2012年6月号 [Vol.23 No.3] 通巻第259号 201206_259005

Planet Under Pressure会議報告 —地球環境研究の新しい枠組みFuture Earthに向けて—

  • 地球環境研究センター 陸域モニタリング推進室長 三枝信子
  • 地球環境研究センター 気候変動リスク評価研究室長 江守正多

1. はじめに

2012年3月26日から29日に、ロンドン(イギリス)でPlanet Under Pressureと題する会議が開催された。会議名を直訳すると「圧力を受ける惑星」である。人間活動の影響が地球規模に及び、自然環境も人間社会もその影響を圧迫として受けているといった意味だろう。主催したのは、国際科学会議(International Council for Science: ICSU)などが推進する地球環境変動分野の四つの国際研究計画[1]、およびそれらを連携させるための仕組みである地球システム科学パートナーシップ(Earth System Science Partnership: ESSP)であった。

会議はロンドン郊外の国際会議場で行われ、100を超える国や地域から3000人以上の研究者や政策担当者らが集まった。主なテーマは、持続可能な地球環境と人間社会をつくること、そしてそれを実現するための研究を推進することを目標として、これまでの国際研究計画を再編し、自然科学と社会科学を統合した新しい地球システム科学の推進メカニズムをつくることであった。

2. 会議の概要:Planetary boundariesを把握する

午前にメイン会場で全体会議、午後に分科会形式で最大14会場に分かれて口頭発表や討論、さらに連日ポスターセッションも行われた。全体会議の流れは、研究者が順に登壇して発表を行う形式の(よくある)国際会議とは違っていた。BBCのニュースキャスターが司会進行を務め、科学、政治、経済ほか各界の代表による基調講演やパネルディスカッションを行い、インターネットを使って会場のみならず世界中からリアルタイムで質問を受けるなどの舞台演出が発揮され、短時間で参加者の関心をつかみ主催者の準備した流れに巻き込むという雰囲気があった。

photo. ポスターセッション

ポスターセッション会場の様子

全体会議で各分野の代表が繰り返し語ったことは、地球環境が過去から現在、そして将来にわたりどのように変動していくか、その変動を予測し人類が生存できる範囲にとどめることができるか、それを可能にするために何をすべきか、といった内容だった。その中で、いま私たちが生きている時代はAnthropocene(アンソロポシーン、またはアントロポセン)であるというとらえ方が紹介された。Anthropoceneとは地質学的な年代を表す新しい用語で、人類が地球環境を変えた時代を意味する言葉である[2]。また、人類が地球に与える負荷が大きくなりすぎると、例えば気候、水環境、生態系などに内在する回復力(Resilience)の限界を超えたときに不可逆的で大きな変化が起こりうるとし、そのような限界(臨界点: Tipping point)がどこにあるかを知ることが重要であるという考え方も示された。臨界点を明らかにすると同時に、人類が生存できる範囲の限界(地球の境界: Planetary boundaries)を把握することで、人類にとっての壊滅的な変化が起こることを回避できるのではないかという考えである。

午後の分科会では、連日全体会議で示される大きな目標に対応して、これからめざす新しい地球システムの科学で重要になる数々の問題について、研究発表、新たな枠組みについての議論、個別の話題についてのパネルディスカッションなどが行われた。以下に、分科会の中でも特に多くの参加者の関心を集めた話題を簡単に紹介する。

3. 地球環境研究の新たな枠組み Future Earth

地球の変動を包括的に理解するため、これまでにも自然科学や社会科学の枠をこえてIGBPなどの四つの国際研究計画[1]の連携を進めようとする取り組みはあった。しかし、これまでの国際研究計画はそれぞれ独自に科学委員会やサイエンスプランを作って活動したため、結局のところ地球システム科学パートナーシップ全体を包括するような活動は期待通りには進まなかった。その反省から、今回は四つの国際研究計画を統合して一つの新たな枠組み「Future Earth: Research for global sustainability(未来の地球: 地球規模の持続可能性についての研究)」をつくるという基本計画が紹介された。

