2016年11月号 [Vol.27 No.8] 通巻第311号 201611_311001

透明性の高いインベントリを作る パリ協定を受けて 「第14回アジアにおける温室効果ガスインベントリ整備に関するワークショップ」(WGIA14)の報告

  • 地球環境研究センター 温室効果ガスインベントリオフィス(GIO) 高度技能専門員 伊藤洋

1. はじめに

自国の温室効果ガス(GHG)排出吸収量及び気候変動対策に関する情報を適時に把握・報告することは、適切な削減策の策定などに重要であることから、2011年、ダーバンで開催された国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の第17回締約国会議(COP17)の下で途上国が隔年更新報告書(BUR)をCOPに提出することが義務づけられている。また、2015年末にCOP21において採択されたパリ協定において、GHG排出量の透明性の向上がすべての締約国に求められている。

環境省と国立環境研究所は、気候変動政策に関する日本の途上国支援活動の一つとして、2003年度から毎年度、アジア地域諸国のGHGインベントリの作成能力向上に資することを目的としたアジアにおける温室効果ガスインベントリ整備に関するワークショップ(WGIA)を開催している。参加国は、ブルネイ(今年度から正式参加)、カンボジア、中国、インド、インドネシア、韓国、ラオス、マレーシア、モンゴル、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナムおよび日本の15か国である。2008年度に開催されたWGIA6からは「測定・報告・検証(MRV)可能な温室効果ガス排出削減活動」に関する途上国の能力向上支援としても位置付けられている。温室効果ガスインベントリオフィス(GIO)は2003年度の初回会合から事務局として、COP決定等の国際的な課題、参加者のニーズを踏まえた議題、発表者の選定、参加者の招聘といったワークショップの企画および運営にあたっている。

第14回であるWGIA14は、2016年7月26日から28日の3日間にわたり、モンゴル・ウランバートルにおいて開催され、参加国の内、フィリピン、シンガポールを除く13か国からGHGインベントリに関連する政策決定者、編纂者および研究者が参加した。また、UNFCCC事務局、気候変動に関する政府間パネル・インベントリタスクフォース・技術支援ユニット(IPCC TFI-TSU)、国連食糧農業機関(FAO)等の国際および海外関係機関から参加があり、総勢93名による活発な議論が行われた。

2. WGIA14の概要と結果

(1) オープニングセッション

主催者(日本国環境省、モンゴル国自然環境グリーン開発観光省)による挨拶及びGIOからWGIAの概要、相互学習の成果の紹介が行われた。続いて、日本より、地球温暖化対策計画など、パリ協定を踏まえた気候変動政策の説明、モンゴルより、昨年提出された約束草案を含む気候変動政策の概要説明が行われた。

炭素税導入の重要性、気候変動対策計画の作成プロセスにおいて省庁間や他の国家計画との連携の大切さが確認された。

(2) GHGインベントリ相互学習

各国のインベントリ担当者同士が、互いのインベントリを詳細に学習し、意見交換を通じて改善を図るべく、今次会合では、エネルギー分野(ブルネイ-韓国)、工業プロセス分野(マレーシア-ミャンマー)、土地利用、土地利用変化および森林(LULUCF)分野(ラオス-インドネシア)、廃棄物分野(モンゴル-タイ)で相互学習を実施した。

相互学習は、GIOが中心となり各分野の組み合わせを行い、資料を交換し、お互いのインベントリや国内体制について、会合前に2か月余りの時間をかけて質疑応答を行ったうえで議論に臨む。その結果、相手国の具体的な課題をより深く学習することができる。今次会合では、統計システムなど相手国の詳細な背景情報を聞けたことが大変参考になり、今後も相互学習に積極的に参加したいとの意見が参加者からあった。

(3) 非附属書I国における国別報告書(NC)、BURの進捗状況

インド、マレーシア、インドネシア、タイから、それぞれが提出した第1回BURに基づき、国ごとの気象、人口といった基礎情報や温室効果ガス排出量、緩和策が報告された。

1996年改訂IPCCガイドラインから2006年IPCCガイドラインへの変更は、最新の知見がインベントリに反映される一方で、ガスや排出源の追加等を伴うため、さらなる能力構築支援の必要性が共有された。

