2015年4月号 [Vol.26 No.1] 通巻第293号 201504_293003

生物多様性・生態系保全とTrans-disciplinary

山野博哉さん
生物・生態系環境研究センター長

  • 地球環境研究センターニュース編集局

生物多様性を保全するためには地域でも世界全体でも参加型の合意形成が不可欠です。合意にはさまざまなステークホルダー(利害関係者)がかかわってきます。このため、必然的にその議論はtrans-disciplinary(分野横断的)にならざるを得ません。

1. サンゴ礁の島の脆弱性

私の研究対象はサンゴ礁と島です。サンゴ礁はサンゴでできた地形の一種です。サンゴ礁の地形はしばしば人間の居住の場になっています。たとえばツバルは国土のすべてがサンゴ礁です。サンゴで形成された低平な島からなる島嶼国はさまざまな影響を受けます。海面上昇によって島が水没してしまったり、もっと深刻な問題としては島のなかにある淡水の地下水が海面上昇により塩水化してしまうことがあります。その背景にあるのは気候変動です。

サンゴ礁の島はサンゴという生き物でできていますから、国土を保全することが生態系の保全に直接つながります。

気候変動のようなグローバルな影響だけではなく、ローカルな影響もうけます。ツバルには100年前の地図が存在しています。それを見るとかつて湿地だったところが埋め立てられて滑走路になっています。また、都市化してもともと湿地だったところへ人が住むようになったため、浸水の問題が起きています。この場合、グローバルとローカル、どちらの影響も考えなければなりません。

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図1サンゴをとりまく環境 [クリックで拡大]

2. 生物多様性情報の重要性

最近生物多様性の分野にかかわるようになりました。生物多様性情報を全球的に集めて多様性保全に役立たせることと、広域的に収集した情報を地域の保全に適用する二つの事例についてご紹介します。

全球スケールの生物多様性情報が蓄積されています。その一つがヨーロッパに本部がある地球規模生物多様性情報機構(GBIF)です。国立環境研究所は地球規模生物多様性情報機構日本ノード(JBIF)の一つのノードになっており、生物・生態系環境研究センターからデータを提供しています。最近JBIFでは生物多様性情報の現状という冊子を出しました。そのなかで私が担当するフォーカスエリアD:理解〜証拠に基づく生物多様性のトレンドの予想〜では、収集したデータから空間明示モデル(地図)を作成し、現状をまとめています。また、データが集まると時系列で解析ができるようになり、たとえば温暖化して生物の分布が変わったことがわかります。生物どうしの相互作用を考えた解析も行っています。さらに、生物多様性の理解に関する明確な根拠を示したり、将来行うべき調査を最適化したりしています。

近年、生物多様性のツールが発展してきて、限られた生物分布のデータから調査データのない地域の生物分布を推定することが可能になりました。気候や地形の条件を考慮して、ある地域で種のいる/いないという観察情報から、その種が必要とする環境をモデルにより推定し、生息に適している地域を予測することができます。分布情報の可視化も進んでいます。海洋研究開発機構(JAMSTEC)では海洋の生物多様性情報、特に生物地理情報を扱うデータシステムを開発しています。また、市民の方が調査した分布情報も積極的に取り入れていきます。生物多様性センターでは「いきものログ」(http://ikilog.biodic.go.jp/)という生物情報収集・提供システムを公開しています。「いきものログ」では、携帯・スマホ・デジタルカメラで撮影した写真といつどこで確認したか(GPS情報)などの情報を市民から提供してもらっています。

私の活動としては、2008年の国際サンゴ礁年にダイバーやNGO、環境教育に携わる人たちとワークショップを開催し、参加型のデータベース(日本全国みんなでつくるサンゴマップページ http://www.sangomap.jp)を作成しました。

生物多様性に関しては、上記のような市民が参加する調査との連携により、広く社会とともに生物多様性科学を共同でデザインする、Co-designの可能性がでてきます。

3. 南西諸島生物多様性プロジェクト

広域でデータを収集し、生物の分布情報を重ねると生物多様性として重要な地域がわかってきますから、地元の方々と環境保全を進められます。島全体の環境保全を考えた事例をご紹介します。