Future Earthがこれまでの国際研究計画と違う点として、以下のような内容が強調された。

  • (1) これまでの計画では自然科学の推進が大きな割合を占めていたが、Future Earthは地球環境の持続可能性を向上するための研究を自然科学と社会科学の全面的な統合に基づいて推進する。
  • (2) これまでめざしてきたのは実質的には先進国中心の科学の発展であったが、Future Earthは地球規模での人材養成や地域ごとのネットワークを重視する。
  • (3) これまでの研究計画は研究者が立案してきたが、Future Earthでは研究者のみならず、政策担当者や利害関係者が立案に参加する。

つまりFuture Earthは、研究者のみならずさまざまな立場の人たちと地球環境の持続可能性向上に向けた研究を推進する枠組みであり、研究はあくまでも研究者によって行われるが、研究立案の段階と、研究成果の利用を考える部分で政策担当者や利害関係者が関与する。これまでの地球システム科学パートナーシップの活動が基本的に研究者のボトムアップで計画されたのに対し、Future Earthでは、トップダウンで研究計画を立案し、ボトムアップで研究を実施するとされる。

4. ベルモントフォーラム(Belmont Forum)

Future Earthのもとで研究を実践するための資金助成の仕組みである。これまで地球環境分野の研究資金助成は、国際的な助成組織である地球環境研究支援機関国際グループ(International Group of Funding Agencies for Global Change Research: IGFA)が担ってきたが、結局のところあまり迅速な対応ができていなかった。一方地球環境問題には近年ますます緊急の対応を求められていることから、重要かつ優先すべき研究テーマを決めてそこに迅速に予算を配分する仕組みが必要であるという考え方により、地球環境関連研究の資金助成団体の合同体としてベルモントフォーラムが設立された。ベルモントフォーラムには、主要先進国の研究資金助成機関が参加し、日本からは文部科学省と科学技術振興機構(JST)が既にメンバーとなっている。

5. まとめ

4日間にわたる会議で、地球環境研究センターのメンバーも、全体会議で都市の持続可能性について講演(ダカール)、分科会でアジアの研究ネットワーク形成についてパネラーとして討論(三枝)のほか、ポスターセッションで最新の研究成果を発表(中山、塩竈、横畠、加藤)などの貢献をした。最終日には、会議全体のまとめとして、2012年6月にリオ・デジャネイロ(ブラジル)で開催される国連持続可能な開発会議(RIO+20)に向けた宣言(State of the Planet Declaration)が発表された。その趣旨は、科学者コミュニティは地球環境研究の枠組みをつくり変え、政策担当者や利害関係者とも深く意思疎通をはかって持続可能な地球環境と人間社会をつくるための研究を推進しますというものである。今回の会議とRIO+20へのインプットによって一足飛びで現状が変わるわけではない。しかし、例えば1990年代にIGBPが本格的に始動して以来、地球規模の現象に対する物理・化学・生物分野の融合研究が時間をかけて進んだように、Future Earthの考え方も、数多くの研究者の中にこれから浸透していくだろう。特にアジアには、先進国でいくら科学が進んでも、地域の社会や経済の問題に正面から取り組まない限り解決も改善もできない環境問題が数多くある。その中には、地球規模の環境の持続可能性に影響力をもつものがある。地球システムについてこれまで蓄積された膨大な知見に基づき、そうした地域の問題の理解と解決に取り組むことが、アジアで研究を続ける私たちのこれからの仕事の一つかと考えた。

参考情報

  • Planet Under Pressure会議のホームページ
    http://www.planetunderpressure2012.net
  • State of the Planet Declaration
    http://www.planetunderpressure2012.net/pdf/state_of_planet_declaration.pdf

脚注

  1. 地球システム科学パートナーシップの四つの国際研究計画
    • 地球圏・生物圏国際協同研究計画 International Geosphere-Biosphere Programme (IGBP)
    • 地球環境変化の人間的側面国際研究計画 International Human Dimension Programme on Global Environmental Change (IHDP)
    • 生物多様性科学国際協同計画 International Programme on Biodiversity Science (DIVERSITAS)
    • 世界気候研究計画 World Climate Research Programme (WCRP)
  2. Crutzen P.J. (2002) Geology of mankind. Nature, 415, pp.23

目次:2012年6月号 [Vol.23 No.3] 通巻第259号

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