2017年8月号 [Vol.28 No.5] 通巻第320号 201708_320002

対話オフィスの一年を振り返る 〜双方向の対話と、社会との信頼関係構築を目指して〜

  • 社会対話・協働推進オフィス 科学コミュニケーター 岩崎茜

国立環境研究所(以下、国環研)に社会との双方向のコミュニケーションを担う社会対話・協働推進オフィス(以下、対話オフィス)が設置されてから一年余り。オフィス代表の江守正多と科学コミュニケーターの岩崎茜が昨年度を振り返り、その成果や今後の課題について語りました(写真1)。聞き手は、今年4月に新たなスタッフとしてオフィスに着任した冨永伸夫です。

※対話オフィスについて詳しくはこちら。 http://www.nies.go.jp/taiwa/index.html

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写真1オフィス代表の江守を中心に座談会形式で一年を振り返った

理念を活動にしていく一年

冨永

この一年間、どんなことをやってきたのですか。

岩崎

立ち上げの時にオフィスが掲げた理念を形にしていく一年間でしたが、難しかったです。まずはできることからやろうということで、サイエンスカフェやステークホルダー会合を始めました。具体的な対話イベントを実施することを通して、対話で何をすべきか模索しつつ活動してきました。

サイエンスカフェを国環研の夏の一般公開に合わせて行ったのは、社会と関わる機会を一からつくるのは難しいので、すでに用意されている場をうまく利用しようと思ったためです。

冨永

これまでの活動に、対話という機能を付け加えていこうということですね。

江守

それまでの一般公開でも、対話的な場面はそこここで生まれていました。たとえば子供とクイズをしたり、何かを作ってもらうときには、研究者と子供と親が色々な話をする機会になっています。

地球環境研究センターが一般公開で毎回開催しているパネルディスカッションでは、会場とのやり取りを長くする対話的な試みをしばらく前からやっていましたが、あまりうまくいきませんでした。一方通行でないコミュニケーションにしようと口で言っても、すぐにはそうならない。その状態にうまく持っていくための話の流れや仕掛け、場の雰囲気があるのだと思う。その経験をいま積んでいるようなところはありますね。

あとは、そうした場での個々の対話の体験や失敗が各自の経験にとどまっていて、整理されて共有されていないので、それをまとめる形にしていくのは面白いかもしれないと思います。

岩崎

対話オフィスの活動方針にも、所内の既存の対話経験の共有とガイドブック化を掲げています。何年かがかりで取り組みますが、その第一歩として昨年度、所内のスタッフが有している対話の経験を集めるワークショップを行いました。

それぞれの人がどのような対話の場を経験し、コミュニケーションを取るうえで難しかったり、課題に感じたことは何かを話し合いました。また、その解決のヒントとして、対話の経験が豊富なスタッフからアドバイスを聞くこともできました。

“双方向” を実現するために

冨永

オフィスがどんな目的で設置されたのか、そこを改めて伺っておきましょう。

江守

昨年度から国環研の第4期中長期計画が始まるのを機に、社会と学問との間の垣根を越えた新しいコミュニケーションをする組織を提案するべきではないかと一部の研究者の間で盛り上がり、提案が認められて設置に至りました。組織として設計する段階から色々と考え始めて、たとえば、対話は従来の広報とどのように違い、どう広報部門と連携してやっていくのか。学問の世界を越える「超学際」の理念を入れていくとすれば、新たにどんなことをしなくてはいけないのか、それを考えながら一年間やってきました。

提案の時に言葉として強調したのは、いままでの広報は一方向で、対話は双方向であるということ。一方的に社会に発信するのではなくて、社会の声を聞いて学ぶことに重きが置かれる。昨年度の活動も、その考えに沿ったことをやってきました。

冨永

双方向を充実させるための手立ては何か考えているのですか。たとえば一般の側からすると、シンポジウムに参加し、手を挙げて大勢の前で質問するのはなかなかできないことです。そういう心理的障壁をどう乗り越えるのかをきちんと整理しないと、双方向というのはうまくいかないかもしれないですね。

江守

研究者側も取り組みの姿勢を大きく変えていく必要がある気がしています。たとえば講演会で質疑の時間になると、自分の主張をしたい人が演説を始めて困るとか、トンチンカンな質問をされて困るとかいう声を聞きます。整然とした質疑応答が理想であると考えている人が多い気がするし、自分も以前はそうでした。

