!本稿に記載の内容は2014年3月時点での情報です
過去数十万年に渡る南極の氷のサンプルを分析して得られたデータでは、気温上昇が先にあって、それに追随して二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガス濃度が上昇していると聞きました。CO2が増えて温暖化するのではなかったのですか。
町田敏暢 地球環境研究センター 大気・海洋モニタリング推進室長
IPCCの第5次評価報告書[注1]では、1951〜2010年の世界平均地上気温の観測された上昇の半分以上は、温室効果ガス濃度の人為的増加とその他の人為起源強制力の組み合せによって引き起こされた可能性が極めて高いとされています。つまり近年の温暖化は温室効果ガスの変動がきっかけになっていると言えますが、過去にはこれと逆に、気温の変動をきっかけとして大気中の温室効果ガス濃度が大きく変化していた自然現象があったのも事実です。
大気中のCO2濃度は人類が化石燃料を燃焼させること以外にも、自然のしくみ(陸上植物や海洋の働きなど)によって大きく変動しうるものです。たとえば、過去数十万年の間に起こった氷期-間氷期(かんぴょうき)サイクルと同期するようにCO2などの温室効果ガスの濃度が大きく変化していたという証拠が、南極やグリーンランドの氷床を掘削した氷のサンプル(氷床コア)から得られています。例として図1に一番最近の氷期(最終氷期)から現在の間氷期に移行する間の南極の気温(の指標)とCO2濃度およびメタン濃度の詳細な変動を示します[注2]。この図を見ると、最終氷期からの気温と温室効果ガスの上昇はほぼ同時か、気温の方がやや早いということがわかります。この現象は、まず気温上昇などの気候変動で温室効果ガスの濃度が変化し、温室効果ガスの変化がさらに気温変動を増幅させたものであると説明されています。この気温の変化と温室効果ガスの変化について、以下でもう少し詳しく説明していきます。
およそ10万年の周期で起こった氷期-間氷期サイクルは北半球の高緯度地方に降り注ぐ日射量が変わったことが “きっかけ” になっています。これは地球の自転軸や公転軌道の周期的な変化に対応しており、ミランコヴィッチサイクルと呼ばれています。図1の最終氷期の終わりを例にとると、この日射量変化をきっかけとして、北アメリカやヨーロッパを覆っていた氷床面積の減少、海水面の上昇とそれに伴う大気中の塵の減少、さらには陸上植物の分布が変化したことなどが現在の間氷期への移行に寄与したとされていますが、最近の研究によれば、これらの変動に加えてCO2などの温室効果ガスの影響を考慮に入れないと、氷期-間氷期の気温差を半分程度しか説明できません。すなわち、過去にも、大気中の温室効果ガスの変動が地球の気候を実際に変えていたことがわかってきたのです。
次に、過去に温室効果ガスの濃度が変化したメカニズムですが、そう簡単ではありませんし、未だに「定説」があるとはいい切れません。ごく大まかには、氷期-間氷期サイクルにおけるCO2の変動には、南極周辺の海洋が重要な役割を担っていたと考えられています。一方、メタンは陸上の湿地が主たる放出源ですので、熱帯から北半球にかけての気温や降水量の変動に濃度が影響されます。図1では最終氷期から現在の間氷期にかけての気候変動が、IからIVの四つのステージに分けられています。CO2とメタンの変動がそれぞれのステージで違ったふるまいをしているのは、上記のような発生・吸収メカニズムの違いがあるからです。
実はこのような気温上昇のタイミングや温室効果ガスの変動要因の解明は、今でもホットな研究分野で、次々と新しい事実が明らかになっているところです。日本が南極ドームふじ基地で掘削した氷床コアを極めて詳細に解析した結果、最終氷期のみならずそれ以前の氷期の終わりも気温の上昇が先であったことがわかり、ミランコヴィッチ説を強く支持したことは、これらの議論の中でも大きな貢献でした。
氷床コア解析のような過去の知見の蓄積は、将来の気候変動を予測する上で非常に貴重な情報となります。さらに別な視点からいうと、図1の “急激” に見えるCO2の増加が1000年で20ppm程度であるのに対して、現在では “たった10年” で同程度の濃度上昇が観測されているのですから、氷床コア解析のデータはわれわれ人類が大気に対していかに大きなインパクトを与えているかを考えさせられる貴重な情報であるともいえます。
(本回答の作成にあたり、国立極地研究所の川村賢二博士に有用な助言をいただきました。)