2013年12月号 [Vol.24 No.9] 通巻第277号 201312_277002

アジア低炭素社会の実現に向けて —環境研究総合推進費S-6シンポジウム報告—

社会環境システム研究センター 統合評価モデリング研究室長 増井利彦

1. はじめに

2013年10月17日に、国連大学ウ・タント国際会議場にて、環境省環境研究総合推進費S-6(アジア低炭素社会に向けた中長期的政策オプションの立案・予測・評価手法の開発とその普及に関する総合的研究)の一般公開シンポジウム「アジア低炭素社会へのチャレンジ—アジアはリープフロッグで世界を変えられるか?—」が開催されました。この研究プロジェクトは、2009年に開始され、今年度が最終年度の課題です。研究プロジェクトでは、世界の平均気温の上昇を産業革命前と比較して2°C以下に安定化することを目標として掲げ、今後、経済発展とともに温室効果ガス排出量の伸びが著しいと見なされているアジアを対象に、低炭素社会の実現に向けた様々な対策を検討するものです。研究プロジェクトの構成は、当初は5つのテーマで開始されましたが、前期3年が終了した時点で再編が行われ、後期2年については4つのテーマで分析を行っています。4つのテーマは、図1に示すように、2°C目標に向けたアジアの将来シナリオを取りまとめるとともに現状の政策を評価する「シナリオチーム」、アジアにおける低炭素社会構築のための制度設計や資金メカニズムを分析する「ガバナンスチーム」、物質の観点から低炭素社会の構築を目指す「資源チーム」、交通や都市に着目した「交通チーム」で構成されています。さらには、各チームからの代表者からなる「シナリオタスクフォース」を組織し、表のようにアジア低炭素社会を実現するための様々な施策を昨年度までに「10の方策」として取りまとめてきました。今年度は、これまでの定性的な検討を基礎に、「10の方策」の定量的な結果の評価を行いました。本稿では、シンポジウムの進行に沿って、本プロジェクトの成果を示していきます。

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図1アジア低炭素研究(推進費S-6)の全体構成

本プロジェクトで取りまとめたアジア低炭素社会の実現に向けた「10の方策」

方策1 階層的に連結されたコンパクトシティ【都市内交通】
方策2 地域間鉄道・水運の主流化【地域間交通】
方策3 資源の価値を最大限に引き出すモノ使い【資源利用】
方策4 光と風を活かす省エネ涼空間【建築物】
方策5 バイオマス資源の地産地消【バイオマス】
方策6 地域資源を余さず使う低炭素エネルギーシステム【エネルギーシステム】
方策7 低排出な農業技術の普及【農業・畜産】
方策8 持続可能な森林・土地利用管理【森林・土地利用】
方策9 低炭素社会を実現する技術と資金【技術・資金】
方策10 透明で公正な低炭素アジアを支えるガバナンス【ガバナンス】

2. シンポジウムの内容

シンポジウムは、関荘一郎環境省地球環境局長、住明正国立環境研究所理事長の挨拶からはじまり、プロジェクトリーダーである甲斐沼美紀子国立環境研究所フェローによる全体説明が行われました。2013年9月に公表された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第一作業部会の第5次評価報告書の内容も踏まえて、このプロジェクトの目標である世界の温室効果ガス排出量を半減させることの意味が説明されるとともに、各チームでの検討内容が報告されました。また、こうした研究成果を実際の社会に活かすことを目的として設立されているLoCARNet等の国際的な活動についてもあわせて紹介されました。

次に、オーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)のHeinz Schandl博士から、「アジアにおけるグリーン成長・低炭素成長に向けた進捗」と題する招待講演が行われました。Schandl博士は、持続可能な資源利用と低炭素発展は、社会にとって大きな挑戦であり、その実現のためには、ライフサイクル全体で資源利用を評価し、低炭素発展に向けた適切な政策が必要であることを強調されました。

セッション1「資源・交通からみた低炭素アジア」では、テーマ2「ガバナンスチーム」のリーダーである蟹江憲史東京工業大学准教授のコーディネートのもと、テーマ4「資源チーム」のリーダーである森口祐一東京大学教授が「資源生産性からみた低炭素社会への道」を、テーマ5「交通チーム」のリーダーである林良嗣名古屋大学教授が「アジアにおける低炭素交通システム実現のための戦略と手段」を、それぞれ報告しました。森口教授からは、国際資源パネルが2011年に報告した、経済成長と資源消費や環境負荷の増大を切り離すことが可能であること(いわゆるデカップリング)が紹介されるとともに、この考え方に基づいた資源生産性の観点からの低炭素研究の成果が報告されました。特に、ストックからみた鉄やセメントの管理や質的な改善が重要であると指摘されました。一方、林教授は、バンコクにおける公共交通整備の歴史を振り返りつつ、2050年のアジア低炭素社会を実現する交通システムと都市像のビジョンについて示すとともに、その実現に向けた3つの戦略(不要な交通需要を回避するAVOID戦略、低炭素交通手段に転換するSHIFT戦略、輸送エネルギー消費効率を改善するIMPROVE戦略)を中心に、研究成果を報告しました。

