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多くの意味が共存する「セクター別アプローチ」
質問

多くの意味が共存する「セクター別アプローチ」

産業分野ごとに温室効果ガスを削減する「セクター別アプローチ」が提案されているそうですが、これが採用されると京都議定書のような国ごとの目標はどうなるのですか。
地球環境研究センター 温暖化対策評価研究室 主任研究員 亀山 康子
「セクター別アプローチ」という言葉は多様な意味で用いられていて、議論に混乱が見られています。国ごとの目標を代替するという意味で用いられている場合もあれば、国ごとの目標を補足するという意味で用いられる場合もあります。2008年以降「セクター別アプローチ」に関する多くの議論を経て混乱は解消されつつありますが、複数の意味が存在する点には変わりません。

「セクター別アプローチ」の多様性

「セクター別アプローチ(sectoral approach)」は、国全体を一つとして捉えるのではなく、国内の部門(産業、民生、運輸等)や業種(鉄鋼、発電、セメント等)ごとに見ていく方法の総称です。どのように「見ていく」かによって、あるいはその方法を「誰(どの国)」の「どのセクター」に適用するかによって、具体的に意味するところは大きく違ってきます。なぜ、多様な意味で用いられるのでしょうか。それは、その言葉が用いられる背景や言葉を用いる目的が、使う人によって異なるからです。「セクター別アプローチ」の意味を、用いられる背景や目的ごとに整理してみましょう。

主要な「セクター別アプローチ」論

(1)途上国の排出量の一部を排出枠取引制度に組み込む使い方

多くの途上国では、自国の温室効果ガス排出量さえ十分に把握できていません。このような国では、国全体の排出量に対する排出抑制目標を設定しても目標達成できたか検証できないため、排出量を把握しやすい一部のセクターだけに排出量目標を設定する方法が発案されました。一部セクターだけでも排出量目標を設定する最大のメリットは、途上国が排出枠取引制度に参加し、炭素市場につなげていけることです。目標を上回る削減努力は、より多くの排出枠売却益につながります。

(2)排出量が把握できない国やセクターでの対策としての使い方

排出量を捕捉できない国やセクターでは、排出量目標を設定するのではなく、セクターごとにきめ細かな対策の導入目標を提示する方法が考えられます。例えば、途上国の交通部門において、鉄道やバスといった公共交通機関を充実させ、個人の自動車利用を減らす政策の導入を途上国の約束として認める、といった提案が相当します。

(3)「国」という単位で扱いづらい部門の排出量の総量削減を目指した使い方

京都議定書下でのルールでは、国家間を往復する航空機や船舶の燃料(国際バンカー油)の燃焼による排出量は、どの国の排出量にも含まれません。ルール次第で得する国と損する国が出てきて合意が得られていないためです。しかし、国際バンカー油燃焼による排出量は増加傾向にあるため、国際バンカー油という特定セクター全体に対して一つの排出削減目標を設定する案が出されています。

(4)企業の国際競争力への配慮を目指した使い方

産業部門の中でも鉄鋼やアルミニウムなどの業種は、特に厳しい国際競争にさらされています。その中で、一部の国の企業だけが排出抑制を求められ、他の国の同業者が何も対策を講じなかった場合、排出抑制している国の産業だけが追加的な対策費用を支払うことになるため、国際競争力を失うと懸念されます。そこで、このような業種に関しては、生産に関する国際的な効率改善基準を設定する方法が考えられます。

(5)先進国の公平な排出削減目標の設定を目指した使い方

先進国の排出削減目標の決め方にもいろいろな案が出されていますが、2008年11月現在、日本は、セクターごとに排出削減ポテンシャル(潜在的な削減可能量)を計算し、それを積み上げたものを各国の削減目標のベースとすべきと提案し、この方法を「セクター別アプローチ」と呼んでいます。つまり、セクターごとに削減可能性を検討し最終的に国全体の目標値を約束するということです。

図1

[図1]セクター別アプローチの概要

以上の5つの定義はすべて、現在の京都議定書で決められている先進国の排出削減目標と両立するもので、実際、次期枠組みに関する交渉においても、先進国の約束に関しては国の排出量削減目標が議論の対象となっています。例外的に、(4)でセクターごとの目標値が決まった段階で国の総量目標から当該セクター目標分を除外する、という提案や、京都議定書タイプの約束を止めて(2)を先進国でも適用する、という提案が、特にわが国内の一部で聞かれますが、このような提案に限り、京都議定書タイプの目標とは両立しづらくなることになります。

近年の国際交渉に見られる「セクター別アプローチ」

2007年12月にインドネシアのバリにて開催された国連気候変動枠組条約第13回締約国会議(COP13)で合意された決定文書「バリ行動計画」の中でも「セクター別アプローチ」という文言が明記されました。そこでは、セクター別アプローチに関して「条約4条1(c)の促進を目的として」という条件がつけてあります。条約4条1(c)とは、気候変動対策として有効な技術の開発・普及の促進に関する条項ですから、バリ行動計画で合意されたのは、技術開発・普及を目指した「セクター別アプローチ」に限定されることになります。その意味では、途上国の参加を目的とした(1)や(2)がバリ行動計画の目的に合致した使い方といえるでしょう。

他方、日本が提案している(5)は、バリ行動計画の「セクター別アプローチ」よりは、むしろ、同行動計画の中で先進国の約束に関する記述にある「努力の比較可能性」に近い意味で用いられているといえます。

今後の議論の行方

国全体で議論していたのでは見えてこない具体的な対策を、セクターごとに区切って検討するのは重要な作業です。しかし、それを国際制度の一部に組み込もうとした場合、根底にある目的次第で、「セクター別アプローチ」が意味する具体的な制度の構造が違ってくることがわかりました。次期国際枠組みに関する交渉では、2009年末に開催されるCOP15での合意を目指して「セクター別アプローチ」を実現する制度も確定してくると予想されます。しかし、それは、必ずしも本文で紹介した多様性が失われるわけではありません。実際には、国連気候変動枠組条約の下での交渉以外にもさまざまな国際協力の方法があり、例えば、アジア太平洋地域で推進されている技術協力(アジア太平洋パートナーシップ[APP]という枠組みがあります)などは「セクター別アプローチ」の一つの進め方ともいえます。

さらにくわしく知りたい人のために
○ 高村ゆかり、亀山康子編(2005)地球温暖化交渉の行方. 大学図書, 409p.
○ (社)日本経済団体連合会(2007) 「ポスト京都議定書における地球温暖化防止のための国際枠組に関する提言」2007年10月16日付,
http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2007/080.html

地球環境研究センターニュース2009年1月号(2009年2月3日発行)に掲載]