RESEARCH2021年3月号 Vol. 31 No. 13(通巻364号)

計算で挑む環境研究-シミュレーションが広げる可能性 8 地球と人類の将来:地球ー人間システムモデルによる研究

  • 横畠徳太(地球環境研究センター気候変動リスク評価研究室 主任研究員)

現在、コンピュータシミュレーションは環境研究を支える重要な研究方法となっています。天気予報や災害の予測など、私たちの日常生活と深く関係していることもあります。

シミュレーション研究の内容は多岐にわたり、日々進歩しています。このシリーズでは、環境研究におけるシミュレーション研究の多様性や重要性を紹介いたします。


1.地球-人間システムモデルの重要性

2020年現在、人間活動による地球全体の年間の二酸化炭素排出量は400億トン程度と推定されています*1。これに対して、光合成によって陸域の植物などが大気中の二酸化炭素を吸収する量は年間125億トン、二酸化炭素が海洋に溶け込んで吸収される量は年間92億トンに過ぎず、人間が排出した二酸化炭素の46%は大気中に溜まっていくと見積もられています。これにより大気中の二酸化炭素濃度が増加し、地球温暖化が進行します。

地球温暖化によって、これまでに様々な問題が生じ、今後も生態系や社会に深刻な影響が及ぶと考えられています*2。このため、2015年に国際的に合意された「パリ協定」では、地球全体の平均的な地表気温変化を、産業革命前から2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をすることが目標とされました。この目標を達成するためには、私たち人間の活動による温室効果ガス排出量を大きく削減する必要があります。

COVID-19のパンデミックにより、二酸化炭素排出量は2020年12月時点で前年から年間7%程度減少したと推定されています*1。パンデミックのために、世界中でひろく経済活動を止めたにもかかわらず、二酸化炭素排出量はわずか7%程度しか減少しなかったのです。後述するように、パリ協定における目標の達成のためには、さらなる温室効果ガス排出の削減が必要です*3

人間活動による二酸化炭素排出量の86%は化石燃料の燃焼により、残りが森林伐採などの土地利用によると考えられています*1。人口増加に対する穀物生産のために森林を伐採するなどして、特に発展途上国で、農地の拡大が進んでいます。伐採された森林は時間をかけて分解され、二酸化炭素が大気中に放出されます。森林伐採と農地の拡大は、二酸化炭素の放出をもたらすとともに、生物多様性にも影響を与えます。

この一方で、気候を安定化させるための重要な対策として、化石燃料の代わりにバイオ燃料作物を増産することが考えられています*4。ただし、バイオ燃料作物を増産するためには、それを栽培する広大な土地が必要となります。また、気候変動による乾燥化が進む地域もある中で、食料やバイオ燃料のための作物が生育するには、大量の水(降水や灌漑による水の供給)が必要となります。

将来起こりえる気候変動を考慮しつつ、食料やバイオ燃料生産のために必要な土地や水資源を確保できるか、気候変動が生態系に及ぼす変化を通して人間社会はどのような影響を受けるのか、気候変動やそれによって生じる影響を最小限に抑えるためにはどうしたらよいか*5を論じるためには、地球環境と人間活動を同時に取り扱う数値モデルを利用することにより、様々な過程の相互作用を考慮した分析を行うことが重要です。

2.地球-人間システムモデルの開発

そこで私たちは気候変動に伴う陸域の土壌水分や河川流量の変化、食料やバイオ燃料のための作物の成長(写真1)、灌漑やダムなどの操作(写真2)、人間による土地利用の変化、自然生態系による温室効果ガスの吸収と放出を全球的に計算することのできる陸域統合モデル MIROC-INTEG-LAND (MIROC INTEGrated LAND surface model) の開発を行いました*6

写真1 作物栽培の様子(灌漑地域でのトウモロコシ栽培地。トルコ東部Seyhan川にて、国立環境研究所花崎直太氏提供)。MIROC-INTEG-LAND では、耕作地への水を供給(灌漑)と、それにともなうトウモロコシなどの作物の成長が表現されている。
写真2 世界にある大きなダムの一例(トルコ東部Ataturk Barajıダム:総貯水容量487億トンは世界で20番目くらいに大きな貯水池。左側に見えるのが発電施設。発電し、沈砂させた後の水をトンネルと通じて送水している。国立環境研究所花崎直太氏提供)。MIROC-INTEG-LAND では、この写真のように大きなダムが地表付近の水の分布を変える効果を表現している。

開発されたモデルは、これまでの気候モデル MIROC の陸面部分を計算するモデルに、灌漑やダム操作を扱うモデル、作物成長モデル、土地利用モデル、陸域生態系モデルを結合させたものです(図1)。ここでモデルの「結合」とは、異なるモデルを同時に実行させ、必要なタイミングであるモデルの結果を別のモデルに与えることを意味します。

