2017年8月号 [Vol.28 No.5] 通巻第320号 201708_320004

地球環境研究センターの活動に期待することを渡辺新理事長に聞きました

  • 地球環境研究センターニュース編集局

2017年4月1日に着任された渡辺知保ちほ国立環境研究所理事長に、地球環境研究センター(以下、CGER)のこれからの活動に期待することなどを、CGERニュース編集局がうかがいました。

*このインタビューは2017年5月23日に行われました。

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プロフィール

  • 1982年3月 東京大学医学部保健学科卒業(保健学士)
  • 1989年8月 東京大学大学院医学系研究科博士課程単位取得済退学
  • 1991年1月 保健学博士(東京大学)
  • 1989年8月 東北大学医学部衛生学講座助手
  • 1997年12月 東京大学大学院医学系研究科助教授
  • 2005年4月〜 東京大学大学院医学系研究科教授(現在に至る)
  • 2015〜2016年 東京大学日本・アジアに関する教育研究ネットワーク機構長
  • 2017年4月〜 国立研究開発法人国立環境研究所理事長
  • 2017年4月〜 日本健康学会理事長
編集局

理事長は国環研の外部評価委員として研究所の活動を見てこられましたが、CGERの活動に関して印象にあることをお聴かせください。

渡辺

私はずっと大学に勤務していたので、大学で最もできそうにないと思う事業を行っているのがCGERかなと感じていました。その代表的なものがGOSATプロジェクト(人工衛星による温室効果ガスの全球観測)です。私の専門分野が保健ということもありますが、衛星データを利用して研究するというのは、普通の大学では難しいです。GOSATだけではなく、CONTRAILプロジェクト(民間航空機を利用した二酸化炭素(CO2)濃度観測)や商用船を使った海洋でのCO2吸収・排出観測によって、CO2濃度の分布などが身近な問題として捉えられるようになってきました。CO2の分布や炭素循環のメカニズムを考えられるようになったのが、とても印象的でした。

また、最近の成果としては、地球全体の温室効果ガスの吸収量・排出量を推定する2つの手法であるトップダウンアプローチ(人工衛星や航空機などで測定した大気中CO2濃度データから、大気の流れを再現する数値モデルを用いて、地表面のCO2吸収量・排出量を逆推定する手法)とボトムアップアプローチ(現場の観測データから地球全体の自然吸収量・排出量を積み上げる手法)による推定値が一致してきたというのは、印象的でした。そういう精緻なところまで気を配るのは素晴らしいことだと思います。一方、その意味をまったくの素人にどうやって理解してもらうのかということは、温暖化研究一般にいえることですが、結構重要なことだと思います。

編集局

2016年11月にパリ協定が発効しました。これは温室効果ガスの排出を今世紀末に実質的にゼロにするという目標を含んでおり、化石燃料に依存してきたこれまでの社会の仕組みも変えなければ実現できないものです。CGERと社会環境システム研究センターは低炭素社会の実現に向けた研究を進めてきましたが、さらに、資源循環・廃棄物研究センターなどとの連携を進めていくべきではないか考えています。理事長は、かつて外部評価委員のときには、センターが連携して研究を進めているような印象をもっていたけれど、国環研に勤務してみたら、職員から実際にはそうでもないという話を聞いたそうですね。

渡辺

こちらに来て、他のセンターの人と顔を合わせる機会があまりないという話を聞いたのですが、その後センター長などにお話をうかがうと、研究プログラムは結構連携しているようですね。連携するとプログラムがよくなるだけではなく、個々の研究者にとっても大きなメリットがあり、センター全体に波及効果があると思いますから、連携はそれなりにうまくいきつつあるのでしょうね。同じ課題に取り組むのにお互いに足りないところを分担していくところで本当の意味での連携が生まれるので、それを進めているうちに新しいものが見えてくるということはあるのかもしれません。

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編集局

国環研の設立時から、分野を越えた総合的な研究を進めるべきと言われてきました。

渡辺

共同研究を進めていると、共通の単語なのに、分野によって違う意味で使っていることが後からわかったりします。そういうところを研究者同士が確かめ合うことが連携をスムーズにするのではないかと思います。たとえば、「適応」です。それぞれの人がそれなりに「適応」を理解し、解釈しているわけですが、一緒に研究をやる段階になったらお互いが違うことを考えていたことがわかったりします。お互いの「当然」が違っていることが結構ありますから、そういうところを常に正していくというのは結構難しい作業です。

かつて、私が勤務していた東京大学の大学院生が気候変動の適応に関するシンポジウムに参加して、シンポジウムで議論されていた「適応」が、私たちの「適応」の解釈と違っていると報告に来ました。気候変動の「適応」は地球温暖化の影響による海面上昇に対して堤防を高くするようなことを含みますが、人類生態学の「適応」というのは、もともとは熱帯のジャングルのなかで人間がどうやって食べ物を手に入れるかということです。最初はずいぶん違うように思いましたが、結局は環境の変化で人間がどうやって生き延びようとしているかと理解すれば同じことだと思いました。

編集局

「適応」の話がでましたが、これからの地球温暖化対策では、温室効果ガスを減らす緩和だけでなく、すでに起きている影響に対する「適応」も必要になってきます。「適応」は科学だけの問題なのでしょうか。低炭素社会の実現を目指すには、仕組みも必要です。江守正多さんが代表となって進めている社会対話・協働推進オフィス(対話オフィスについて詳しくはhttp://www.nies.go.jp/taiwa/index.htmlを参照)の活動も一般の人の共感を得ながら新しい仕組みを考えるという意味で重要だと思います。国環研が「適応」の研究をしていくなかで、何かアドバイスはありますか。

