SEMINAR2021年3月号 Vol. 31 No. 13(通巻364号)

GCPワークショップ「ゼロカーボン×デジタル:ポストコロナ時代の都市の脱炭素化」

  • 地球環境研究センター 交流推進係

2020年10月、日本政府は2050年二酸化炭素(CO2)実質ゼロ排出を目指すことを発表しました。また、すでに日本の多くの都市が2050年ゼロ排出目標を発表しています。これを実現するには、情報通信技術(Information and Communication Technology: ICT)、人工知能(Artificial Intelligence: AI)、モノのインターネット(Internet of Things: IoT)のデジタル技術を駆使したスマートな都市エネルギーシステムを構築していくことが重要となります。

グローバル・カーボン・プロジェクト(GCP)の発足20周年となる2020年、GCPつくば国際オフィスでは、フューチャー・アース日本ハブ、広島大学、アジア太平洋地球変動研究ネットワーク(APN)と、オンラインによる標記ワークショップを12月14日と15日に開催しました。ワークショップでは、これらのデジタル技術を都市に活用しながら、CO2ゼロ排出社会を実現するための、技術的、社会的、経済的課題を都市のステークホルダーと共に議論しました。

1日目は、日本のゼロカーボンシティに向けた状況や脱炭素化へ向けた取り組みについて、京都市のステークホルダーらと議論を行い(日本語)、2日目は、世界の都市の最新の脱炭素化研究の状況に関して、世界の研究者と議論を行いました(英語)。ワークショップ1日目には、地球環境研究センターの山形与志樹主席研究員と小端拓郎特別研究員が講演者として発表しました。

本稿では、1日目に行われた小端と山形の講演の概要を紹介します。なお、ワークショップ全体の内容はオンラインで公開されています(14日:https://youtu.be/0D7Je3Gb0Ic, 15日:https://youtu.be/uDNJ6gZDVHo)。

目次

PVとEVを用いた日本の都市の脱炭素化の可能性

小端拓郎(地球環境研究センター 特別研究員/GCPつくば国際オフィス事務局長代理)

日本政府は2050年カーボンニュートラルを目指すことを発表しました。今後は、どの再生可能エネルギー(以下、再エネ)を、どのように導入していくかという優先順位を決める時代になっていくと思われます。

日本のように土地の限られている国の脱炭素化には、特に、屋根上太陽光発電(Photovoltaic Power Generation: PV)を最大限活用することが重要です。また、今後急速な普及が予想される電気自動車(Electric Vehicle: EV)と組み合わせることにより、低コストで大規模な脱炭素化が可能となります。

住宅用のPVシステムの価格は2012年に45万円/kWhから2020年に23万円/kWhまでに下がりました(出典:資源総合システム)。この傾向は今後10年においても続き、2030年には現在の半額程度(11万円/kWh)まで安くなるといわれています。

EVの価格については、2020年は300万円くらいからで(補助金等でさらに、安くなります)、その約30%はバッテリーのコストです。今後EVが普及していくとバッテリーのコストは2030年に今の半分となり、2025年にはEVはガソリン車より安くなるといわれています。今後大きく価格が下がるこれらの技術が脱炭素化のブレイクスルーを作り出すポテンシャルをもつので、注目する必要があります。

では、これらの再エネコストの下落が私たちの生活にどのように影響するのでしょうか。

2016年から2030年の一世帯におけるPV+EVの経済性について説明します。2016年時点では、一般家庭で電気とガソリン経費で年間20万円くらい消費しています。それがPVだけを導入すると2018年くらいから既存の価格を下回り始めます。その後、PVとEVを組み合わせるとかなり大きなコスト削減になっていきます(図1)。

図1 一世帯におけるPV+EVの経済性

CO2排出量については、2016年時点では一般家庭で電気とガソリン使用で年間4トンくらいを排出していますが、PVを導入すると2030年には1トンくらいの削減、PVとEVを組み合わせると、さらに大きなCO2排出削減になります。