図1は、MIROC-INTEG-LAND を構成する個々のモデル(サブモデルと呼びます)と、サブモデルの間でやり取りさせる変数を示しています。これまでの研究では、それぞれのサブモデルが単独で将来の予測を行っていましたが、MIROC-INTEG-LANDではこれらを結合させることによって、それぞれの要素の変化を相互作用させることが可能となります。

MIROC-INTEG-LANDは全球を緯度経度1度程度に分割し、それぞれの場所で図1に示された内容の計算を行います。気候・生態系・人間活動に関わる複雑なプロセスを計算するためには、高性能な計算機が必要です。このため、国立環境研究所のスーパーコンピュータを利用して研究を進めています。

図1 陸域統合モデル MIROC-INTEG-LANDの構成図。気候(陸面)、水資源、陸域生態系、土地利用、作物成長のサブモデルと、サブモデルの間の変数交換を示す。矢印が変数の交換で、矢印の横に交換する変数を示す。気候・社会経済シナリオは、モデル外部からデータとして与える。Yokohata et al. 2020 (注5) に加筆。

MIROC-INTEG-LANDによって得られた結果を図2に示します。この実験では、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第5次評価報告書で使用された4通りの代表的濃度シナリオ(Representative Concentration Pathways: RCP)をモデルに与えることにより、計算を行いました。2100年時点での気温上昇が大きい順に、RCP8.5 (赤), RCP6.0 (黄), RCP4.5 (緑), RCP2.6 (青)と名前がついています。図2 (a)は異なる5つの気候モデルによって計算された地表気温で、この研究ではモデルへの入力値として利用しています。

これらの入力を用いて計算した穀物の収量(単位面積当たりの収穫量, トン/ha)を図2 (b)に示します。ここでは将来の穀物収量の変化として、技術発展に伴う収量増加を考慮しています。具体的には、過去の技術発展(肥料の利用など)に伴う収量の増加を参照して、将来予測の際のモデル化を行っています。また、将来の二酸化炭素の増加によって、作物がより効率的に光合成を行うことができるようになる「施肥効果」も考慮されています。

この研究では図2(b)に示すように、将来の技術発展と施肥効果によって、どのシナリオでも将来の穀物収量は基本的に上昇する結果となりました。ただし気温上昇の最も大きい RCP8.5(赤)では、21世紀後半に穀物収量の低下が生じます。これは、特に昇温の大きい RCP8.5シナリオでは、気温上昇に伴い作物の生育期間が短くなることが原因と考えられます。

将来の食糧穀物のための農地面積の結果が図2(c)です。この研究では、食料需要の増加によって、21世紀の前半は食糧穀物農地面積が増加します。また穀物収量の増加(図2(b))のために、21世紀後半には、基本的に食糧穀物農地面積は低下します。しかし地表気温上昇の大きいRCP8.5 シナリオ(赤)では、21世紀後半に穀物収量が低下するために、食糧穀物農地面積が増加する結果となりました。

さらに、食糧穀物とバイオ燃料作物のための農地面積の変化を示した結果が図2(d)です。地表気温上昇を小さく保つためのシナリオ RCP2.6(青)では、バイオ燃料作物のための農地の拡大が必要です。RCP4.5(緑)でも、バイオ燃料作物のために広大な農地が必要なことが分かりました。

図2 MIROC-INTEG-LANDに入力値として利用している (a) 地表気温と、モデルによって計算した (b) 食糧穀物収量[トン/ha]、(c) 食糧穀物農地面積[割合]、(d) 食糧穀物+バイオ燃料作物農地面積[割合]。地球全体の平均値を表し、農地面積(c, d)は全陸地に対する農地面積の割合で表す。食糧穀物収量は、計算格子点(全球緯度経度=1度)における、コメ・小麦・大豆・トウモロコシの最大収量を選択して計算した。細線が5つの気候モデル結果を MIROC-INTEG-LAND に入力して計算した結果((a) は入力値)、太線がそれらの平均値を示す。気温上昇が大きい順に、RCP8.5 (赤), RCP6.0 (黄色), RCP4.5 (緑), RCP2.6 (青)と呼ばれる濃度シナリオの結果を示す。Yokohata et al. 2020 (注5) に加筆。

食糧穀物とバイオ燃料作物の農地面積変化の全球分布を図3に示します。2つのシナリオ(RCP2.6とRCP8.5)において、食糧穀物農地が南アメリカで、バイオ燃料作物がアフリカで増加しています。ここで利用した土地利用モデルでは、生物多様性の観点から、農地として利用すべきでない土地を保護するように計算を行っています。また、過去の農地データをもとに、農地として適した場所を穀物価格・穀物収量・GDP などの関数として表現することで、農地の分布を計算しています。

本研究の結果は、与える社会経済シナリオによっても大きく結果が異なってくることに注意が必要です。また、農地として利用しない場所をどのように設定するかによっても結果は変わってきます。現在、詳しい解析を進めています。

