日経エコロミー 連載コラム 温暖化科学の虚実 研究の現場から「斬る」!

国立環境研究所 地球環境研究センター 江守正多

第3回 「地球は当面寒冷化」ってホント?

2009年4月23日

こんにちは、国立環境研究所の江守正多です。先月、IPCCの専門家会合に出るためにノルウェーのオスロに行ってきました。会合が行われたのはGrand Hotel Osloという、ノーベル平和賞の授賞式が行われるクラシックなホテルです。会合の議題は、簡単にいうと「二酸化炭素21トン削減とメタン1トン削減は同じか? 違うか?」という話です。わかる人には何の話かわかりますよね。おもしろい話だったので、そのうち紹介したいと思います。

さて、今回は、いわゆる懐疑論の話にもどります。「エネルギー・資源学会」のメール討論延長戦はお楽しみ頂けましたでしょうか。その中にも出てきていますが、最近、「地球温暖化は止まった」とか「寒冷化が始まっている」という説があるようです。

少し前の話になりますが、2月2日の日経新聞朝刊科学面に「地球の気候当面「寒冷化」」という見出しの記事が載りました。既に2月13日掲載の安井至さんのコラムで紹介されていますが、僕も今回これをもう少し解説してみたいと思います。記事の前文を引用します。

「地球の平均気温の上昇が頭打ちとなり、専門家の間で気候は当分寒冷化に向かうとの見方が強まってきた。地球温暖化の主因とされる二酸化炭素(CO2)の排出は増え続け長期的には温暖化が続きそうだが、自然の変動が気温を抑制するように働き始めたとみられている。気温の推移は、温暖化対策の行方にも影響を与えそうだ。」

これを読む限り、僕には特に違和感はありません。しかし、巷の評判を聞くと、この記事を見て温暖化の科学や予測に疑いを持った人がけっこういたようです。ここでしっかりと誤解を解いておきましょう。

まず、細かい点からいきますが、記事の小見出しに「昨年の気温、21世紀で最低」と書かれています。これをぱっと見た人は、ずいぶん記録的な低温が起きたのだと思ったかもしれません。しかし、落ち着いて読んでくださいね。「21世紀」はまだ8年間だけしか記録がないのですから。

この記事には書かれていませんが、気象庁などの発表によれば、2008年の世界平均気温は観測史上10番目の高さです。「観測史上10番目に高い」と同時に「21世紀で最低」。つまり、21世紀8年間の世界平均気温は8年すべてが観測史上トップ10入りしているというわけです。トップ10の残りの2年は1997年と1998年で、これらも近年です。ですから、「21世紀で最低」といっても、依然として記録的に高い世界平均気温が近年続いていること、まずこの点を確認しておきたいと思います。

さらに誤解を招きそうなのは、記事中の図です。手元のデータで、記事中の図と同じ趣旨のものを再現したのが次の図です。(記事中の図は複数のシナリオについて数本の予測が描いてありましたが、以下では「A1B」という1本のシナリオについてのみ示しました。この違いが図の印象を変えることはないと思います。)

図A

黒線
観測された気温の推移
赤線
IPCCで予測された気温の推移

そして記事中の記述は次のようになっています。

「……この結果、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が予測する気温の上昇カーブとの隔たりが拡大。IPCCは気温が2000–25年に10年あたり約0.2度のペースで上昇するとしているが、実際は最近10年で約0.2度下がった。」

これはどういうことでしょう。IPCCの予測は外れたのでしょうか。

実はそうではありません。IPCCの予測と実際に観測された気温変化の関係をより適切に表すグラフは、次のようになります。

図B

黒線
観測された気温の推移
赤線
IPCCで予測された気温の推移(多数のシミュレーションの平均)
緑線
各シミュレーションで予測された気温の推移

図Aと図Bの違いは何かというと、図Aでは、IPCCの予測はたくさんのシミュレーション結果を平均した比較的直線的な線で表わされています。一方、図Bでは、たくさんのシミュレーション結果を平均しないで、1本1本を全部重ねて描いてみました。さらに、1960年までさかのぼってみると、観測された変動がシミュレーションの幅の中に入っていること、いわば「想定の範囲内」であることは、一目瞭然ですね。そして、今後長期的に気温が上昇していくという予測は、何ら修正を迫られていません。