しかし課題があります。一つの家庭でPVやEVの導入を行おうとすると、車の利用頻度が高い人には経済性が伴わないですし、家の屋根すべてにPVを設置とすると電気を作りすぎてしまい一家庭では消費しきれません。そこでコミュニティや都市レベルでエネルギーのシェアリングのできるPV+EVの分散型電源システムを広げていくことが大規模な都市の脱炭素化を効率的に行うために必要となります。

私は日本の9つの主要都市(東京都区部、岡山市、広島市、川崎市、仙台市、新潟市、札幌市、郡山市、京都市)で、PVとEVを用いて都市の脱炭素化を行った際の、2018年と2030年の経済性とCO2排出削減ポテンシャルについて分析を行いました。

この分析では、PVの容量は70%の屋根面積を最大値(Google Environmental Insights Explorerも同様の見積もり)とし、初期投資も含めて最も利益の大きくなるPV容量を計算しています。また、個人所有の乗用車をすべてEV(40kWh)とし、バッテリーの半分をPVの蓄電池として使用可能と想定しました。

PVシステムの経済性の改善とともにPVの最適容量は増えます。PVとEVを組み合わせると最適PV容量はさらに大きくなります。一人当たり屋根面積の大きい地方都市においてPV容量は最も増加する一方で、東京や川崎では一人当たり屋根面積が小さいので最大PV容量は小さくなります。

次に、CO2排出削減率を計算しました。現在の電気・ガソリンの使用と比べて2018年PVを導入すると30%くらいの削減になります。コストが下がってPV容量が大きくなると、PVのみの場合でも2030年で40%くらいのCO2排出削減になりますが、PVとEVを組み合わせると、屋根面積が大きくPV容量が大きいところでは90%以上の排出削減が可能となります。東京や川崎でも60%程度の削減が可能となります(図2)。

図2 現在の電気・ガソリンを使用したときと比べた際のCO2排出削減率

現在の電気代・ガソリン代と比べた際のエネルギー経費削減率は、2018年PVを導入するだけで5%程度、2030年になると20%前後の削減となり、PVとEVを組み合わせると2030年には最大40%の削減になります。

エネルギー充足率について、屋根上PVで作られた電力量と一年間の都市消費電力量を比べると、2018年はPV容量が少ないので40%程度にしかならないのですが、2030年には、最大限のPV容量になると、東京と川崎を除いたほぼすべての都市で、屋根上PVによって年間消費電力量を賄うことができます(図3)。需要供給のバランスを考慮した自己充足率では、比率は下がります。

図3 屋根上PVで創られた電力量と一年間の都市消費電力量を比べたエネルギー充足率

このようなシステムを実現していくためには、ピア・トゥ・ピア(Peer to Peer: P2P、個人から個人へ電気を供給し、その対価を支払う契約形態)を進めていく必要があります。また、託送料金などの規制改革を行い、自家消費をコミュニティ内で最大化できるシステムを構築し、PVとEVを統合したシステムの効率を高めることが重要です。

コミュニティの活動により大口注文することで再エネ導入のコストを最大限下げ、地域内での屋根上PVとEVによる安い電源を増やすことで、給湯や暖房などの電化を進めます。PV電源の地域内での消費を最大化させ、エネルギーとそれに関わるお金の地域循環ができると、環境省が推奨する地域循環共生圏の構築につながります。

デジタル社会とゼロカーボンシティ:アフターコロナ時代のスマート・ライフスタイル

山形与志樹(地球環境研究センター主席研究員/GCPつくば国際オフィス代表)
吉田崇紘(地球環境研究センター特別研究員/GCPつくば国際オフィス協力研究員)

2050年までに炭素排出を実質ゼロにするゼロカーボンシティ宣言を表明した自治体の数は、東京都・京都市・横浜市を始めとして208に上り、全人口の半分以上の規模に至っています(2021年1月19日時点、https://www.env.go.jp/policy/zerocarbon.html)。ビジョンが共有されたいま、実現に向けた具体的な脱炭素化計画の策定が喫緊の課題となっています。

