2017年8月号 [Vol.28 No.5] 通巻第320号 201708_320010

最近の研究成果 新たな統合型水文生態系-生物地球化学結合モデルの開発:その1 〜陸水が全球炭素循環に及ぼす影響の再評価〜

  • 地球環境研究センター 物質循環モデリング・解析研究室 主任研究員 中山忠暢

既存の炭素循環研究では、河川・湖沼・地下水などから構成される「陸水」を物質が陸域から海域へ輸送される際の単なる水路とみなし、全球炭素収支の計算上でも陸水の寄与は残差もしくは誤差の範囲内にとどまり、陸域に比べれば陸水の影響は局所性が強くほとんど無視できるという仮定のもとで積極的には取り扱われてこなかった。近年開始された観測結果の解析を中心にした陸水の新たな役割についての既存研究では統計的に優位な相関関係などの半経験的な評価もしくは収支保存が完全とは言いがたく、統合的かつ高精度な再評価が必要とされていた。本研究では、炭素輸送・無機化・固定化などを含む陸水を通した炭素循環の解明に向けて、これまでに開発してきた水文生態系モデルNICE(National Integrated Catchment-based Eco-hydrology)[注]を既存の複数の物質循環モデルと有機的に結合することにより世界に先駆けて(半経験的ではない)プロセス型モデルNICE-BGCを新たに開発し、水循環と炭素循環の関連性について再評価を行った(図1)。NICE-BGCは水域内での代謝作用に加えて陸域-水域間での炭素動態及び窒素やリンなどの栄養塩との相互作用をも内包するモデルである。同モデルを用いて全球を対象にシミュレーションを行った結果、一部の炭素は大気へ放出され、一部は河川や湖沼の底泥に堆積し、残りの複数の反応形態から構成される炭素が最終的に海域へ流出する、という一連のプロセスが定量的に再現された。さらに、このプロセスには表面流-地下水間での相互作用が密接に関わっており、そのフラックス量は全球炭素収支において無視できない量であることが明らかになった(図2)。本研究で得られた結果は、既存研究で陸域が炭素循環におけるシンクとしてみなされていたフラックス量が、陸水からのソース分を考慮するとさらに小さくなる可能性を示唆しており、今後の炭素循環の精緻化に重要である。

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図1NICEの拡張による新たな統合型水文生態系-生物地球化学結合モデルNICE-BGCの開発。NICE-BGCでは表面流-地下水間での熱や物質の移動(化学反応も含む)に加えて陸域-水域間での相互作用も計算される

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図2NICE-BGCで計算された全球水循環及び陸水を通した炭素収支の結果。複雑な反応形態から構成される水平方向への炭素移動(それぞれの炭素の反応形態TOC、DOC、DIC、POCの海域への流出)及び鉛直フラックス(大気へのCO2放出、河床土砂堆積Bed)が地域ごとに大きく異なる様子がシミュレーションによって得られた。陸域-水域間での炭素動態を含む詳細については下記論文情報の中の引用文献を参照

脚注

  • 様々な植生から構成される自然地モデル・主要作物や灌漑を含む農業生産モデル・管路網や都市構造物を含む都市モデル・ダム操作や水輸送モデル等、様々なサブモデルから構成される。NICEの詳細については複数の既存論文を網羅的にまとめた下記の2冊の書籍を参考。
    • Nakayama, T.: Hydrology–ecology interactions, In: Handbook of Engineering Hydrology (2014). Taylor and Francis.
    • Nakayama, T.: Integrated assessment system using process-based eco-hydrology model for adaptation strategy and effective water resources management, In: Remote Sensing of the Terrestrial Water Cycle (2015). American Geophysical Union and John Wiley & Sons, Inc.

本研究の論文情報

Development of an advanced eco-hydrologic and biogeochemical coupling model aimed at clarifying the missing role of inland water in the global biogeochemical cycle
著者: Nakayama T.
掲載誌: J. Geophys. Res. Biogeosci., (2017) 122, 966-988, doi: 10.1002/2016JG003743

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