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セッション1「資源・交通からみた低炭素アジア」の2件の研究成果報告の終了後に、基調講演を行ったSchandl博士らも交えて行われた討論の様子

休憩をはさんで、2件目の招待講演「2°C目標に向けた中国のエネルギー展開」が、中国発展改革委員会能源研究所のKejun Jiang博士から行われました。Jiang博士が計算する中国の低炭素化に向けた排出経路のうち、2°C目標に向けたシナリオでは、中国でも2020年以降には二酸化炭素排出量の伸び率をマイナスにする必要があることが示されました。また、次期5カ年計画に向けて、深刻化する大気汚染問題の解決に向けた取り組みも紹介されました。

セッション2「アジア低炭素社会シナリオ」では、甲斐沼フェローのコーディネートのもとで、テーマ1「シナリオチーム」を代表して、世界モデルを用いた結果を筆者が、各国の研究者や政策決定者が作成した個別のシナリオの成果を松岡譲京都大学教授が、それぞれ紹介しました。世界モデルの結果では、筆者が表1に示した「10の方策」として取り上げられた各方策を定量化する過程を説明するとともに、それぞれの方策によるエネルギー消費量の変化や土地利用への影響等を示しました。また、図2に示すような温室効果ガス排出量の推移を示し、アジア全域では、方策6(エネルギーシステム)による効果が最も大きく、次いで方策3(資源利用)の順となっており、2050年には「なりゆき」社会の排出量と比較して69%の削減、2005年の排出量と比較しても38%の削減となることを紹介しました。あわせて、これまでの各国の低炭素社会の実現に向けた動きから、それぞれの対策をいかに実践するかが問われており、既に各国において自発的に実践されつつある様々な取り組みを大切にしつつ、リープフロッグ型の発展経路が実現できるように支援していくことが重要と報告しました。なお、定量化の詳細につきましては、当日配布しました冊子「アジア低炭素社会の実現に向けて—10の方策によりアジアはどう変化するか—(http://2050.nies.go.jp/file/ten_actions_2013_j.pdf)」を参照して下さい。松岡教授からは、国や都市など個々の取り組みが、どのようなツールを用いて、どのような手順で行われたかが説明されました。これまでの実際の取り組みから、低炭素社会政策を立案、実行する国や地域のリーダー及び地域住民の強力な支持はもちろんのこと、低炭素社会研究・調査活動について現地の関係者と理解を共有することが重要であり、低炭素社会の実現には、とりまとめを担う人材の養成が必要となるとなることが示されました。

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図2表に示した方策に対応する温室効果ガスの削減量と低炭素社会での排出量

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セッション2「アジア低炭素社会シナリオ」で2件の研究成果報告の終了後に、基調講演を行ったJiang博士らも交えて行われた討論の様子

3. 2°C目標は達成できるか?

各報告に対しては、コメンテーターのほか会場の参加者から、アジアで実際に取り組まれている事業を踏まえた質問が出されるなど、本プロジェクトが実践のための研究であることが強く印象づけられたシンポジウムとなりました。世界の平均気温を産業革命前と比較して2°C以下に安定化するという目標は、達成可能であり、そのための具体的な取り組みとその効果についても明らかにすることができたと考えています。一方で、目標の実現は容易ではなく、そのためには非常に多くの取り組みが必要であり、一刻も早く取り組むことが鍵になるといえます。残念ながら、日本では、東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故以降、温室効果ガス排出削減に向けた取り組みは後退したかのように見えますが、長期的な目標に向けて我々は今何ができるかを考えるとともに、アジアの国々がリープフロッグ型の発展を実現するために何ができるかを検討し、実践していく必要があるといえます。推進費S-6は今年度で終了しますが、国立環境研究所においては今後も低炭素社会の実現に向けた研究をさらに深めるとともに、実践的な活動もあわせて実施したいと考えています。

なお、本シンポジウムの詳細や本プロジェクトの成果は、http://2050.nies.go.jp/に掲載されていますので、あわせてご覧下さい。

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