2013年12月号 [Vol.24 No.9] 通巻第277号 201312_277005

伝統と先進の街で考えたこと:英国オックスフォード大学・環境変動研究所における派遣研修の報告

地球環境研究センター 気候変動リスク評価研究室 主任研究員 塩竈秀夫

1. はじめに

国立環境研究所(国環研)の派遣研修制度により2012年11月より2013年10月まで英国オックスフォード大学の環境変動研究所(Environmental Change Institute: ECI)に客員研究員として滞在し、現地の研究者と共同研究を行う機会をいただきました。現地での生活や研究の様子などについて報告させていただきます。

2. オックスフォード大学とオックスフォードでの生活について

オックスフォード大学は、言わずと知れた名門大学で、世界の大学ランキングでトップ10に入ります。英語圏では最も古い大学で、少なくとも11世紀(日本なら平安時代)には講義が行われていたそうです。40以上のカレッジからなる総合大学で、そのなかの1つベリオール・カレッジでは、滞在中に創立750周年の祝賀イベントが行われていました。また伝統あるクライスト・チャーチ・カレッジ内の大聖堂で行われた礼拝には、エリザベス女王夫妻も出席していました。

このように伝統があり、有名な大学ですが、そのステータスをさらに高めていこうという努力も怠っていません。たとえば、私の滞在中には、論文のオンライン・オープン(論文のPDFファイルを、インターネット上で無料で入手できる制度。そのかわりに執筆者が出版社に一定額を支払う)が義務化されました。研究者は、オンライン・オープンの費用を確保しなければならないので大変ですが、論文の読者数と引用数を引き上げる上で効果的な方法であることは間違いないでしょう。

このような有名大学で勉強・研究をしたいと、世界中から優秀な学生・ポスドクが集まってきます。私は、研究センターに所属していたので、学部の学生と接する機会はなかったのですが、大学院生やポスドクは半数以上がイギリス国外から集まっているという印象を受けました。

大学のあるオックスフォード市は、ロンドンから西に車や電車で1時間ほどの場所にあります。「大学の中に街がある」といわれるほど、どこにいっても大学の建物と、その関連施設であふれています(写真1)。またオックスフォード市は、田園風景で名高いコッツウォルズ地方の東端でもありますので、車で少し走れば、雄大な景色が広がっています。首都から1時間ほどで、教育研究機関が集中し、周りには田園風景という状況は、つくば市と似ていました(歴史の長さは全く違いますが)。

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写真1オックスフォード大学のキャンパス(オール・ソウルズ・カレッジ)の様子。このような歴史的な建造物があふれている

オックスフォード市とその近郊は、教育水準が高くて、治安も良く、日本人コミュニティーもあって、小さな子供連れの我が家にはよい場所だったのですが、大きな問題がありました。それは、不動産の見つけにくさと、家賃の高さです。オックスフォード市の隣のキドリントンという静かな村(ECIまでバスで30分ほど)に住んだのですが、そこでも月々の家賃が日本円で20万円弱しました。ポスドクの方々は給料がよいわけではないので、生活は楽ではないようです。それでもオックスフォード大学に人が集まるのは、そこでの経歴が、その後のよりよいポジション(よい給料)につながるからだそうです。国環研で仕事をすることが、その後のよりよいキャリアに結びつくという状況を作れれば、人材は集まってくるのでしょうが、簡単なことではないと感じました。

3. ECIでの研究

私が在籍したECIは、1987年に設立された環境変動に関する学際的な研究所で、気候、生態系、水資源、食料、エネルギー、インフラストラクチャーなど、幅広い分野の研究を行っています。イメージとしては、英国の国環研といったところです。英国における気候変動に対する適応策研究をサポートするUnited Kingdom Climate Impacts Programmeのホストも行っています。

私は、この研究所の中のMyles Allen教授の気候変動研究グループに加わりました(写真2)。Allen教授は、英国気象局の研究者達とともに、「過去の気候変動の検出と要因推定に関する研究(Detection and Attribution of climate change; D+A)」の標準的な解析手法を作り上げた人物です。またグリッドコンピューティング技術を用いて、一般の方々のパソコンのCPU空時間を利用して気候モデルを走らせ、膨大な数の気候変動数値実験を行うプロジェクトclimateprediction.net(CPDN: www.climateprediction.net)を立ち上げ、過去の気候変動の理解と将来予測の不確実性に関して、数々の画期的な論文を発表してきました。実は、私が2004年に国環研に入所して最初に行った気候変動研究は、D+Aに関するものでした。その際にAllen教授が国環研までポスドクを派遣してくれて、解析手法を教わって以来の関係です。その後、専門家会合などで毎年のように顔を合わせてきましたが、そのたびに長期滞在研究を勧められてきており、10年弱の年月を経て実現したことは感慨深いことでした。Allen教授は多忙を極める人物なのですが、CPDNの毎週の打ち合わせには可能な限り出席してプロジェクトの重要な部分を把握していること、また研究をデザインする段階で既にNatureなどに投稿できるようなアイデアを盛り込んでいることなど、彼がどのように研究グループをマネージしているかを間近で見られたことは、今後の研究スタイルを考える上で大変参考になりました。またCPDNや英国気象局の研究者と、気温変化、水循環変化、異常気象の要因推定、気候変動緩和策など様々な研究テーマに関して議論を行えたことは、大きな刺激になりましたし、いくつかの研究テーマに関しては共同研究を立ち上げました。Allen教授とは、気候変動予測の不確実性低減に関する研究を行い、現在論文投稿の準備をしています。

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写真2CPDNの打ち合わせの様子。一番左が塩竈、左から3番目がAllen教授。気候科学の専門家とコンピュータ科学の専門家が合同でプロジェクトを進めている

4. おわりに

7月から改修工事のために居室を追い出されて数ヶ月間図書館で仕事をする羽目になるなど(写真3)、いろいろ大変なこともありましたが、そういったことを含めてよい経験になりました。このような機会を与えてくださった国環研、できるだけ仕事を振らないでくださった皆様、同時期にECIで研修をしていて公私ともお世話になった肱岡靖明さん(社会環境システム研究センター)、支えてくれた家族に感謝しています。この研修の経験を、今後の研究生活の糧にしていきたいと考えています。

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写真3左は、工事中のECIの様子。右は、その間こもっていた図書館

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