2014年4月号 [Vol.25 No.1] 通巻第281号 201404_281002

ネガティブエミッション技術による気候変動リスク管理の課題 〜GCP国際ワークショップ開催報告(2013年12月6日〜7日東京)

  • GCPつくば国際オフィス リーダー(地球環境研究センター 主席研究員)山形与志樹
  • GCPつくば国際オフィス 事務局長 SHARIFI Ayyoob(シャリフィ アユーブ)
  • 地球環境研究センター 特別研究員 加藤悦史
  • 地球環境研究センター 気候変動リスク評価研究室 主任研究員 横畠徳太

1. 背景

産業革命以降、地球の大気中のCO2濃度は増加し、昨年の瞬間観測値は400ppmを超えた(向井人史「『400ppm』の報道で考える 二酸化炭素の濃度の限界はいくらなのか?」地球環境研究センターニュース2013年8月号参照)。これは産業革命前(約280ppm)の約1.4倍に相当する。世界で人為的に排出されているCO2量(100億トン炭素)のうち、自然吸収源(陸と海)が吸収できる量は約半分にすぎず、今後も大気中のCO2濃度は急速に増加し続ける(GCP, 2013)。今後予想されている気候変動による生態系や社会への危険な影響を避けるため、長期的な気候変動対策として、地球平均の気温変化を「産業革命前に比べて2°C」に抑えることに、すでに国際合意(G8、UNFCCCカンクン合意等)が得られているものの、IPCC等の低炭素シナリオで示されているように、この目標を達成するためには、近い将来に世界のCO2排出量をピークアウト(頭打ち)し、2050年には排出量を50%以上削減し、さらに今世紀の後半には、排出量を負にしなければならない。このためには、単に排出を削減するだけでなく、⼤気中のCO2を吸収するネガティブエミッション(負の排出)技術(地球環境豆知識参照)を大規模に実施することが想定されている(Massimo, 2013)。

2. GCP国際ワークショップ

そこで、このネガティブエミッション技術によって持続可能なかたちでグローバルな気候変動リスクを管理することが可能かどうかを検討することを目的として、昨年12月、国立環境研究所に設置されているグローバルカーボンプロジェクト(GCP)つくば国際オフィスが中心となり、環境研究総合推進費S-10「地球規模の気候変動リスク管理戦略の構築に関する総合的研究」ICA-RUSプロジェクト(地球環境研究センターニュース2014年2月号参照)と共同で国際ワークショップを開催した。

ワークショッププログラムの共催者、プログラム組織委員、そして写真を下記に示す。

Co-organizers:
Global Carbon Project (GCP),
International Institute for Applied Systems Analysis (IIASA),
Mercator Research Institute on Global Commons and Climate Change (MCC),
National Institute for Environmental Studies (NIES)
Organizing Committee:
Nebojsa Nakicenovic (GCP-SSC, IIASA Dpt. Director, TU Vienna), Florian Kraxner (IIASA), Sabine Fuss (MCC), Yoshiki Yamagata (Head of GCP International Office, NIES), Ayyoob Sharifi (GCP, Executive Director, NIES) and Josep Canadell (GCP, Executive Director, CSIRO)
photo

特に、今回の会合では、昨年の5月にウィーンのIIASA(国際応用システム研究所)において実施されたワークショップでの議論を引き継ぎ、気候リスク管理の視点としての課題について検討することが目的となった(加藤悦史, 山形与志樹「Negative Emission Workshop報告 —負の二酸化炭素排出の可能性をさぐる—」地球環境研究センターニュース2013年7月号山形与志樹, SHARIFI Ayyoob「GCPつくば国際オフィスの現在と今後の活動」地球環境研究センターニュース2014年1月号参照)。

このネガティブエミッションの柱となるのが、バイオマスエネルギー利用と炭素回収貯留を組み合わせたBECCS(Bio-energy with carbon capture and storage)の技術である。植物が光合成によって生産した炭水化物で構成されているバイオマス燃料のエネルギー利用は、トータルで見るとCO2は排出しない(カーボンニュートラル)。さらに、利用時に発生するCO2を回収・貯留することで、実質的にネガティブエミッションとすることが可能となる(Oberstainerら, 2001)。このBECCS技術は、グローバルなネガティブエミッション実現のための最有力なオプションであるが、社会経済的・技術的な不確実性も大きく、特に、大規模に実施した場合の影響を、土地利用・生態系サービスの観点から評価することが課題となっている。

前回のワークショップでは、気候学・システム工学・エネルギー経済学などの研究者が集まり、特にBECCSの有効性に関する気候科学的な側面(炭素循環を考慮しても本当にネガティブエミッションを実現できるか)についての議論を行った。今回は、ICA-RUSプロジェクトとの共催で開催され、1日目にネガティブエミッションに関わる参加者の研究発表を実施し、2日目には、下記の論点に関連して、今後に取り組むべき課題についての議論を行った。(詳細は、GCPウェブサイト http://www.globalcarbonproject.org/index.htm 参照)

  • Q: 気候リスクとして何を想定するか/できるのか?
  • Q: ネガティブエミッションあるいはBECCSを利用して、どのように気候リスクを管理するのか?
  • Q: 持続可能なBECCSのポテンシャルはどの程度か?
  • Q: 気候リスクを管理する主体は何か、すなわちネガティブエミッションによる気候リスク管理制度とはどういったものか?