最近思うのは、講演内容と関係がなくてもいいから、テーマや内容に関して思っていることを自由にたくさん話してもらったら面白いし、ポイントは分からないけれどこの人はきっと何かが聞きたいのだな、というぼやっとしたものが聞けるのでも面白い。本当はそういうところに、専門家ではない人とコミュニケーションをするときに研究者の側が学ぶべきものがある気がします。

「いま言われたことは何だろう」という異質なものの受け止めから始まって、理路整然としない部分に面白さや重要性があることを認識する。そういう風に考える人を周りに増やしていきたいし、対話オフィスが企画するコミュニケーションの機会は、そういうものを奨励する場にしたい。そのような場に参加したり見ていたりする所内の人が、面白さに気づいてだんだんとモードが変わっていくといいなというのが、いま考えていることです。

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写真2対話の面白さに気づく人の輪が所内で広がるといい、と語る江守

冨永

江守さんが「対話」と言う場合、相手は誰というイメージですか。世間一般や市民?

江守

行政や企業や市民、多種多様な対象がいて、設計される場によって色々な人が集まっている。たとえば僕が色々なところに呼ばれて講演をするときは、その場に応じて集まってくる人がいて、おのずと対象が決まってきます。

対話オフィスとして今後どのような場を設定するのか、というときには、どういう人たちと対話をしたいのかを意識的に考えていかなければならないでしょうね。

岩崎

それから目的というのもあると思います。誰からどんな声を聞くことが、研究所の活動にどう生かされるのか。相手が異なれば目的も異なると思うので。

対話を通して得られるものは

冨永

岩崎さんは科学コミュニケーターとして仕事をしていて、手ごたえとか、印象深かった経験はありますか。

岩崎

社会からの反応を得ることもそうですが、国環研内での横のつながりや、対話に対する協力者を増やして活動を広げていく土台を作っていくことに、いまは手ごたえを感じています。

一般の人に対して対話の機会を作り、色々な声を聞く場があると、参加者にはそれなりに満足してもらえます。今後、対話の活動を充実させていくためには、所内での協力者を増やしていくことが必要で、所内でそのような機運を広めていくには、どういう活動をして、どういう姿勢を持って取り組んでいけばいいのか、いま模索しながらやっています。まずは対話の機会を企画することを通して、多くの研究者に対話をするということを経験してもらい、社会とコミュニケーションをすることにも意義があると手ごたえを感じてもらうこと。これが、それぞれの人が対話をしていくうえでのいいきっかけになればと思っています。

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写真3岩崎は、まずは対話の機会を増やしていきたいと話す

冨永

江守さんは対話をやってみて、面白かったとか、自分の研究の役に立ったという実感はこれまでにありましたか。

江守

個別の話で思い出すと、「気温上昇が人間活動のせいかどうかは、まだはっきりと言えない部分があります」と講演会で話した時に、「いつ頃になればはっきり言えるようになりますか」と参加者から質問がありました。それまでは考えたことがなかったけれど、このことをシミュレーションで調べることはできると思い、実際に研究に取り掛かったことがあります。

素朴な問いとしてポッと投げかけてもらうと、専門家だけで話していては思いつかなかったけれど、研究にも意味のある問いになるのだと思いました。

冨永

そうした発見を、対話を通して積み重ねていくということですね。

江守

自分の信念は、自分が知っていることや、読んだり見たり聞いたりしたことを材料にして成り立っていると思いますが、その材料を増やしていくときに、単に専門的な知識を増やすのではなく、普通の人がどう感じるかということも材料としてそこに足していく。それによって自分の信念の根拠が豊かになっていく。そんな感覚を最近は持っています。

たとえば気候変動の対策として再生可能エネルギーが100%導入されるということが実際に実現するかを問いかけて、色々な声を聞いてみる。すると、自動車部品の製造が主な産業である自治体では、実現した時にはこの産業がまだ存在しているかと聞かれました。その人たちにとっては、これが一番重要な問いなのだな、と思いました。具体的な、ある立場の人にとって何が大切なのか。こうしたことを感じる機会を積み重ねていくことが、僕には面白いです。

社会との間に信頼関係を築く

江守

対話オフィスの目的の一つに、社会との信頼関係を築くというものがあります。国環研と社会の間、あるいは環境研究のコミュニティと社会との間の相互信頼を築きたい。

講演会などで対話をすると、その相手との個人的な信頼関係はそれなりに生まれる実感がある時もあるけれど、組織や研究コミュニティとして信頼が築かれてきたという実感はどのように得られるのか。信頼関係が築かれたということを指標化することはできるのか。これが現在の宿題にもなっています。