図3 食糧穀物とバイオ燃料作物の農地面積の変化、各地点での陸面積に対する割合で示す。それぞれ (a,b) 食糧穀物農地変化、(c,d) バイオ燃料作物農地変化、(a,c) RCP2.6 シナリオ、(b,d) RCP8.5シナリオに基づく結果。 Yokohata et al. 2020 (注5) に加筆。

3.今後の課題:地球と人類の未来のために

パリ協定では、21世紀後半にネットゼロエミッション(人間活動による温室効果ガスの排出量を人間活動による吸収量とバランスさせること)の実現を目標としています。EUなどはさらに野心的に、2050年でのネットゼロを目標とし、日本政府も2020年10月、EUと同様の2050年ネットゼロ目標を発表しました。今後、二酸化炭素を排出しない「脱炭素」社会をどのようにすれば実現可能かについて検討を行うことが、私たちの研究の重要な役割です。

他方、前述のように、パリ協定の目標の達成に必要な温室効果ガス排出の削減量と、実際の削減量の間には、大きなギャップがあることが明らかになっています[3]。そこで、産業革命前と比較した場合の地表気温変化が、パリ協定で定められた目標値(2℃)をいったん超えた後に、気温目標値に落ち着くシナリオ(「オーバーシュートシナリオ」と呼ばれる)など、様々なシナリオの下で地球-人間システムのより長期的な変化を調べることも非常に重要です。

今後大きく変化することが予想される地球-人間システムの、長期的な安定性を調べるには、過去数千年の地球において起こらなかったような現象についても考慮する必要があります。さらに、地球温暖化が進むにつれ、地球システムにおけるいくつかの要素がある閾値を超える場合には温暖化をさらに加速させる可能性が指摘されています*7

このような要素の一つとして注目されているのが、永久凍土の融解による温室効果ガスの放出です。北半球高緯度域に広く分布する永久凍土(写真3)には、大量の有機物が含まれています*8。地球温暖化に伴い永久凍土が融解することにより、有機物が分解され、温室効果ガスが放出されることで、さらに地球温暖化を加速することが懸念されています。

写真3 地下に永久凍土があることで網目状に地面が陥没するポリゴン(多角形土)。アラスカ・ノーススロープにて、2017年6月、朝日新聞社機より撮影。

私たちはこれまで、将来の永久凍土の融解が、地球システムに及ぼす影響についての研究を行いました*9。それによると、前述の RCP8.5シナリオでは、2100年には永久凍土が20~50%程度(複数の予測モデル結果を用いたばらつきの幅)減少する結果となりました。さらに、このような永久凍土の融解によって、二酸化炭素やメタンが放出され、地球の気温を 0.1℃程度上昇させることに寄与する、という結果が得られました。

私たちの研究では、永久凍土融解による温室効果ガス放出が2100年までに及ぼす影響は、それほど大きなものではないという結果になりました。しかしながら、2100年においても、永久凍土はすべて融解してなくなるわけではなく、永久凍土融解による温室効果ガス放出は、21世紀末以降も気候変化に影響を与えうることが分かりました。

また、最近のある研究(*)によると、たとえ人間による温室効果ガスの排出をゼロにしたとしても、海洋の温度がゆっくりと上がり続け、永久凍土の融解が進むことなどで大気中の温室効果ガス濃度が上昇し、今後数世紀にわたって地表気温が上昇し続ける可能性があることが報告されています*10

永久凍土の挙動を含めた、今後数世紀にわたる地球システムと人間活動の挙動を分析することは、地球環境の将来を知り、私たちの社会をどう変えていくかにとって非常に重要です。100年を超える長期的な地球システムの挙動や、人間活動との相互作用を考慮した分析は、モデル開発の難しさや計算コストの問題などによって、これまでは簡易的なモデルが主に利用されてきました。

例えば前述の研究(*)では、非常に簡単なモデルによって推定がなされているため、より複雑な数値モデルを用いた検証が必要であると、この研究を行った著者たちも述べています[9]。より精度の高い分析のためには、MIROC-INTEG-LANDのような、複雑な地球-人間システムの過程を考慮したモデルで検討を行うことが非常に重要だと私たちは考えています。

MIROC-INTEG-LANDのように複雑な数値モデルを利用して、長期的な計算を短時間に行うためには、スーパーコンピュータの利用が必要不可欠です。また、複雑な数値モデルには、様々な不確実要素があるため、モデルにおける不確実要素が結果に与える影響を調べるためにも、スーパーコンピュータを利用して数多くの実験を実行することが非常に重要です。

気候安定化を実現しうる方策を示すことに加えて、気候安定化がうまくいかない場合に起こりうる問題をはっきりと示す。これにより、気候変動の影響を避けるため、社会が脱炭素に向かうことに貢献する。これが私たちの研究における大きな目標です。