都市の脱炭素化を考える上での重要な視点は、単に持続可能性を追求するだけでなく、人間にとって真に健康的で幸福な状態を指すwell-beingの向上を目指すことです。そのためには、建築や交通といった都市の主要素に加え、地域コミュニティレベルでの人間行動を統合的に捉えていく都市システムをスマート技術やビッグデータ、AIを用いてどのように構築するかを考える必要があります。さらに、暑熱や水害といった気候変動リスク、新型コロナウイルス(以下、コロナ)感染拡大リスクなどへのしなやかな対応を考える必要もあります。

これまで研究チームでは、ビッグデータを活用して建築・交通部門におけるCO2排出量の詳細化に取り組んできました(図4)。個人情報保護の制約から、個人を特定できない形で収集・整備された携帯端末位置情報データや個別の建物や道路の地理情報データを利用して推定を行っています。

図4 建築物からのCO2排出量推定(墨田区)

近年、建物のエネルギー消費量や混雑率、道路や交差点での交通量の計測値がリアルタイムに公開されるようになってきました。こうした情報を各種統計データと重ね合わせることで、個別の建物・道路のCO2排出量を推計・検証することも可能になってきています。ちなみに、研究の中では、Googleが公開する建物(店舗)ごとの時間別混雑率を表すPopular time データを、混雑度と建物エネルギー利用量が正に相関することを仮定して利用しました。現在、このデータは、店舗がいま現在どれくらい密なのかという、コロナリスクのリアルタイム情報としても活用されています。

道路のCO2排出量は、車に乗っているのか電車に乗っているのか、車がどこを走っているのか、電車に乗っている人が何人くらいいるのかといった推定を、携帯端末の位置情報の軌跡から判別する機械学習モデルを構築することで行っています。そして、車に乗っている人の情報や交通量の計測データから各道路のCO2排出量を推計しています。

研究チームでは、このような新しい手法を活用したアフターコロナにおける都市システムデザインのための統合シミュレーションの研究を行っています。暫定的な成果になりますが、2020年1月~6月の携帯端末位置情報から推計したCO2排出量と交通活動の変化率(東京23区、図5)を見ると、1月比で4月から5月には約40%の減少がみられました。

図5 2020年1月~6月のCO2排出量と交通活動の変化率(墨田区)

この期間の電車は利用者が減ってもダイヤ通りに運行していたことから、電車の電力利用によるCO2排出量は減っておらず、図5の交通部門におけるCO2排出量は、主に車によるCO2排出量が減少したことを表します。オフィスにおけるエネルギー利用は40%程度の減少が推計されました。

一方、在宅勤務により住宅におけるエネルギー利用が増加したと考えられます。推計ではCO2排出量は5%程度の増加ですが、携帯端末位置情報の秘匿化処理のため、自宅近辺のデータは消失することから、この推計は過少評価の可能性があります。実際、最近の実態調査から10%程度増加したというデータもあります。携帯端末の位置情報だけから推計することの限界であるといえます。

研究チームでは、こうしたリアルタイムに近いデータを活用した現状の分析だけでなく、新たな居住生活様式(テレワークやシェアオフィスの導入等)やモビリティシステム(自動運転やEVの導入)の相互作用を考慮した、アフターコロナ時代の都市システムのシナリオを構築しシミュレーションする研究にも着手しています。

デジタル技術を活用した新しいライフスタイルのもとで、PVやEV、蓄電システムを連携し、ネット炭素排出ゼロを2050年までにどのように達成できるのかというシナリオ作りとそのシミュレーションに今後取り組んでいきたいと考えています。計算機上でシミュレーションされた「絵に描いた餅」ではなく、ゼロカーボンシティ宣言を表明した自治体と協働しながらシナリオを構築し、今後のまちづくり、生活づくりの具体的な計画策定に役立つプロジェクトを進めていきます。

ビックデータを活用して建築や交通、さらに人間行動を統合的にシミュレーションする都市システムデザインは国際的にもまだ新しい取り組みです。ライフスタイルが変化する中でデジタル技術がどのように脱炭素化に貢献できるのか、多面的な持続可能性を包括して都市システムデザインを行うことが今後の重要な研究テーマであり、その具体化には自治体との連携が不可欠です。アフターコロナの時代の新しい都市システムデザイン研究を進めつつ、自治体との連携で2050年の具体的な脱炭素化に向けたまちづくりの取り組みを支援していきたいと考えています。