ココが知りたい温暖化

Q7温暖化で死亡者が増加する?

!本稿に記載の内容は2014年10月時点での情報です

温暖化すると暑い日が増えて、暑さのために亡くなる人が増えるとよくいわれていますが、一方で、寒い日が減り、寒さのために亡くなる人が減るはずです。トータルでみればそれほど問題にはならないのではないですか。

小野雅司

小野雅司 環境健康研究領域 総合影響評価研究室長 (現 環境健康研究センター フェロー)

ご質問にあるように、暑い日が増えることにより死亡者は増加すると考えられます。また、寒い日が減ることにより死亡者は減少すると考えられます。しかしながら、双方とも増減の程度については不確実性があり、トータルでどうなるかは今後きちんと評価していくことが必要です。

死亡率が最も低くなる「至適温度」がある

1年間の死亡者を毎日の最高気温別に集計して、その最高気温が現れた日数で割ると、最高気温別の1日あたり死亡率が求められます(図1)。たとえば、東京都で1年間に33°Cを超える日が25日間あって、その25日間に亡くなった人が合計で3,500人とすると、33°Cを超える日の死亡率は140人/日となります。ちなみに、グラフの縦軸は人口100万人あたりにそろえてあります。調査対象は65歳以上の高齢者です。

figure

図1日最高気温別死亡率(Honda, 1998より転載)

このグラフをみるといくつか興味深いことがわかります。

(1)
死亡率は、気温が低い時に高く、気温が高くなるにつれて低くなっていきます。そして、ある気温で死亡率は最低となり、再び上昇に転じ、V字型のカーブを描きます。
(2)
死亡率が最も低くなる、つまり、V字型カーブの底になる気温(これを至適温度と呼びます)は、地域によって異なります。一般に、寒い地域では至適温度は低く、暖かい地域にいくほど至適温度は高くなります。最近の研究で、至適温度は1年間の毎日の最高気温を低い方から順に並べた時の下から85%にあたる気温、別のいい方をすると、1年で暑い方から数えておよそ55番目の日の最高気温とよく一致することがわかってきました(Honda, 2007)。

つまり、私たちは寒さにも、暑さにも弱く、生活していくのに最も適した気温があることがわかります。そして、私たちはそれぞれの地域の現在の気温(気候)にうまく適応している、と考えられるのです。なお、暑い日の死亡者、寒い日の死亡者の大半は、循環器疾患や呼吸器疾患などで、高温や低温が直接の原因となる死亡(熱中症や凍死など)はごく一部です。暑い日、寒い日になぜ死亡者が増えるのかについては、いろいろな説がありますが、まだよくわかっていません。

今回のご質問の趣旨は、図1を見るとよくわかります。つまり、温暖化が進むと死亡率の高い暑い日が増えるため死亡者は増加する一方で、死亡率の高い寒い日が減るため死亡者は減少するのではないか、ということです。では、暑い日が増えた時や寒い日が減った時にどのように死亡者が変化するのか、くわしく見ていきましょう。

暑い日の増加による影響平均気温の上昇だけが問題ではない

まず、地球温暖化で議論されているのは基本的には年平均気温の上昇幅で、全球平均で1.1〜6.4°C上昇するといったものです。しかし、死亡に与える暑さの影響について考えるとき、年平均の上昇だけでなく、夏季の極端に暑い日のことも考えなければなりません。年平均で2°C上昇とした場合、1年間の気温の現れ方が全体的に2°C高くなるわけではありません。35°Cを超える猛暑日が10日だったものが30日に増えるかもしれませんし、猛暑日が1週間以上も続くことも考えられます。さらには、これまで日本ではほとんど観察されることのなかった40°Cを超える日がたびたび出現するかもしれません。

とすると、図1のグラフを単純に2°C高い方に移動しただけではすまなくなる、もっと大きな影響が現れることが懸念されます。一つは、37°C、38°Cを超えた場合に死亡率が図1のグラフの単純な延長線上にあるのか、あるいは気温が私たちの体温を超えると死亡率は急激に上昇するのではないかという疑問があります。もう一つは35°C、36°Cであっても、それが何日も続くと影響が大きくなるのではないか、ということです。ここで、2003年にヨーロッパで起きた熱波が重要なヒントを与えてくれると思われます。この時には、35°C〜36°Cの日が10日間連続しました。そして、35°Cを超える日が続くに従って死亡者数が急激に増加したのです(小野, 2005)。単純に “35°C超過の日の死亡数 × 10日” ではなかったわけです。

