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排出権取引成功のカギと適切な国内対策
質問

排出権取引成功のカギと適切な国内対策

京都議定書では、「排出権取引」といって他国の排出削減量をお金で買うことができるそうですが、それでは自国の削減が進まないのではありませんか。
社会環境システム研究領域 環境経済・政策研究室長 日引 聡
本来の排出権取引制度のメリットは、取引を通じて削減費用負担の抑制効果を発揮することです。また、当初に割り当てられた排出枠(排出量の上限)を超えたために、排出する権利を買う国があっても、売り手国がその分を削減するため、制度参加国全体の排出量合計は排出枠合計を上回りません。このため、特定の国で削減が進まないことは必ずしも悪いことではありません。しかし、政府間の取引の場合、適切な国内対策がなければ、これらの機能・効果は弱められます。このため、適切な国内対策の実施が、この制度を成功させる重要なカギです。

排出権取引制度とは

現在、京都議定書(以下、議定書と呼ぶ)に批准した国は、2008~2012年の期間、議定書によって定められた国別の温室効果ガスの排出量の上限(以下、排出枠と呼ぶ)を越えて排出しない義務を負っています。議定書の下では、排出権取引制度(排出量取引制度とも呼ばれます)によって、排出量が排出枠を超える場合、その国は、超えた分について、排出量を排出枠以下に抑制する他の国から排出する権利(排出権)を購入して、排出量の上限を引き上げることが認められています。このとき、各国が制度を遵守する限り、特定の国で排出量が当初の排出枠を超過することは自体は悪いことではありません。排出枠を超える国があっても、排出権の売り手国がその分削減するため、制度参加国全体の排出量合計が排出枠合計を上回らないからです。

例えば日本の場合、基準年(1990年)の排出量の94%分の排出枠(基準年排出量から6%の削減義務)を持っています。例えばこれを100万トン超過して排出したい場合、それに相当する排出権を他国(B国)から買ってくることができれば、議定書の義務を果たしたことになります。このとき、B国は、売却した排出権100万トンの分だけ確実に排出量を減らす必要が生じます。

排出権取引制度には、元来、排出削減のための費用負担を最小限にとどめるというメリットと、価格の需給ギャップ解消機能による、制度参加主体全体での確実な排出削減目標の達成というメリットがあると考えられています。以下では、まず、このメリットについて説明しましょう。

排出権取引制度のメリット

費用負担の抑制効果

排出削減のためには、省エネ投資をしたり、よりクリーンなエネルギーを使ったりする必要がありますが、そのためには費用がかかるので、国全体の費用負担が生じ、GDPなどの経済的利益は減少します。このため、費用負担を極力小さくできる政策手段の選択が重要です。(温暖化の「対策費用」とは? を参照)

排出権取引制度では、取引の結果、温室効果ガス削減費用の高い国はあまり削減を進めませんが、その代わりに、削減費用の低い国が相対的に多くの量を削減します。これにより、排出権制度参加国全体の削減費用を最小にし、その結果、各国の負担を最小にするという効果が発揮されると期待されています。まず、この点について説明しましょう。

説明の簡単化のために、世界にA国、B国しかなく、A国が排出量を1トン削減するのにかかる費用は1万円、B国の1トン削減当たりの費用は2万円であり、両国で合計10万トン減らさなければならない場合を考えましょう。もしA国とB国がそれぞれ5万トンずつ削減すれば、削減費用合計は、(5万トン×1万円)+(5万トン×2万円)=15億円です。しかし、もしA国が8万トン削減し、B国が2万トンだけ削減したら、削減費用合計は、(8万トン×1万円)+(2万トン×2万円)=12億円となり、全体として3億円費用を節約できます。このように、削減費用の低い国がより多くの排出削減をすることで、費用節約効果が生まれ、経済的損失が小さくなるのです。