つまり、普段みなさんが目にすることが多いIPCCの予測のグラフ(たとえばIPCC第4次報告書統合報告書の図SPM.5)は、たくさんのシミュレーション結果の平均だから直線的なのであって、1本1本のシミュレーション結果は、本当は、実際に観測されているのと同様な自然の変動を含んでガタガタと上下しているのです。

低温化の原因「太平洋10年規模振動(PDO)」

記事中では、「太平洋10年規模振動(PDO)」という自然現象が最近の低温化の原因として挙げられています。PDOというのは、よく知られているエルニーニョ現象と同じように、熱帯太平洋の海面水温が上がったり下がったりする現象です。熱帯太平洋が高温のときには北部北太平洋は低温(PDO指数プラス)、熱帯太平洋が低温のときには北部北太平洋は高温(PDO指数マイナス)というパターンになります。エルニーニョ現象が数年の周期で変動するのとちがって、PDOは不規則ではあるものの数十年の周期で変動します。

太平洋10年規模振動のパターン

左は熱帯太平洋が高温のときに北部北太平洋は低温(PDO指数プラス)になっているが、右は熱帯太平洋が低温のときに北部北太平洋は高温(PDO指数マイナス)になっているのがわかる

PDOのパターンとPDO指数の時間変化。パターンは左がPDO指数プラス、右が指数マイナス。ワシントン大学ホームページより。

データを見ると、ここ数年はPDO指数がマイナスです。つまり、熱帯太平洋の広い面積で海面水温が平年より低いということです。これが地球平均気温を下げるように働いているのがわかります。

さて、「IPCCの予測は外れた」と思いながらこの説明を聞くと、PDOという現象はIPCCの予測計算には入っていないという印象を受けるでしょう。しかし実際には、そんなことはありません。IPCCの予測に用いられた気候モデルの多くは、PDOを現実と同じように再現できます。PDOは自然現象ですから、大気と海洋の方程式を解けば、PDOはシミュレーション結果の中に勝手に現れるのです。1本1本のシミュレーション結果がガタガタしているのは、PDOなどの自然変動をモデルが表現している証拠です。

しかし、PDOは不規則な変動ですから、PDOが何年にプラスになって何年にマイナスになるのかは、普通の温暖化シミュレーションでは予測できません。これはちょうど、天気予報で2週間以上先の天気を予測するのがほぼ不可能であることと同じです。したがって、ある年に注目すると、たまたまPDOがプラスになっている予測結果もあるし、マイナスになっている予測結果もあることになります。だから、予測結果をたくさん平均すると、変動が打ち消し合って直線的になってしまうのです。

日経の記事には、「専門家の見方」として、2人の専門家のインタビューコメントが載りました。1人は僕で、おおむね、ここに説明したのと同じようなことをコメントしました。コメントは正しく記事にして頂いたと思いますが、今回の方が図も使って長く説明できたので、記事のコメントでは十分納得されなかった読者も、今回は納得してくれるのではないかと期待しています。

もうお一人はアラスカ大学名誉教授の赤祖父俊一さんでした。赤祖父さんとは「エネルギー・資源学会」のメール討論で議論していますので、僕との意見の違いはそちらをご覧ください。議論は今一つかみ合わなかった感じで終わりましたが、その理由も読者のみなさん一人ひとりが見極めて頂ければと思います。

ところで、日経新聞朝刊の科学面には、2月16日に再び温暖化予測の記事が載りました。こちらは2日の記事に比べてあまり話題になっていないかもしれませんが、PDOがいつプラスになるかも含めて予測する、新しい温暖化予測研究を紹介するものでした(2日の記事も、よく読むとそのことにひとことだけ触れています)。

つまり、近年の実際の海水温などのデータを「データ同化」という手法でモデルに詳しく教えてやって、そこからシミュレーションを行うことによって、PDOのような自然変動が次にどう変化するかまで予測するという試みです。これは、2013年に発行予定のIPCC第5次評価報告書を目指して、世界中の研究機関が取り組んでいるテーマの一つです。日本では僕の仲間が取り組んでいますので、結果が出たら、またここで詳しく紹介させて頂きたいと思います。

では、今回はこのあたりで。

[2009年4月23日/Ecolomy]

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