世界自然保護基金(WWF)は2006年から南西諸島全体でいろいろな生物の分布情報を重ねて、どの地域の生物多様性がより高く重要かを広域的に評価するプロジェクトを進めていました。私はそのプロジェクトにサンゴに関して協力してきました。同時に私自身はサンゴに悪影響を与える赤土流出問題を取り上げ、2008年から沖縄県衛生環境研究所と共同研究を始めました。情報をまとめた地図ができあがってくると久米島が重要であることがわかりましたので、同島でWWFと共同で農地から赤土の流出を減らすプロジェクトを進めています。さらに、私たちはどれくらいのお金を投入したらどれくらいの対策ができてサンゴや川がどれくらい回復するか、という経済的な評価も含めた制度設計をしたいと思いました。調査流域のある久米島町のいいところは、固有種を含む多様な生物が生息しているだけではなく、周囲38km、人口8616人とコンパクトで行政的にもさまざまな相談をしやすく、プロジェクトをスムースに進めることができることです。島内の一つの流域を選び土砂流出モデルを使い、どこの畑がもっとも土砂を流出させているかを検出し、対策が必要とされる畑に地元の人や町役場とペチパーという植物を植え、グリーンベルトを設置しました。

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図2久米島の特徴と島の地図 [クリックで拡大]

さらに経済的な評価をするため分野横断的な検討も行っています。サトウキビの作付けは、台風被害のリスク分配のため、冬に刈り取った後、春に植える春植えと、初夏の台風被害を避ける夏植えの二通りのやり方があります。作付けのバリエーション以外に、土砂の流出対策として、裸地にマメ科の植物やひまわりなどを植えて、裸地の状態でなくしたり、刈りとった後のわらを敷き詰めたりします。長期的には作物転換(サトウキビから他の作物へ)などいろいろなオプションがあります。これらのデータをもとに、どれだけのコストをかけて、どの農地にどの対策をとれば、生物多様性は保全されるのかを検討しました。私たち生物グループは生物多様性回復のための赤土等流出削減目標を設定し、モデルのグループはどの農地で対策を進めるかを抽出し、発生源対策オプションを提示しました。社会経済のグループは対策の社会経済的評価を行い、全体として保全・回復目標と対策コストの最適化や対策優先区域の選定を行いました。また、地元の方にアンケートをとり生態系の観光資源としての価値評価をしました。サンゴ礁の価値を試算し、保全の費用便益分析とインセンティブに基づいて生物多様性と地域経済を考慮し、亜熱帯島嶼環境保全策を実施しました。

生物多様性・生態系分野では、データ収集とモニタリングでさまざまなステークホルダーにかかわっていただく必要があります。データが集積され、広域データ解析を行うと地域特性や優先的に保全する場所がわかります。それから地元の方とともにどういった対策が必要かを検討して計画を立案します。計画を実行した後はまたモニタリングを行います。モニタリングを継続し、順応的に管理していかなければなりません。こういったことがうまくまわると、国立公園のような政府主導のものに加えて、民間が主体となる民間保護地域としての生物多様性保全体制ができます。

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図3データの収集からローカルな保全活動までの流れ [クリックで拡大]

講演の後、質疑応答が行われました。一部をご紹介します。

Q. 対策の分野で住民がかかわるのは新しい取り組みなのですか。

A. NGOと地域住民とが保全を進めてきたという例はこれまでたくさんありましたが、科学的なデータを基盤として進めた例はあまりありません。一方、最適化を行い、「この地域が大切だ」といった研究論文は非常に多く出されています。しかしこうした研究が地域に実装されているかというとそうでもありません。ご紹介したプロジェクトのように、これだけ研究者とNGOが組んで地域で進めた例はほとんどないのではないかと思います。

Q. 重要な生態系はどうやって決めるのでしょう。研究者の見解と市民の考えが違ったとき、どうするのでしょう。

A. 研究者がやりたいことを理解してもらう一方的なスタンスに陥らないよう努力し、Co-designになるよう説明します。それでもうまくいかない場合は、ローカルスケールで重要種を決めて相談します。もう一つのアプローチとしては、種のみに着目するのではなく、里山保全のように全体の場として考えてもらえるようにします。こういった多面的なアプローチが必要です。

Q. 開発寄りのステークホルダーとのコンフリクト(対立)はあるのでしょうか。

A. 当然コンフリクトはあります。私自身は開発を止めろというつもりはありません。研究者の立場としては、トレードオフを説明したうえで、それをベースに保全するか開発するかを決めてもらうべきではないかと思います。ただ、だんだん社会が変わってきています。自然共生社会が低炭素社会、循環型社会と並べられるくらいにようやくなってきました。開発側としても自然共生をまったく配慮せずに進めることは難しくなっています。ですから開発側もよりどころとするようなものを研究者が出していかなければなりません。

*本稿は2015年2月18日のTrans-disciplinary研究に関する所内検討会第7回勉強会の発表をもとに編集局で作成しました。

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