寒い日の減少によるメリットは大きくない

一方、冬の寒い日が少なくなることによるメリットはどうなるでしょう。至適温度が日最高気温の高い方から数えておよそ55番目であることを考えれば、年間を通しての気温の分布は至適温度に近づく方向にシフトすることは確かです。つまり、死亡数は減少することが期待されます。しかしながら、いくつかの理由から、冬の気温上昇による死亡者の減少は期待されるほど大きくならない可能性があります。その一つとしてインフルエンザの影響が挙げられます。冬季の高い死亡率にはインフルエンザが大きく関係しており(Armstrong, 2006)、冬の気温が高くなってもインフルエンザの流行に大きな変化がなければ(変化は小さいと思われます)、結果として死亡者の減少はそれほど大きくならないからです。

もう一つ、冬季に限ってみると、死亡率と最高気温の関係はそれほど明瞭ではなく、冬の気温が高くなっても死亡者の減少はそれほど大きくないと考えられます(Honda, 2009)。

寒さ対策より暑さ対策

適応策についても考えなければなりません。

私たちは昔から寒さに対しては、積極的に暖房を取り入れ、上手に付き合ってきました。室内空気対策研究会(国土交通省、他)が全国で実施した室内環境調査によれば、寒い季節についてみると、暖房している家屋の屋内温度は屋外温度より平均して4.7°C高く、また、暖房をしていない家屋でも、屋内温度は屋外温度より平均して1.4°C高く、屋内温度が屋外より低い家屋は全体の1/3でした。このように、冬季には部屋を閉め切るだけで部屋の温度は屋外よりも高くなるため、暖房も含め比較的簡単に部屋の温度が調節できます。つまり、寒さに対しては、現在でもすでに十分な対策がとられており、温暖化によって寒い日が少なくなったとしても、暖房費の節約にはなりますが、死亡者数の減少は期待されるほど大きくないのではないかと考えられます。

一方、暑さに関してはどうでしょう。先に紹介したように、夏季の気温上昇による死亡増加は大変大きいと考えられます。その危険をやわらげたり回避したりするための一つの方策として、冷房器具の普及等が考えられます。しかし、前述の室内空気対策研究会の調査結果によれば、冷房を使用している家屋の屋内温度は屋外温度より平均してわずかに0.6°C低いだけで、全体の43%で屋内温度の方が高くなっていました。暖房と異なり、冷房器具の使用による部屋の温度の低下はせいぜい屋外温度レベルまでで、それほど大きくはないと考えられます。より効果的な冷房方法の普及が望まれるところですが、設定温度を下げる、運転時間を延長するといった方法だけでは十分な効果は期待薄です。また、冷房は、気温上昇による死亡を減らすという目的にはかなうとしても、エネルギー需要の増加をともなうため、そもそもの問題である温暖化をさらに加速することになり、注意が必要です。冷房だけに頼らない、窓を開放して自然の空気を上手に取り入れるといったもっとエコフレンドリーな暑さ対策等についても考えていくことが重要です。

ここでもう一度、図1を眺めてみましょう。沖縄の最高気温別の1日あたり死亡率は、他の地域と違って33°Cを超えても上昇していません。つまり、沖縄の人々は暑さに上手に適応していると考えられます。長い時間をかけた生物学的な適応も考えられますが、それ以外にも暑さに負けない上手なライフスタイルが確立されていると思われます。他の都市が沖縄のライフスタイルをすべてまねすることは不可能かも知れませんが、いずれにしても適応策の重要なヒントがあることは確かです。

忘れてはならない環境弱者(増加する高齢者)への配慮

最後に、もう一つ考えなければいけないことがあります。日本ではこれからますます高齢者、しかもひとり暮らし、あるいは夫婦だけの世帯が増えていくということです。図1に示したグラフも65歳以上の死亡者についてみたものです。この例に限らず、高齢者は環境の変化に対して非常に弱いとされています。先に紹介したヨーロッパの熱波でも、中高年(40〜74歳)と比べて高齢者(75歳以上あるいは95歳以上)の死亡のリスクは高く、中でもひとり暮らしの高齢者の場合にリスクが格段に高まることが示されています。地球温暖化による影響(死亡の増加)を考える時に、環境弱者への配慮は忘れてはならないことです。

参考資料

  • Honda Y., Ono M. (1998) J Risk Res., 1(3), 209-220
  • Honda Y., et al (2007) Environ. Health & Prev. Med., 12(5), 209-216
  • 小野雅司「温暖化ウォッチ〜データから読み取る〜:熱波による過剰死亡」地球環境研究センターニュース2005年10月号
  • Armstrong B. (2006) Epidemiology, 17(6), 624-631
  • Honda Y., Ono M. (2009) Global Health Action, DOI: 10.3402/gha.v2i0.2043