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写真1熱心に議論する参加者たち

(4) インベントリとBURを作成するための国内体制

UNFCCC事務局からインベントリの透明性を向上させるための非附属書I国(いわゆる途上国)に対する支援、カンボジア、イランからインベントリを作成するための国内体制が紹介された。次いで、オーストラリアからリモートセンシングのインベントリへの利用と、同国の国内体制が紹介された。各主体の役割の明確化と連携の重要性が共有された。

(5) 国際協議・分析(ICA)プロセスにおけるグッドプラクティス

IPCC TFI/CGE(国連の専門家グループ)のメンバーからICAの仕組みについて、専門家の行う技術的分析(TA)、多国間で意見を交換する促進的な意見の共有(FSV)が含まれることの説明、中国の専門家から自身が参加したTA等の紹介が行われた。ベトナムと韓国からは、ICAを受けた経験の紹介が行われた。

TAにより、能力構築が必要な点が明確になるという認識が共有され、ICAを受けた経験を次回提出のBURや気候変動に対する世界全体による対応への自国が決定する貢献(NDC)に反映していきたいとの発言があった。

(6) インベントリや緩和に関わるコベネフィットや関連支援活動

国立環境研究所よりインベントリにおける人為起源の二酸化炭素排出量把握の精度向上が航空機等による二酸化炭素濃度の観測データの精度向上に貢献する研究、中国より大気汚染物質削減対策が温室効果ガスの増加にも減少にも寄与する一方で、省エネルギー技術導入などの温室効果ガス排出削減対策は大気汚染物質削減に寄与するという研究結果が紹介された。次いで、FAOより農業分野のMRVに関連する支援活動、モンゴルよりJCMプロジェクト、IPCC TFI-TSUよりIPCCガイドラインの改良に向けた動向、国連環境計画(UNEP)より、国連開発計画(UNDP)と行っているグローバル・サポート・プログラム(GSP)が紹介された。

発表された支援について適用の範囲などが確認された。また、FAOの推計した排出量は、各国が作成したインベントリの検証に有効である一方で、それぞれが異なることがあり、インベントリ作成者とデータ提供者及びFAOとのコミュニケーションの必要性が確認された。また、インベントリは他方面へのコベネフィットがあることを念頭に置いておくことが重要であることが確認された。

(7) ポスターセッション

今会合では、近年の会合において発表の機会が限られてしまっていた最新の研究内容をWGIA内で共有するため、ポスターセッションを実施した。参加者からは、「参考になった。今後も実施してほしい」、「分野を絞ると議論が深まる」といった意見をいただいた。

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写真2Coffee breakにポスターを確認する参加者

(8) まとめ —透明性の高いBURとコベネフィット—

GIOから今次会合のまとめを報告した。インベントリの分野別に相互学習等を行うとともに、BURについて、ICAの経験も踏まえた議論等を行い、参加国のMRVの能力向上支援と、ネットワークのさらなる強化を図った。議論を通し、より透明性の高いインベントリを作成する必要性と、インベントリを含むBURを定期的に作成するための国内体制の重要性等が認識された。また、観測等の関連研究とインベントリの精度の改善との間に、コベネフィットがあることが共有され、さらにインベントリは他方面へのコベネフィットがあることを念頭に置いておくことが重要であることが確認された。

3. 次回会合について

来年度の第15回会合(WGIA15)はミャンマーでの開催を検討中である。今後、WGIA参加国が提出するBUR及びその国内体制について引き続き相互学習等を進めることや、ICAを受けた経験を踏まえ、BURとそれに含まれるインベントリの改善のための議論を行うという方向性等が確認された。

4. おわりに

WGIAは、先進国の責務である気候変動対策分野における日本の途上国支援の一つと位置付けている活動である。会合の最後に、WGIAが気候変動対策の土台であるインベントリの作成・精緻化に大いに貢献していると参加者から謝辞が示された。加えて、相互学習はWGIAで行っているユニークな活動であり、十分な時間と手間をかけているからこそ、自国や他国の状況を理解する良いきっかけになり、インベントリの改善につながっているとの認識が共有され、引き続きの開催を求められた。途上国のニーズに応え、より透明で正確なインベントリを作成する能力構築を支援するため、今後もWGIAの開催に努めていきたい。