渡辺

私は人類生態学を研究していました。大学院生のときに鈴木継美教授(元国環研所長)を最初に訪ねて、「人類生態にちょっと興味があります」と言ったら「君は “適応” ということを知っているか」と聞かれました。「適応」は人類生態学においてずっと中心課題でしたが、私は「適応」とは何かをまったく知らないで人類生態学を研究するという向こう見ずな学生でした。先ほどもお話ししましたが、「適応」は、環境が変わったときに人間も含めて生き物がそれにどうやってうまくついていくかということです。地球温暖化問題において、現在の「適応」という使われ方がどこから始まったのかきちんと調べていませんが、最終的には同じことです。環境の変化に対する人間のレスポンス(応答)が原点で、常にその原点を考えつつ「適応」の研究を進めればいいのではないでしょうか。今、「緩和」と「適応」が両輪みたいな言い方をされますが、広い意味では「緩和」も「適応」の一部です。最終的には、「緩和策」と「適応策」の好ましい組み合わせについて、もうちょっと広義の「適応」のなかで最適化していくということだと思います。国環研はそれができるところです。「緩和」については、実際に観測し、「適応」としてはシナリオ研究を進める研究者がいるというのは国環研の強みです。

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編集局

CGERが継続してきた地球環境モニタリングやスーパーコンピュータ(以下、スパコン)研究は、これまで素晴らしい知の財産を築いてきたと考えています。将来予測は地球では実験できないのでスパコンを使います。大気中のCO2濃度が上がってきていることを具体的に示したのはモニタリングの成果です。データの蓄積やスパコンにはお金がかかるため、縮小や再編が求められたり、従来と同じ形での継続が難しくなる面があります。お医者さんでいえば「健康診断を定期的に受診するとお金がかかりますね」のような話のような気もします。このような状況にどう対応すべきでしょうか。

渡辺

元東京大学教授の小池俊雄先生は、「地球温暖化に対しては物理的な実験はあり得ない。そういうなかで、自然科学としての力を見せていくにはシミュレーションしかない。それには観測が必要だ。」とおっしゃいました。私はそれに非常に納得しました。実験をやって再現されると、これは本物っぽいとみんな考えます。しかし、地球温暖化に限らず、生態系もone and only(唯一無二)です。たとえば日本のどこかの森といっても正確に同じものが再現できるわけではないので、いろいろな形で縮小して模擬的なシミュレーションをするのですが、地球温暖化の場合はそういうこともなかなかやりようがなくて、実際の限られた観測に基づいて(スパコンで)シミュレーションするしかないのです。一般に人は、自然科学というのは実験して再現して証明されれば正しいと思うわけですから、それを温暖化に関しては示せたと納得してくれる人が少ないかもしれません。説明の仕方にもよるかと思いますが。

お金がかかるという点については、健康診断にたとえれば、どこまで見るのかということです。疫学調査でたくさんパラメータをとろうと思えばとれるわけです。しかし、ある人の将来の健康状態を予測するのに非常にいい手段があって、それは、「あなたは今健康だと思いますか」と聞くことです。その答えでかなり先の予測がつくという研究があります。モニタリングでもそういうスーパー観測点みたいなものがあるのではないでしょうか。なるべく多数の観測点を設けてモニタリングの間隔を短くすれば精緻でいいシミュレーションもできるようになるのでしょうが、観測に関する素人からすると、逆に間引きしてどのくらい効率のいいシミュレーションができるかという方向でも考える必要があると思います。

編集局

CGERのウェブサイトでは2007年から始めたQ&Aシリーズ「ココが知りたい地球温暖化」(http://www.cger.nies.go.jp/ja/library/qa/qa_index-j.html)が未だに多くのアクセスを得ています。しかしながら、シリーズを主導した江守さん以降、これを更新していく余裕と意欲のある研究者が現れません。若手の研究者には研究もしてもらいたいのですが、こういうアウトリーチに協力いただくために、こうしたらいいというものがあれば教えて下さい。また、これからのCGERに期待することをお話ししていただければと思います。

渡辺

4月22日の研究所の一般公開では、若い人、特に子どもさんが来てくれたのを見て、非常にいいと思いました。春の環境講座では、CGERは参加型をかなり意識されていますね。大学院生とか学部生でもそうですが、こちらがいろいろ講義をするよりも、みんなで話して、このテーマについて何か意見を出しなさいとするほうが面白い結果になることが多いです。私は健康科学系ですが、工学系や理学系の人と一緒に研究プログラムを組むと、当然その分野の学生も参加します。異分野の学生が話し合うのはあまりうまくいかないのではないかと教員のほうは心配しますが、学生は面白いらしくて、いろいろなアイデアが生まれてきます。若い人に伝えるということも重要なのですが、自分でどんどんやってみるのが面白いというきっかけや材料をこちらが出すことができれば十分ではないでしょうか。

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編集局

ちょっと工夫が必要でしょうか。

渡辺

最初に水の中にポンと石を投げ込むことは必要でしょう。また、こっちの方が面白そうだという誘導は必要かと思います。

編集局

何だろうという気持ちをくすぐるというか刺激するようなことができるようになったらいいでしょうね。そういったことも意識していきたいと思います。

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地球環境研究センター ニュース編集局
www-cger(at)nies(dot)go(dot)jp
FAX: 029-858-2645

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