特に、今回のワークショップでは、こられの研究発表、論点に関する議論に基づいて、今年から開始される新たな国際研究プログラムであるFuture Earth(江守正多, 三枝信子「国際研究プログラムFuture Earthへの日本の対応」地球環境研究センターニュース2013年10月号参照)へのGCP移行に際し、ネガティブエミッションに関する国際共同研究の提案も検討した。今年の6月に実施されるGCPの科学運営委員会(SSC)会合での提案に向けて、MagNET(Managing Negative Emission Technologies 仮)プロジェクトの案について検討を開始した。今回のワークショップにおいて検討されたネガティブエミッション技術に関する論点の一部を以下に挙げる。

  • ネガティブエミッション技術の範囲
  • 実施計画の多様なスケールでの問題点
  • ポテンシャル、トレードオフ、陸域システムへの影響
  • 制度・ガバナンスの問題(政策決定の要素を含む)
  • 多目的リスク管理、利用可能な各種対策技術、不確実性など

議論を通じて、ネガティブエミッション技術の定義としては、IPCCで用いられている二酸化炭素回収 (Carbon Dioxide Removal: CDR) の定義に沿ったもの(植林なども含む)にすることで合意した。大規模なバイオマスの利用に際しては、土地利用や生態系に対する重大な影響を与えないように慎重に検討する必要がある等、気候変動リスクだけではなく、多目的なリスク管理を考慮する必要性が議論された。また、大気中のCO2濃度が低炭素シナリオよりも大幅に高くなってしまう(オーバーシュートと呼ばれる)場合にも、ネガティブエミッション技術を用いて低炭素シナリオを実現するパスに戻すことができるかどうかについて、グローバルな炭素循環も考慮した検討が必要である点が議論された。われわれの生態系を含めた地球システム全体の持続可能性に対する理解が現時点では限定的であり、今後のさらなる研究が必要とされる。さらに、もしCO2の再排出リスクを考慮して、CCSの実施が、陸域にある地層中ではなく、北海油田のような沖合でのみに制限される場合には、現在推定されているCCSのポテンシャル(炭素貯蔵能力)は極めて少なくなる可能性が指摘された。

3. おわりに

最後に、今後のワークショップでさらに議論が必要な項目としては下記の点が指摘された。

  • 将来気候の管理の制度的側面に関する検討
  • 炭素管理とレジリエンス研究の連携に関する分野横断的アプローチ
  • 炭素管理と他の環境問題とのトレードオフ理解
  • ネガティブエミッション技術革新の不確実性が大きい中でのリスク管理
  • 空間詳細な統合評価モデルの開発による現実的なポテンシャル評価
  • オーバーシュートリスクの評価
  • 都市化との関連

ワークショップを通じて、ネガティブエミッションの問題に関しては、分野横断的な科学的理解からガバナンスの問題の整理までという、幅広いリスクの理解を必要とする点、また持続可能性の視点を取り入れる必要性があることを参加者で共有し、政策決定にとって妥当なリスク情報の提供に向けた今後の研究の課題が浮かび上がってきた。

これまで、GCPつくば国際オフィスでは、都市と地域に関する炭素管理(URCM)イニシアティブを一つの軸として国際共同研究を推進してきた。今回の一連のワークショップとその後の議論を通じて検討を進めてきた、ネガティブエミッションに関する新たなMagNET研究イニシアティブが、オフィスが担う新たなFlagship活動として加わることとなれば、今後はさらに地球環境研究センターにおける炭素循環に関する観測やモデリング、気候変動リスクに関する評価・管理研究などとも連携が期待される。地球環境研究センターを拠点としつつも、ネガティブエミッションを軸として、中長期的な低炭素シナリオの実現に向けた、自然科学、社会科学、工学を統合した融合(超領域)研究へと、国内外の研究ネットワークを構築しつつ発展させることが、Future Earthに向けてのGCPつくば国際オフィスの新たなひとつの役割となる可能性がある。

参考文献

ご意見、ご感想をお待ちしています。メール、またはFAXでお送りください。

地球環境研究センター ニュース編集局
www-cger(at)nies(dot)go(dot)jp
FAX: 029-858-2645

個人情報の取り扱いについては 国立環境研究所のプライバシーポリシー に従います。

TOP