2015年2月号 [Vol.25 No.11] 通巻第291号 201502_291006
海洋観測の現状と展望—地球環境科学への貢献— 地球観測連携拠点(温暖化分野)平成26年度ワークショップ開催報告
1. はじめに
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第5次評価報告書では、大気だけでなく海洋も温暖化していることや二酸化炭素濃度の増加によって海洋が酸性化していることが報告されています。また、世界平均気温の停滞現象(ハイエイタス)の原因として、熱が海洋に再分配されている可能性も指摘されており、海洋観測データの重要性が高まっています。
地球温暖化対策に必要な観測を統合的・効率的に実施するための連携活動推進のため設立された「地球観測連携拠点(温暖化分野)」(以下、連携拠点[1])では、海洋観測についての最近の動向と今後の展望をテーマとするワークショップを平成26年11月20日(木)に東京で開催しました[2]。その概要についてご報告します。
2. ワークショップ概要
冒頭、連携拠点の事務局である「地球温暖化観測推進事務局」を共同で運営する環境省・気象庁を代表して、環境省地球環境局総務課の竹本明生研究調査室長より開会の挨拶があり、科学的知見に基づく政策を行うための観測活動の重要性が述べられました。
続いて、海洋研究開発機構の深澤理郎氏より地球環境科学をささえる海洋観測について基調講演が行われました。深澤氏はまず、温暖化に伴う熱量増加の9割以上が海洋に蓄積されていることを説明し、気候変動の理解には時空間分解能が高く、高精度の海洋観測が不可欠と述べました。1980年にスタートした世界海洋循環実験計画(WOCE)では気候変動の実態を把握するための海洋観測の標準化と国際連携が確立され、海洋中の熱、水、栄養塩・炭素などの物質の総量とその南北輸送が解明されました。また、1990年代に開始された全球海洋観測システム(GOOS)では、観測密度の高い監視が推進されました。GOOSを構成する観測の一つであるアルゴ計画により、深度を変えて水温、塩分などを自動観測できるアルゴフロートを世界で3000台以上放流し、観測するようになりました。フロートから衛星経由でリアルタイムのデータが送られ、太平洋ARGOセンター(PARC)などの国際データセンターで品質管理された信頼できる観測結果が公開されています[3]。深澤氏は、海洋観測はあらゆる気候・環境変動を認識するために最も重要な活動で「監視」と「研究」の両方の要素を満たさなければならないと締めくくりました。
次に、5名の専門家より海洋観測の現状と海洋モデルとの連携に関する最新の話題について講演がありました。気象庁の宮尾孝氏は、気象庁が半世紀にわたって続けている観測船による定線観測について講演しました。1960年代に黒潮および隣接水域共同調査(CSK)として始まった東経137度線上の観測は数々の国際共同研究を通じて継続され、海洋構造の知見を得るとともに、低塩分化や低酸素化のトレンドを解明してきました。2010年からは気候変動のシグナルを捉えるための高精度の観測が行われており、その結果は「海洋の健康診断表」として気象庁のホームページでも随時、公開されています[4]。
海上保安庁の寄高博行氏は、海上保安庁が航海の安全のために実施している、潮汐、海潮流、波浪、海氷などの観測業務を紹介しました。1910年代からの浮標追跡と、それに続く各層観測により日本近海の黒潮の直進と大蛇行の流路が解明されました。黒潮のモニタリング状況は現在、海洋速報として平日に発行され、海洋関係者に利用されています。海上保安庁は1950年代から一連の国際プロジェクトに参加し衛星追跡型表層ブイの展開などで貢献しましたが、現在は海洋短波レーダーを使った海潮流監視の自動化に注力し、八丈沖の黒潮の常時モニタリングと相模湾での沿岸域の観測を行っています。
水産総合研究センター中央水産研究所の清水学氏は、1900年から現在に至る水産試験研究機関による定点観測の歴史を紹介し、漁業者と連携した漁海況定点モニタリングが沿岸・大陸棚域の海況予測モデルの精度向上に役だったと説明しました。また、最近の漁況に関する特異現象として、サワラやブリなどの分布域の急激な変化や、従来はほとんど見られなかった南方系生物の出現などが報告され、海況と漁況の動向を同時にモニタリングすることが、温暖化に対する海洋生物の応答と影響についての把握に重要であると結びました。
