ココが知りたい温暖化

Q11990年比マイナス6%の削減目標

!本稿に記載の内容は2010年3月時点での情報です

温室効果ガス排出を1990年比で6%減らすのが京都議定書の日本の削減目標ですが、これはいつごろの排出量にあたりますか。

野尻幸宏

野尻幸宏 地球環境研究センター 副センター長 (現 地球環境研究センター 上級主席研究員)

一般に、産業の活動量増加、国民の生活水準の向上とともに、二酸化炭素排出量は増える傾向にあります。二酸化炭素だけに注目すると、1990年比マイナス6%の排出量は1989年の排出量である、という答えになります。というのは、日本では1990年直前の時期に二酸化炭素排出量の伸びが著しく、3年間で約17%も増大したのです。温暖化防止のために、何年前かの社会や生活に戻すべしということではなく、技術革新を図るとともに、個人ができる温暖化対策も進めて、社会全体の大幅な排出削減を進める必要があります。

温室効果ガス排出量の推移

京都議定書で日本は基準年比6%の温室効果ガス排出削減を約束しました。温室効果ガスは二酸化炭素(CO2)以外のガスを含み、ハイドロフルオロカーボン(HFC)、パーフルオロカーボン(PFC)、六フッ化硫黄(SF6[注1]については1995年を基準年に選ぶことができます。日本の基準年排出量は、1990年のCO2、メタン(CH4)、一酸化二窒素(N2O)排出量と1995年の上記3種ガス排出量の和12億6130万トン(二酸化炭素換算)です。日本の温室効果ガス排出量の95%(2005年)をCO2が占めるので、「1990年比6%減」という問いに対し、CO2だけを考えることにします。実は他の温室効果ガス排出量統計は、気候変動枠組条約の求めで初めて作られたので、1990年以前にさかのぼれません。現在は、国立環境研究所の温室効果ガスインベントリオフィスが、日本の温室効果ガス排出量統計を担当しています。

ただし、CO2排出量だけはエネルギー統計から求めることができ、明治元年(1868年)までさかのぼることが可能です。図1は国際エネルギー機関(International Energy Agency: IEA)による1960年以来の日本のCO2排出量の推移です。この図から1973年のオイルショックまで排出量が急増し、その後長く停滞期が続き、1987年以降再び増加に転じたことがわかります。

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図1日本の二酸化炭素排出量の推移

World Energy Outlook 2008, International Energy Agencyのデータを元に作成

国民総生産とCO2排出量の関係

産業活動や生活水準と関係が深い国民総生産とCO2排出量の関係から、興味深いことがわかりました。図2は「国民総生産あたりの二酸化炭素排出量」と「国民一人あたりの二酸化炭素排出量」の関係が見えるように、日本の1960年以降のデータをプロットしたものです。「国民総生産あたりの二酸化炭素排出量」は国全体のエネルギー利用効率と関係する指標です。旧ソ連のように経済と関係なくエネルギーをどんどん使っていた社会では、数値が大きくなります。また、エネルギー効率を高め、生産や生活の現場のエネルギー消費を減らしながらも作り出す付加価値を減らさない努力をする社会では、数値は小さくなります。一方「国民一人あたりの二酸化炭素排出量」は一定のエネルギー効率のもとで考える限り、ある種の物質的な豊かさ、贅沢さの指標になるでしょう[注2]。工場で物がたくさん生産されること、車の台数や走行距離が増えること、家庭で電化製品が増えて消費電力が増えること、街がにぎやかになり照明やネオンサインが増えることなど、生産と消費の活動が大きくなれば増えるものです。ただし、あくまで一定のエネルギー効率で考えた場合であることに注意して下さい。

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図2「国民総生産あたり二酸化炭素排出量」と「国民一人あたり二酸化炭素排出量」の関係からたどる日本のCO2排出の歴史

World Energy Outlook 2008, International Energy Agencyのデータを元に作成

産業および暮らしとCO2排出

グラフには、2回の大きな転換点があります。1973年の転換点はオイルショックです。日本は1960年代に高度成長の最盛期を迎え、工業生産が増え、生活もどんどん豊かになっていきました。鉄鋼・化学・機械など重厚長大・エネルギー多消費型産業が飛躍的成長を遂げました。家庭生活でも「三種の神器」といわれたテレビ・洗濯機・冷蔵庫の普及が1950年代から1960年代前半に進みました。その後「3C」といわれたカラーテレビ・クーラー・自家用車(カー)が広く普及したのが1960年代後半から1970年代です。この時期は、「国民総生産あたりの二酸化炭素排出量」はあまり変化せず「国民一人あたりの二酸化炭素排出量」だけが前年比10%(1961年から1973年の12年平均)ペースで増加し、12年間で3倍以上に高度成長しました。

オイルショック以降、日本の産業は大きな転換を強いられました。輸入エネルギー依存度の高い日本の産業界は、技術開発とエネルギー利用の徹底的な見直しで、「乾いた雑巾を絞る」とたとえられる省エネを達成しました。原子力発電や天然ガス利用など低炭素エネルギー源導入も進みました。ところが、1987年に次の転換点がきました。いわゆるバブル経済期です。その頃の生活を振り返ると物質的な豊かさが膨らんでいった時期だったといえそうです。その後、バブル経済が崩壊し「国民一人あたりの二酸化炭素排出量」の伸びは鈍りましたが、決して大きくは下がらず、停滞と微増を繰り返しながら1990年比13%増(2005年)の現在に至りました。その間「国民総生産あたりの二酸化炭素排出量」はほぼ一定でした。バブル崩壊以降も、日本人は膨らんだ物質的な豊かさに慣れてしまったかのように思えます。

生活の豊かさとCO2排出量

一般の方々に今回と同じ質問をしてみたところ、「昭和30年代や昭和40年代?」と答えた方がたくさんいらっしゃいました。しかし少なくともCO2排出量だけでみれば1990年比マイナス6%はその1年前の1989年(平成元年/昭和64年)です。1990年前後に日本のCO2排出量は急増したのです。このころ、社会や暮らしに何が起こったのでしょうか?

