地球温暖化の原因物質の一つであり、その削減に関心が高まる二酸化炭素は大気中で増えすぎると海に溶け込み、サンゴなど海のなかの生きものの生活を脅かすことにもなりそうです。環境問題で最近注目されている海の酸性化について、地球環境研究センターの野尻幸宏上級主席研究員が解説します。

*本稿は、2014年5月8日にNHK BS1で放送された「キャッチ!世界の視点 海から貝が消える?進む海洋酸性化の危機」をもとに再編集したものです。

解説海から貝が消える? 海洋酸性化の危機

  • 地球環境研究センター 上級主席研究員 野尻幸宏

海の酸性化の仕組みと、生きものたちへの影響

海の中にはさまざまな物質が溶けていますが、サンゴや貝などの生きものに重要なのはカルシウムイオンと炭酸イオンです。サンゴや貝はこの二つのイオンを結合させた炭酸カルシウムで自分の骨格や殻をつくっています。

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産業革命以前、人間活動の影響がまだなかった海では、カルシウムイオン、炭酸イオンが十分に存在し、サンゴや貝が自分の体を作るのに必要な炭酸カルシウムを簡単につくることができました。ところが、人間が二酸化炭素を大気中に排出し、海水に二酸化炭素が溶け込んでくると、それが酸として働いて、炭酸イオンを減らしてしまいます。これを「海の酸性化」といいます。海の酸性化が進むと、カルシウムイオンと結合できる炭酸イオンの濃度が減少し、生き物たちにとっては成長に必要な炭酸カルシウムを作りにくくなります。これが海の酸性化が生物に影響を及ぼすメカニズムです。

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放送で紹介されたパプアニューギニアの火山起源の二酸化炭素の泡が浅い海底から噴出する海域での生物調査研究[注1]では、自然に二酸化炭素濃度が高まったところでは炭酸カルシウムを作って成長するタイプの生物が少なくなっていました。しかし、それ以外の生物、例えば海草や海藻のような光合成をする生物は、むしろ成長が促進されて二酸化炭素濃度の高い場所で増えるという逆の働きをする場合もあります。

世界の海の酸性化の現状

大気中の二酸化炭素濃度の変化を見ると、産業革命までの長い間、約280ppmで安定しており、穏やかな地球環境が保たれていましたが、産業革命以降は人間が二酸化炭素を排出した影響で濃度が徐々に増え、2011年には世界平均で390ppmを超えました。

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海の表面に近い海水中の二酸化炭素濃度は、大気中の二酸化炭素を吸収するため、大気濃度を追いかけるようにして増加していることが世界中の海で観測されています。海洋は二酸化炭素を吸収することで、大気中の二酸化炭素濃度増加を抑え、その分だけ地球温暖化を減速させる大事な役割をもっています。しかし、その一方で海洋の酸性化をもたらすというデメリットもあることを知っておく必要があります。

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日本における海洋酸性化に関する研究(いくつかの種類ではすでに成長に影響が出始めている)

海洋酸性化の影響評価実験として、各地の臨海実験所で二酸化炭素濃度を人工的に高くして将来の海の環境を作りだし、海の生きものを飼育してその影響を見る研究が進められています。実験結果から、産業革命前と現在との二酸化炭素濃度の違いでもサンゴやウニのいくつかの種類ではすでに成長に影響が出始めていることがわかってきました。

具体的な成長の違い

私たちは、卵からかえったばかりのムラサキウニを産業革命以前の濃度に近い低い濃度である300ppmから、二酸化炭素濃度を段階的に高くした海水で育てる実験を行いました。その結果、600ppmの二酸化炭素濃度で飼育したムラサキウニは肢(あし)が短く、成長に悪い影響が出ることがわかりました。