国立環境研究所の野尻幸宏氏は、「もうひとつの二酸化炭素問題」として注目されている海洋酸性化について講演しました。大気中の二酸化炭素の増加は温暖化を起こしますが、海水に溶解すると化学変化を起こして海水中の炭酸カルシウムの溶解度を増加させるため、サンゴなど石灰化生物の殻や骨格形成が困難になります。現在、二酸化炭素を制御した施設で巻貝、サンゴ、ウニなどの飼育実験が行われていますが、将来の海洋生物・生態系の変化は海洋酸性化だけなく同時に起こる水温上昇や栄養塩供給の変化など複合影響を評価すべきと話しました。
東京大学大気海洋研究所の羽角博康氏は、海洋モデルによる最先端シミュレーション研究の成果の例として、黒潮流路変更の物理メカニズムや温暖化影響による大蛇行流路の不安定化が解明されたこと、空間スケールの異なるモデルを入れ子にして外洋から沿岸への影響を調べることで三陸沖への冷水接岸のメカニズムが理解されたことなどを紹介しました。また、近年の気温の停滞現象(ハイエイタス)には海水の循環や蓄熱が大きな役割を果たしていることを説明し、その変動予測にはモデルの適切な初期値として観測データがこれまで以上に重要であると強調しました。
総合討論では、観測とモデルの視点から海洋観測における今後の連携について、講演者と参加者の間で活発な議論が行われ、次のような意見をいただきました。
- (1)海洋生物・生態系の観測:海洋物理・化学データに比べ、海洋生物・生態系の観測データは地球環境研究に十分とは言えない現状。温暖化影響の検出と予測に有効なデータに関する議論を加速し、データの精度を管理する手法の確立をサポートする必要。
- (2)海洋観測データの応用利用:気象データの民間利用にならい、海洋で観測されたコアデータを応用して、付加価値の高い情報を利用者に提供する展開を考えてはどうか。
- (3)海洋モデルと観測の相互連携:海洋モデルは既存の観測データを使って発展してきたが、モデルの予測精度向上を目的とした観測、効率的な観測を行うためのモデルの利用などの相互連携を進める段階に達している。モデルが積極的に観測システムのデザインに関わっていくことが重要。
- (4)研究・観測・データの一体化:長期にわたる観測データの一部には研究に十分利用されていないものもある。業務観測データに関する研究者からのフィードバックは観測そのものやデータの質の向上にもつながり、組織を越えた研究・観測・データの一体化の議論が必要。
- (5)分野の枠を越えた連携:海洋、大気、陸域の各分野で観測されているデータを共有し、将来予測に必要なデータを議論して、地球環境科学の新たな知見につながる統合データを作ることが肝要。
総合討論の内容は今後取りまとめ、文部科学省科学技術・学術審議会研究計画・評価分科会地球観測推進部会で報告することを計画しています。また、講演資料は地球温暖化観測推進事務局ウェブサイトで公開しています[5]。
3. おわりに
ワークショップには、企業、教育・研究機関、行政の関係者を中心に約130名の方々の参加がありました。会場でのアンケートは回収率が高く、また、自由記載欄に多くの感想やご意見をいただき、参加者の海洋観測への関心や連携拠点の活動への期待の高さをうかがい知ることができました。本ワークショップにより地球環境観測への興味や理解が深まり、組織や分野を越えた連携がさらに進展することが望まれます。
最後に、ワークショップ開催にあたりご支援とご協力を賜りました多くの方々に厚く御礼申し上げます。今後とも連携拠点へのご支援をよろしくお願いいたします。
脚注
- 第42回総合科学技術会議(平成16年12月)で取りまとめられた「地球観測の推進戦略」の中で、地球観測の統合的・効率的な実施を図るために関係府省・機関の連携を強化する推進母体として、連携拠点の設置が提言されました。地球環境問題の中でも特に重要な地球温暖化分野の連携拠点については、気象庁・環境省が共同で運営することとし、平成18年度から活動を開始しました。
- 地球観測連携拠点(温暖化分野)ワークショップ http://occco.nies.go.jp/activity/event.html
- 海洋開発機構・アルゴ http://www.jamstec.go.jp/ARGO/
- 気象庁・海洋の健康診断表 http://www.data.jma.go.jp/kaiyou/shindan/
- 本ワークショップの講演資料 http://occco.nies.go.jp/141120ws/index.html