第1回からの報告は http://www-gio.nies.go.jp/wgia/wgiaindex-j.html に掲載している。WGIA14の詳細も、 http://www-gio.nies.go.jp/wgia/wgiaindex-j.html で公開される予定である。

【略語一覧】

  • 温室効果ガス(Greenhouse gas: GHG)
  • 国連気候変動枠組条約(United Nations Framework Convention on Climate Change: UNFCCC)
  • 第17回締約国会議(Conference of the Parties on its seventeenth session: COP17)
  • 隔年更新報告書(Biennial Update Report: BUR)
  • アジアにおける温室効果ガスインベントリ整備に関するワークショップ(Workshop on Greenhouse Gas Inventories in Asia: WGIA)
  • 測定・報告・検証(Measurement, Reporting and Verification: MRV)
  • 温室効果ガスインベントリオフィス(Greenhouse Gas Inventory Office of Japan: GIO)
  • 気候変動に関する政府間パネル・インベントリタスクフォース・技術支援ユニット(Technical Support Unit of the IPCC Task Force on National Greenhouse Gas Inventories: IPCC TFI-TSU)
  • 国連食糧農業機関(Food and Agriculture Organization: FAO)
  • 土地利用、土地利用変化及び林業(Land Use, Land-Use Change and Forestry: LULUCF)
  • 国別報告書(National Communication: NC)
  • 国際協議・分析(International Consultation and Analysis: ICA)
  • 専門家諮問グループ(Consultative Group of Experts on National Communications from Parties not included in Annex I to the Convention: CGE)
  • 技術的分析(Technical Analysis: TA)
  • 促進的な意見の共有(Facilitative Sharing of Views: FSV)
  • 気候変動に対する世界全体による対応への自国が決定する貢献(Nationally Determined Contribution: NDC)
  • 二国間クレジット制度(Joint Crediting Mechanism: JCM)
  • 国連環境計画(United Nations Environment Programme: UNEP)
  • 国連開発計画(United Nations Development Programme: UNDP)
  • グローバル・サポート・プログラム(Global Support Programme: GSP)
  • クリーン開発メカニズム(Clean Development Mechanism: CDM)
  • 欧州復興開発銀行(European Bank for Reconstruction and Development: EBRD)
  • 自主的に決定する約束草案(Intended Nationally Determined Contribution: INDC)

WGIA14スタディツアー報告 —モンゴルの風が紡ぐ新エネルギー—

地球環境研究センター 温室効果ガスインベントリオフィス(GIO) 高度技能専門員 吉村敦子

ワークショップ翌日の7月29日の朝、WGIA14参加者のうち73名が、サルヒット風力発電所に向かった。ウランバートルから郊外に出ると、ゲル(遊牧民の移動式住居)が点在する牧歌的な景色が車窓から広がり、バスに揺られること1時間半強で現地に到着した。草原の風を受ける31台の風車が並ぶサルヒット山の光景が壮観だった。

同発電所(設備容量50MW)はモンゴル初にして最大の風力発電所であり、国内最大のクリーン開発メカニズム(CDM)プロジェクトである。欧州復興開発銀行(EBRD)の融資とゼネラル・エレクトリック社の協力の下、ニューコム社が2013年から操業を開始した。そして現在、年間1億6960万kWhの電力を供給して、年間18万トンのCO2削減に寄与している。

モンゴルの再生可能エネルギーが電力供給全体に占める割合は、2014年の実績で7.6%であり、途上国平均(約22%)に比べると低い。しかしながら、日本の4倍の国土面積を有するモンゴルは、風力や太陽光など再生可能エネルギー分野のポテンシャルが高い。このため、モンゴルの約束草案(INDC)でも、再生可能エネルギーの比率を2020年までに20%、2030年までに30%に引き上げる目標が掲げられている。

パリ協定の合意後、世界で再生可能エネルギー関連の開発と投資が加速化している。モンゴルでも、温室効果ガス排出削減に向けて、ニューコム社がソフトバンク社などとの協力の下で30MW級の太陽光発電所事業を推進する動きがあり、再生可能エネルギーのさらなる導入拡大が期待される。

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サルヒット風力発電所(丘上の風車群を麓にある発電所事務所から臨む)

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