ココが知りたい温暖化

Q19国際会議-日本の主張は誰が決める?

!本稿に記載の内容は2013年9月時点での情報です

毎年行われる温暖化の国際会議では、各国が熾烈な交渉を行っているそうですが、会議ではどういう立場の人が実際に交渉を担当して日本の主張を伝えているのですか。また日本の主張は、誰がどのような手順を踏んで決めているのですか。

亀山康子

亀山康子 地球環境研究センター 温暖化対策評価研究室 主任研究員 (現 社会環境システム研究センター 持続可能社会システム研究室長)

日本の政府代表団は、地球温暖化問題に関係する府省の担当者で構成されています。外務省、環境省、経済産業省が中心となり、国土交通省、農林水産省、林野庁なども関連分野において交渉を担当します。専門的知見が求められる分野では、研究者も交渉団への参加を依頼される場合もあります。交渉会議の前に、府省ごとに担当議題の対処方針案を書き上げ、府省間で意見が合致しない場合には幾度も協議して日本国としての対処方針を決定します。

地球温暖化問題に関する国際交渉はどのような会議でやるのでしょう?

地球温暖化問題に関しては、実は多くの種類の国際会議が並行して開催されていますが、気候変動枠組条約と京都議定書という、国連の下に設置された国際合意の下での締約国会議が、国際的協調の根幹を担っています(Conference of the Partiesの頭文字をとってCOPと呼ばれています)。COPは1年に1回開催されますが、その下部機関である補助機関会合が年に数回開催されています。その他、毎年主要国の首脳が集まるG8サミットやアジア太平洋経済協力(Asia-Pacific Economic Cooperation: APEC)、国連安全保障理事会といった国際問題全般を議論する会合でも、近年の世論の関心の高まりを受け、地球温暖化問題を重要テーマに位置づけて議論するようになりました。各々の会合によって集まる国や会合の目的が少しずつ違いますので、その場の性質に合った議論の仕方が求められます。以下の説明は、主にCOPの場合に関するものです。

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写真12012年11月にカタール・ドーハにて開催された第18回気候変動枠組条約締約国会議(COP18)の様子

COPでの政府代表団の構成メンバー

年に1度開催されるCOPでは、新聞に取り上げられるような主要テーマのほかにも、さまざまなテーマが議論されています。たとえば、最近将来の排出量の減らし方が関心事となっていますが、各国から排出される温室効果ガスをどのように計測するのか、先進国から途上国への技術的・資金的支援はどのように実施すべきか、温暖化によって生じてしまった被害はどのようにして救済されるべきか、など、さまざまなテーマが議論されます。これらの多彩なテーマに対して、政府の中で最も適任とされる人が交渉を担当し、交渉の担当者たちが集まったのが国の政府代表団ということになります。

国の代表団の構成メンバーは、国によってさまざまです。「国」といっても中国やインドのような大国から、日本の自治体ほどの人口しかない途上国の小国も多数あります。これらの小国では、温暖化問題の担当者が1名しかいない場合もあり、そのような途上国が複数集まってグループを組織し、その中で担当を割り振ることもあります。先進国の専門家が途上国政府に任命されて途上国グループをサポートしている場合もあります。

他方、先進国では、政府の各省担当者が主な構成メンバーとなります。場合によっては研究者や環境保護団体に所属する者を代表団に加えている国もあります。これは、交渉にあたり専門的知識が要求される場合が多いためです。

日本では、外務省に担当大使を置き、その下に各府省担当者が交渉に参加します。現在話題となっている「将来枠組み」のような主要テーマは、全府省に関わるテーマなので、府省間で十分議論して日本政府としての主張を固めます。その他、たとえば農業部門からの排出量に関する議論は農林水産省、森林による排出・吸収については環境省と林野庁、国際バンカー油(国際航空機燃料や船舶燃料の燃焼から出る二酸化炭素[CO2]の取り扱いの問題)は国土交通省、などと担当が割り当てられます。

