2013年12月号 [Vol.24 No.9] 通巻第277号 201312_277001
明らかになった北太平洋表層の二酸化炭素の分布 —海洋モニタリング事業の成果—
1. 背景
海洋は地球上で最大のCO2吸収源であり、人為起源CO2の約3割に相当する毎年2.3 GtC(ギガトンカーボン = 10億トン炭素換算CO2)程度が海洋に吸収されていると見積もられています。海洋と大気との間でCO2濃度バランスが崩れた時、それが平衡に戻るまでには長い時間がかかります。このため、人間活動によって急に高まった大気CO2濃度に対して海水中のCO2濃度の上昇は追いついていません。すなわち、海洋表層CO2分圧[1]の平均は、大気CO2分圧の平均より低くなっています。ただし、海洋による吸収は一様に起こっているわけではなく、海域や季節によって、大きく変化します。CO2を吸収する状況やその仕組みを明らかにするために、海洋全域を観測して、海洋表層CO2分圧の空間分布とその時間的変動を知る必要があります。しかし、海洋は広いため、研究用の観測船による従来型の観測では、海洋表層CO2分圧の空間分布とその時間的変動の把握は難しく、十分に理解されてきませんでした。
国立環境研究所(以下、「国環研」という)は、協力貨物船で海洋表層CO2分圧を長期間継続的に観測し、そのデータと分布を広域に推定する手法を組み合わせて、北太平洋海域(北緯10度から60度、東経120度から西経90度)のCO2分圧の分布を得ました。さらに、CO2分圧の分布推定の結果から、海洋中に溶け込んだCO2の総和である全炭酸濃度[2]の分布推定を行い、その時空間変動を明らかにしました。今回論文で発表した解析期間は、2002年1月から2008年12月の7年間です。
2. 海洋二酸化炭素分圧の観測
国環研では、1995年以来、太平洋域を運航している貨物船で、洋上大気と海洋表層のCO2観測を実施しています。論文の解析期間においては、北米航路貨物船Pyxisと、オセアニア航路貨物船Trans Future 5の2隻(ともにトヨフジ海運(株)所属)で海洋表層のCO2観測を行ってきました。
計測項目は、大気と海洋(表層海水と平衡にした空気)のCO2濃度、塩分、海面水温、および正確な観測値とする補正のために必要な温度・圧力などで、連続に計測できるため、空間・時間的に密なデータが得られます。北太平洋域では、これまでに約35万点のデータが得られています。また、観測データは、精度確認の後に表層海洋CO2分圧の国際共同データベース(Surface Ocean CO2 Atlas: SOCAT)に収録されています。
3. 海洋二酸化炭素分圧・全炭酸濃度の分布推定
(1) CO2分圧時空間分布推定
協力貨物船による頻繁な観測で、CO2分圧観測データが研究観測船と比べて飛躍的に多く得られるようになったうえに、同じ海域の繰り返し観測が可能になりました。しかしながら、短期間(たとえば1ヶ月間)で、北太平洋全域をカバーしているわけではありません。そこで、衛星観測やデータ解析から全域がカバーされる海洋表層パラメータ(海面水温、海面塩分、クロロフィルa濃度[3]、混合層深度[4])とCO2分圧の関係性を用いて、CO2分圧の分布を推定しました。各パラメータとCO2分圧の関係は単純な関数で示すことが難しいので、ニューラルネットワークの一種である自己組織化マップを用いた手法を採用しました。この手法は、北大西洋のCO2分圧推定に有用であることが知られており、本研究で初めて北太平洋に適用されました。今回の手法では、緯度経度1/4度の解像度でCO2分圧の分布を表すマップができました。
本研究で再現されたCO2分圧値を7年間平均して得たマップとTakahashi et al. (2009) によって示された月毎のCO2分圧平年値を比較しました(図1)。Takahashi et al. によるマップは、海洋のCO2吸収の研究をするとき、標準的な海洋CO2分圧値を与えるマップとして頻繁に用いられる有名なものです。両者の分布は似ていますが、本研究のCO2分圧推定は解像度が高く、海洋循環の特徴をより正確にとらえています。たとえば、2月の北太平洋高緯度域において本研究の推定は、ベーリング海から北日本沿岸にかけて、東カムチャツカ海流に沿うように、連続した高いCO2分圧が見られています。また、アリューシャン列島からカルフォルニア沖にかけての沿岸域で、生物活動が盛んになる春から秋にかけての低いCO2分圧が再現されています。
太平洋赤道域東部で数年おきに起こるエルニーニョ・ラニーニャ現象は、北太平洋の気候に大きな影響を与えます。赤道域のCO2分圧がエルニーニョ・ラニーニャ現象に伴って大きく変化することは知られていましたが、北太平洋全域のCO2分圧に影響を及ぼすかどうかは知られていませんでした。そこで、典型的なエルニーニョの年である2003年とラニーニャの年である2008年冬季(1月から3月)のCO2分圧の平年値からのズレ(偏差)を調べてみたところ、2003(2008)年は平年に比べて、亜熱帯域西部で分圧が低く(高く)、亜熱帯東部では分圧が高い(低い)ことがわかりました(図2)。そして、前者は海面水温の変化に対する応答、後者は混合層深度の変化に対する応答と解釈できました。