岩崎

相互信頼というと、国環研が社会から信頼されるとともに、こちらも社会を信頼しなければならない。社会を信頼するとはどういうことなのか、こちら側の取り組みも問われるでしょう。

江守

信頼には二つあると言われています。一つは能力に対する期待としての信頼、もう一つは意図に対する期待としての信頼。たとえば、原発事故があり、その電力会社を信頼するかどうかという時に、頭がよく能力のある人が関わっているかどうかということと、その人たちが何を考えてやっているのか、その思いに共感できるかどうかということがあります。能力が高いだけでは信頼は生まれず、それが実感されるためには、コミュニケーションを通じて、この組織は能力があり、動機にも共感できる、ということが伝わっていく必要があります。

「信頼」という時に、それをもっとかみ砕いて説明することを、対話オフィスとして考えたほうがいいのではないかと思っています。

SNSでの対話に挑む

冨永

2年目となる本年度は、江守さんの発案で SNSを活用して対話をする試みを始めます。私はこの活動を進めるスタッフの一員として、4月にオフィスに着任しました(写真4)。

自己紹介をすると、昨年、新聞社を退職しました。最後の5年間は、新聞社が主催する環境フォーラムというシンポジウムの運営担当をしていて、これが国環研の研究者と知り合うきっかけになっていました。シンポジウムを実行する過程で、Twitterで情報収集をしたり、宣伝に用いたりして、SNS活用について多少は知識と経験がありました。

江守さん、なぜ対話にSNSを用いようと思ったのですか。

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写真4対話オフィスのSNS立ち上げに向けて新規メンバーとなった冨永

江守

たとえば対話のイベントは参加者が限られるので、波及効果としては限定的です。でも、Twitterは人数としてはそれより何桁も大きい人たちとやりとりをする機会になります。ネット空間で盛り上がっている話題に対して、効果的に色々なコメントや情報を投げかけられたら、意味があるだろうなと。実際にそういうことをしている専門家もいるし、ぜひ対話オフィスとしてやってみたいと思いました。

岩崎

国環研のイベントだと、もともと環境に興味のある人が集まってきて、一般の人々といいつつもかなりの人は知識も豊富で、詳しい。SNSで対話を試みることで、普段は環境に興味を持たないような、現実の世界では私たちがなかなか接する機会がないような人たちに対して、環境のことを話題にしていきたいというのもあります。

江守

ネット空間の言説を見ていると、普段、地球温暖化には興味がないし、聞いたことはあるが色々な問題の一つであって特に調べたり行動したりはしていないという人が、何かのきっかけにそのテーマについて話し出すということがあるように見えます。そういうきっかけを作ったり、そのきっかけを捕まえて議論に新しい付加価値を加えたり、そんなことができるといいと思います。

冨永

どんな情報を発信していきたいですか。一つは、きっかけがあったらそれに応えようということですが、具体的なイメージは?

江守

モデルにしているケースがいくつかあります。一つは、エアコンをこまめに消すよりも一日中つけっぱなしにした方が電気代は安かったという話題がネット上で盛り上がったこと。普段は環境に関心のないような人々が話題にしているようでした。そこには、通説を疑うという要素があるし、環境に小うるさい人々の行動が間違えているのではないかという面白さがある。色々な人が色々な動機で興味を持ったと思います。そこに、研究の知見をもとにしたコメントを投げかけられたらよかったなと思いました。

もう一つは、昨年テレビ番組に出演した時に、テレビで伝えきれなかったことを後からネット記事にしました。それなりに話題にしてもらえたので、機会があればこういうことをもっとやると面白いのではないかと。テレビでは制約があってこう伝わりましたが、背景としてはこんなこともありますよ、というのは付加価値として面白いと思います。

冨永

対話オフィスとしては、国環研の報道発表や、研究者のメディア露出情報に追加情報を加えたり、付加価値をつけて発信していくこともできますね。

対話オフィスのアカウントとしてSNSを始める、しかも対話を目的にしようとすると、個人的に発信するのとは同じわけにはいかない。何を発信したらいいのか、ネット空間でどんなことを誰に話しかけたらいいのか、いま検討しているところです。できるだけ早く発信を始めたいと思っています。

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