普通乗用車(排気量2000ccを超える乗用車)の比率が1989年前後に急増しました。普通乗用車の税額が大幅に引き下げられたことが原因の一つです。1987年に放送の24時間化で深夜のテレビ視聴ができるようになり、1989年に衛星放送サービスも始まりました。この時期にテレビの大型化と個人化が進み、あわせてゲーム機普及がテレビの個人化に寄与したようです。エアコン台数の伸びが著しく、一家に一台から複数台へと変化していきました。また、コンビニの店舗数と売り上げも1988年頃から著しく伸び始めました。

それぞれを日本のCO2排出量を増やした「悪者」に仕立てるのは正しくありません。この時期、日本社会全体が物質的な豊かさを追求する状況にあったことが、1980年頃までに生まれた人には思い出せるでしょう。「国民一人あたりの二酸化炭素排出量」の転換点(図2)である1987年のCO2排出量は1990年比マイナス17%です。1987年頃には、日本人の生活は既に物質的に豊かなものになっていた感覚があるので、多くの人が1987年頃の生活に戻してCO2排出量を減らすことは簡単と考えるかもしれません。

しかし問題があります。その頃には存在しなかった消費生活スタイルや電化製品が今では数多くあるのです。当時、パソコンはオフィスにようやく普及が進む段階で一般家庭にはまだ普及していませんでした。インターネットは存在すらないので、それを支えるサーバーや通信機器は運転されていませんでした。温水洗浄便座や保温式電気ポットも普及前でした。海外旅行が圧倒的に増えたのはこのころでしたが、今ではその倍以上の海外渡航数になりました。つまり、家庭の中を1987年頃の家電製品ラインナップに戻すことや1987年頃の消費生活スタイルに戻せばいいかというと、ことはそう簡単ではなく、それ以降に登場したパソコンなどの便利な道具を全部捨て去ることなど、到底できそうにありません。

とはいえ、暮らしを見直し、贅沢や無駄をなくすことは個人ができる温暖化対策の出発点です。電気の使い方や車の使い方など身近なことから始めるのは大事なことです。CO2排出を減らす対策のうち、発電所や工場の対策には特に設備改善に時間がかかります。エネルギー利用効率を高めるためにも機器の改良や交換に時間が必要です。マイナス6%は2008年から2012年までの年限付き目標ですから、約束期間の排出削減が待ったなしである状況を考えると、時間のかからない個人ができる温暖化対策は有効なのです。

もっとCO2を削減するには

温暖化を防ぐ本質的な対策には、世界全体の温室効果ガス排出を2050年までに半減させる、あるいは、今世紀中に80%削減するといったうんと思い切ったことが必要です。先進国の日本はマイナス6%にとどまらず、次には30%や50%削減というような目標達成が求められます。それにはどうしたらいいのでしょうか?

1973年以降の省エネの歴史で、日本は世界を何年も先取りした技術開発を進めました。これから再びエネルギー効率を格段に改善する技術革新が絶対に必要です。それだけでなく、物質的な豊かさの見直しも必要でしょう。物質的な豊かさの削減には、豊かさが進みすぎた部分を戻すだけでは足らず、あれば便利だがなくてもなんとかなるものを選別することが必要です。物質的な豊かさとは別の豊かさを目指す考え方も大事です。その上で、家庭での、生産現場での、あらゆる効率化技術を飛躍的に進めること、再生可能エネルギー利用などで炭素集約度[注3]改善を進めることにより、社会全体の排出量を削減するのが、日本に課せられた課題です。

この原稿は、国立環境研究所温室効果ガスインベントリオフィス相沢智之(現:国連気候変動枠組条約事務局)、酒井広平、早渕百合子各氏から資料を頂いて作成しました。

注1
ハイドロフルオロカーボン(HFC)、パーフルオロカーボン(PFC)、六フッ化硫黄(SF6)については、ココが知りたい地球温暖化「二酸化炭素以外の温室効果ガス削減の効果」参照。
注2
厳密には炭素集約度(注3参照)もかかわるが、炭素集約度があまり変化しない場合について述べた。
注3
炭素集約度とは単位エネルギー当たりの二酸化炭素排出量のこと。

さらにくわしく知りたい人のために

  • (財)日本エネルギー経済研究所 計量分析ユニット編 (2004) 図解 エネルギー・経済データの読み方入門. (財)省エネルギーセンター.
  • 国立環境研究所地球環境研究センター 温室効果ガスインベントリオフィス「日本の温室効果ガス排出量データ(1990〜2007年度)」 http://www-gio.nies.go.jp/aboutghg/nir/nir-j.html

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