図1 排出権取引の需給ギャップ調整機能

いま、排出権取引制度の下で、1トン当たりの排出権価格が1.5万円だったとします。このとき、排出権価格より1トン当たりの削減費用の低いA国は排出権の売り手、高いB国は買い手になります。これは、A国の場合、1トン当たりの削減費用が排出権価格より低いので、積極的に排出削減した方が得になるからです。排出削減すれば1トン当たり費用は1万円かかります。しかし、それによって売れる排出権の量を増やすことができ、それを1トン当たり1.5万円で売れるので、1トン当たり5000円得するのです。逆に、B国の場合は、削減費用が排出権価格より高いので、排出削減に積極的になりません。排出削減量を減らすと排出量が増えるため、1トン当たり1.5万円の排出権を買わなければなりませんが、その代わりに1トン当たり2万円の削減費用をかけなくて済み、1トン当たり5000円負担を減らせるからです。このように、排出権取引制度では、削減費用の低い国がより多くの排出削減をして排出権を売り(注1)、費用の高い国が排出権を購入するので、費用節約効果が生じます。

需給ギャップ解消機能

また、排出権取引制度には、需給ギャップ(需要と供給の差)を解消する機能があります。例えば、排出権の買い手需要量合計(排出枠を越えて排出する国の、排出権不足分合計)が売り手供給量合計(排出量を排出枠以下に削減する国の、排出権余剰分合計)を上回り、排出権が不足した場合でも、以下のように、排出権価格が上昇し、最終的に需給が一致するような調整が生じることが期待されます[図1](注2)。

いま、排出権の買い手需要量合計が売り手供給量合計を上回った場合を考えましょう。このとき、より高い価格でも排出権を買いたいという国が存在するので、排出権価格は上昇します。価格が高くなれば、買い手国の排出権需要量は徐々に減ります。また、売り手国は、高い価格で売れるなら、排出権供給量を増やそうとします。このように、排出権価格の上昇は排出権需要を減らし、供給を増やすことで、需給ギャップを解消する効果を生み出し、最終的に需要量(購入量)と供給量(売却量)を一致させます。このため、当初、各国に配分された排出枠の合計量は、最終的な各国の取引後の排出量合計に一致します。このようにして、価格が需給のバランスを調整してくれ、結果として、参加国全体の排出削減目標は守られます。

政府間排出権取引制度の問題点とそれを補う国内対策の重要性

政府間の取引において、本来の排出権取引制度がもつこのようなメリットが発揮されるためには、実は、同時に適切な国内対策が実施されていることが重要です。それがないと、企業や家計に排出削減のインセンティブを与えられず、適切な国内対策があった場合と比べて、排出権買い手国は排出権を余分に購入しなければならなくなるためです。購入の財源は税金なので、余分な税金が国外に流出することになります。

国内で削減をしなければ、たしかにその分の削減費用はかかりません。しかし、ある程度の範囲では、削減費用の負担減よりも、排出権購入のために国外流出する税金の方が大きいため、国内対策を進めないことは、国の利益を低下させます。このため、各国が、国内の企業間排出権取引制度や炭素税(環境税)導入を実施することが、議定書下での政府間排出権取引制度の有効性を高めるカギになると考えられます。

(注1)売り手になるか買い手になるかを決める重要な要因に、最初にどれだけの枠が与えられているかという点もあります。より多くの枠を最初に与えられていると、削減費用が高くても、売り手になる可能性はあります。ただ、ここでの費用節約効果の説明は、その場合でも成立します。

(注2)株式市場に似ています。ある銘柄の人気が高くなると、その株の需要が増え、売り(供給)と買い(需要)が一致し、取引が成立するまで株価が上がります。

さらにくわしく知りたい人のために
○ 西條辰義編著(2006)地球温暖化対策~排出権取引の制度設計. 日本経済新聞社.
○ 日引聡, 有村俊秀(2002)入門 環境経済学―環境問題解決へのアプローチ. 中公新書.

地球環境研究センターニュース2008年3月号(2008年4月3日発行)に掲載]