「国」の主張が決まるまで-そして決まった後-

議題を担当する省の方針は、省内担当者の考え方だけで決められるわけではありません。通常、重要テーマに関しては、審議会や検討会を立ち上げ、専門家や各種団体代表を委員として委嘱し、委員の意見が反映される手続きを踏みます。最近では、審議会などの多くは傍聴可能であったり報告書案がパブリックコメントを受ける機会が設けられていたり、というように、透明性の高い政策決定過程が求められています。

そのような手続きで国内の意見を反映させた各省の主張は、しかしながら、必ずしも政府内で一致するわけではありません。そこで、COP前には政府内担当者が集まり、日本政府としての主張(対処方針と呼ばれます)を固めることになります。比較的重要でない案件であれば、府省間の調整で主張は一本化されます。他方、省ごとの主張の隔たりが大きく調整が困難な場合には、大臣レベルで議論し、それでも調整がつかない場合には官邸、最終的には首相が判断することになります。過去20年近くにわたる国際交渉において首相による判断を必要とした場面は何度かありました。京都議定書の削減目標を決めた1997年のCOP3(当時橋本首相)や、2001年春に米国が京都議定書への不参加を表明した後も日本は京都議定書発効に向けて努力し続けることを決めた2001年のCOP6再開会合(当時小泉首相)は代表的な事例です。なお、近年、わが国では官邸主導型の意思決定も増えてきていますが、2007年5月の当時安倍首相が提示した長期目標(2050年までに、温室効果ガスの世界総排出量を半減するというもの)や、2009年9月に鳩山首相が提示した中期目標(2020年までに、わが国の温室効果ガス排出量を1990年比で25%削減するというもの)は、府省間の調整によるのではなく、官邸が主導して提示した目標として注目されます。このように官邸が先に方針を提示した場合には、その方針に従って、COP等で提示する具体的な提案を府省がとりまとめることになります。

交渉担当者は、このようにして出来上がった対処方針をふまえてCOPでの交渉にあたりますが、交渉の流れで当初の方針から争点が逸れてしまった場合などには、その重要性の度合いに応じて、現地の政府代表団内や現地に赴いていない日本国内の関係者などに適宜意見を求めながら随時判断していくことになります。

日本の意思決定の長所・短所

国の意思決定は、その国が長年築き上げてきた意思決定手続きに影響を受けます。わが国の意思決定全般に関しては、他国と比べ議会や政党よりも行政府が国の決定を実質的に決めていることが多いという指摘が論文などで挙げられています(シュラーズ、2007)。国の決定における国民の主体的参加も十分とはいえない状況にあります。行政が国の決定を担う長所として、問題を客観的にとらえ、一過性の感情的な判断ではなく総合的判断が下せる、また、一旦下された判断は、政権交代などがあっても継続される、といった点が挙げられます。他方、政治的理念や国民の主体的参加が不足している状況下では、各省ともそれぞれが有している行政目的を他省の行政目的より優先して物事を判断するおそれがあり、その結果としての「日本の意思」は省ごとの主張の妥協点以上のものになりにくい、という課題を抱えています。

このような課題に対して、改善に向けた動きもないわけではありません。官邸主導で、ある程度トップダウンで物事を判断していくこと、あるいは、この問題に長く携わっている専門家からのインプットを求めたりすることは、省間の判断の相違を越え、日本国として求められる総合的判断を下すためには効果的な方法です。また、わたしたち個人も、一国民として国の決定に対する関心と責任、そして個人としての主張をもち、国の意思決定に主体的に関わっていくよう努める必要があるといえます。

さらにくわしく知りたい人のために

  • ミランダ・A. シュラーズ著, 長尾伸一・長岡延孝監訳 (2007) 地球環境問題の比較政治学-日本・ドイツ・アメリカ. 岩波書店.
  • 浜中裕徳編 (2006) 京都議定書をめぐる国際交渉-COP3以降の交渉経緯. 慶應義塾大学出版会.
  • 田邊敏明 (1999) 地球温暖化と環境外交-京都会議の攻防とその後の展開. 時事通信社.