

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図1モデルで推定された日本国内の森林・農地・草地における2000〜2005年の炭素吸収量の分布

コンピュータモデルを用いることにより、炭素吸収量の詳細な空間分布パターンを知ることができるようになります。森林モデルを用いることのもう一つの特徴は、気候モデルに基づく将来の温暖化シナリオを使うことで、炭素吸収量の将来変化を予測することが可能になる点です。このようなモデル手法は、今後の温暖化研究でますます重要になると考えられており、モデルの信頼性を高めるため観測分野と協力して研究が進められています。

注1
バイオマスとはある面積に存在する生物(植物や動物を含む)の総量をいう。
注2
施肥効果とは植物の成長を制限している資源(栄養塩やCO2)が多く与えられることで成長が促進される効果のこと。植物に肥料を与えるのと同様な効果であることから。

さらにくわしく知りたい人のために

  • 吸収源対策研究会編 (2003) 温暖化対策交渉と森林. 全国林業改良普及協会.
  • 林野庁ウェブサイトの解説 http://www.rinya.maff.go.jp/j/sin_riyou/ondanka/