(2) 全炭酸濃度の分布推定
次に、CO2分圧の推定結果を用いて、海洋中の全炭酸濃度の分布推定を行いました。CO2分圧は、水温に依存して大きく変化するのに対し、全炭酸濃度は、海洋CO2の挙動をより直接的に表現するパラメータで、主に海洋表層の生物生産や鉛直混合で変化します。全炭酸濃度は連続計測が難しく、CO2分圧に比べて観測データ数が非常に少ないため、その広域マッピングは、これまで不可能でした。
図3に、7年間で平均した2月と8月の全炭酸濃度の推定値を示します。全炭酸濃度は、湧昇流のある亜寒帯域(北海道北東沖など)で年間を通して高く、亜熱帯域で低い特徴があります。また、冬季に深い鉛直混合により、ほぼ全海域で極大値をとり、春の生物生産により、夏に多くの海域で極小値をとります。
さらに、冬から夏にかけての全炭酸濃度の低下に対して、塩分変化や海面でのCO2交換を考慮することで、生物生産(正味群集生産)を見積もりました。その結果、中緯度域や沿岸域において生物生産が活発であることがわかりました(図4)。この分布は、衛星海色データに基づく生物生産(正味基礎生産)と非常によく似た分布でした。なお、全炭酸濃度にみられている年々変動については、今後、解析する予定です。
4. 今後の展望
CO2分圧の推定は、海域のCO2の放出・吸収の空間的分布やその時間的変化を見積もるのに有用です。また、全炭酸濃度の時空間変化をより詳しく解析すれば、海洋中のCO2循環メカニズムの解明に貢献できると考えています。さらに、本研究で使用した手法を、全球のCO2分圧分布推定に拡張できれば、温暖化予測に用いられる地球規模炭素循環モデルのよい指針にもなると期待されます。海洋のCO2吸収やCO2循環が、増加する大気CO2濃度や変化する気候のもとでどう推移するかを明らかにすることは、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)をはじめ、今後の地球温暖化を考えるために必要な科学的知見です。
5. 謝辞
国環研の貨物船による観測は、船社並びに港湾関係諸機関の協力で継続されています。ここで感謝の意を表します。
脚注
- 海水中に溶存ガスとして存在するCO2の量を、圧力を単位として示す指標。
- 海水中にガス・分子・イオンとして存在しているCO2の総量。
- クロロフィルaは植物プランクトンの主要な光合成色素であり、人工衛星から海色を観測してクロロフィルa濃度を算出し、植物プランクトンの量として示される。
- 海洋表面から深さ方向に密度が変化しない(水温・塩分が一定)層の深さを混合層深度といい、その深さまで海水は良く混合しているとされる。
この内容は、平成25年9月発行の「Biogeosciences」および「Journal of Geophysical Research-Oceans」に学術論文として掲載されるとともに、国立環境研究所から平成25年10月10日付で記者発表されました。
- 発表論文
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- Nakaoka S., Telszewski M., Nojiri Y., Yasunaka S., Miyazaki C., Mukai H., Usui N. (2013) Estimating temporal and spatial variation of ocean surface pCO2 in the North Pacific using a self-organizing map neural network technique. Biogeosciences, 10, 6093-6106, doi:10.5194/bg-10-6093-2013.
- Yasunaka S., Nojiri Y., Nakaoka S., Ono T., Mukai H., Usui N. (2013) Monthly maps of sea surface dissolved inorganic carbon in the North Pacific: Basin-wide distribution and seasonal variation. Journal of Geophysical Research-Oceans, 118, 3843–3850, doi:10.1002/jgrc.20279.
- 記者発表
- http://www.nies.go.jp/whatsnew/2013/20131010-2/20131010-2.html