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エゾアワビについては、卵からかえった貝を二酸化炭素濃度を450ppmからかなり高濃度の2000ppmまで上げて飼育しました。現在の状態に近い450ppmでは正常な状態で育ちますが、濃度をあげていった環境で育てた貝は、1000ppm程度で殻に穴が開き始め、濃度が上がるとともに穴が増えていき、2000ppmになると殻の内側が溶けてボロボロになってしまいました。つまり、殻を新たに作る部分(外側)の形成は進んでも、貝の成長で最初に巻いて作った部分が溶解してゆくことがわかりました。

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実験から、海洋酸性化の影響は将来の二酸化炭素濃度が高いと顕在化するが、低く抑えることができれば、それだけ生きものへの影響を抑制することができるといえます。

世界の海の将来は?

危機感をもつべき状況といえるでしょう。多くの海の生き物には炭酸カルシウムを作ることが欠かせません。炭酸カルシウムの作りやすさを見てみると、1850年頃は、北極と南極以外のほぼすべての海域で、海は炭酸カルシウムが作りやすい状態でした。

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色の表示は生物が作る炭酸カルシウムの結晶系の一つであるアラゴナイトの飽和度を示す。各海域に生息する海洋生物は、本来の炭酸カルシウム飽和度に合わせた生理機構を持っているため、熱帯海洋のサンゴは飽和度3以上の条件で最適な炭酸カルシウム形成を行い、寒冷海洋では、低塩分海域でもともと飽和度が低い状態であった。寒冷な生物は、より低い飽和度でも炭酸カルシウム形成をする機構を有すると考えらえる[注2]

しかし、2100年には、海の酸性化と温暖化が進む効果で、両極の海域では炭酸カルシウムが作れない、あるいは溶けてしまう環境になります。温帯から熱帯の海でも今までよりもずっと炭酸カルシウムが作りにくい環境になると予測されます。

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二酸化炭素排出シナリオは高位排出シナリオ(RCP8.5)。塩分の高い紅海などでは飽和度はまだ高い状態が保たれるが、多くの熱帯海洋で以前は3以上だった飽和度が2.5程度までに低下する。そのため、サンゴなど石灰化生物の成長が阻害される懸念が高まる。高緯度の寒冷な海洋で生物の炭酸カルシウム形成が困難になり、特に無機化学的限界点である飽和度1以下の海洋では、炭酸カルシウム形成が完全に阻害されることが懸念されている。飽和度1以下は、既に形成された炭酸カルシウムの固体が無機化学的に溶解することを意味する[注2]

このような状況下では、酸性化に弱い種は淘汰され、なかには絶滅するものも生じますし、酸性化に強い種ばかりが生き残る環境になり、多様な状態で健全さを維持している生態系が変わってしまいます。二酸化炭素の増加が続けば、海の生物多様性が損なわれる可能性が高いと考えられます。

環境が悪化しないために私たちがすべきことは?

人間が石炭や石油を燃やして作り出す二酸化炭素は、今も急激に増加しています。二酸化炭素濃度の増加で地球が温暖化し、陸と海のほとんどすべての生態系は温度影響を受けます。同時に、海の生き物は海洋酸性化の影響も受けます。これを二酸化炭素が引き起こす「双子の問題」といいます。

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海が二酸化炭素を吸収する仕組みを制御することも、いったん海に溶け込んだ二酸化炭素を人工的に取り除くことも難しいので、海洋酸性化を抑制する方法は、二酸化炭素の排出量を減らすしかありません。化石燃料の消費を抑えた低炭素社会づくり、つまり地球温暖化対策と同じ対策が、海洋酸性化の深刻化を防ぐ唯一の対策ということができます。

[注1]
Losers and winners in coral reefs acclimatized to elevated carbon dioxide concentrations, K.E.Fabricius, et al,, Nature Climate Change, 1, 165-169 (2011)
[注2]
出典:Visualising Ocean Acidification, 2014.
http://ocean-acidification.net/2014/03/20/creating-a-portal-to-ocean-acidification/

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