2014年8月号 [Vol.25 No.5] 通巻第285号 201408_285001

熱帯泥炭生態系の炭素動態に関するフィールド研究

  • 北海道大学大学院農学研究院 教授 平野高司

1. 研究の背景

泥炭とは、地下水位が高く嫌気的(還元的)な場所(湿地、土壌中の酸素が欠乏した場所)で、分解が抑えられた植物遺体が数千年にわたって堆積・形成された有機質土壌である。泥炭地は世界全体で陸地面積の3%(400万km2)に分布し、全土壌炭素の約1/3が蓄積されている。泥炭地の多くは気候が冷涼な中・高緯度地域に分布するが、熱帯にも44万km2存在する。東南アジアには沿岸部の低平地を中心に25万km2の熱帯泥炭地が広がり、68.5PgC(1Pg = 1015g)の土壌炭素を保持していると推定されている(Page et al., 2011)。熱帯泥炭(木質系泥炭)は泥炭湿地林と共存して発達してきたが、1970年代以降の急速な森林伐採やプランテーション開発(主にパルプ材(アカシア)とオイルパーム)のため、湿地林面積の減少と乾燥化(地下水位の低下)が進んできた。乾燥化により、泥炭の好気的(酸化)分解が促進されるとともに泥炭火災のリスクが高まり、泥炭から大量の二酸化炭素(CO2)が排出されるようになった。地下水位の低下により、インドネシアとマレーシアのプランテーションで毎年63〜85Tg(1Tg = 1012g)の泥炭炭素が分解しているという試算もある(Miettinen et al., 2012)。また、エルニーニョ現象にともなう干ばつ(乾季の長期化)により、インドネシアでは大規模な泥炭火災が発生することが多く(写真1、2)、1997年には0.81〜2.57PgCの泥炭炭素が焼失したと報告されている(Page et al., 2002)。さらに、大規模な火災はヘイズ(煙霧)を引き起こし(写真3)、風下側のマレーシアやシンガポールを含む広い地域で呼吸器障害や視程低下による経済損失を発生させるため、大きな社会問題となっている。

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写真1泥炭火災の様子(パランカラヤ近郊 2009年9月撮影)

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写真2火災によって泥炭が焼失してできた窪地(観測サイトの近く(図1のDF)2009年12月撮影)

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写真3煙霧に霞む太陽(パランカラヤ市街 2009年9月撮影)

国際エネルギー機関(IEA)の2011年の統計によると、インドネシアの化石燃料消費にともなう年間CO2排出量は116TgC(炭素換算)であり、世界第13位である。しかし、インドネシアは森林伐採などの土地利用変化や泥炭の分解・焼失により439TgC(2005年)のCO2を排出していると見積もられており(泥炭由来が48%)、この量を加えると中国、米国に次ぐ世界第3位のCO2排出国になるといわれている。また、気候モデルの将来予測によると、インドネシアの降水量が減少し、泥炭地の乾燥化が進むことが示唆されている(Li et al., 2007)。このような状況から、全球炭素循環に関する国際研究プロジェクト(Global Carbon Project)は、熱帯泥炭地を21世紀におけるCO2排出源(ソース)のホットスポットと位置づけ、地球温暖化抑制の観点から熱帯泥炭の保全および持続的利用の重要性を強く訴えている。熱帯泥炭の炭素保全のためには、科学的根拠に基づく土地利用管理が必要であるが、泥炭生態系の炭素動態・炭素収支に関連した情報、特にフィールドデータに基づく知見は非常に限られている。そのため、われわれはインドネシアの熱帯泥炭地において、2001年から大気と生態系の間のCO2交換量(CO2フラックス)の長期連続観測(モニタリング)を行っている。ここでは、研究の概要を述べるとともに、研究から得られたいくつかの成果を紹介したい。

2. 研究の概要

本研究は、パランカラヤ大学の熱帯泥炭持続的管理国際協力センター(CIMTROP)との共同研究であり、日本学術振興会(JSPS)の拠点大学交流事業(東南アジア湿地生態系における環境保全と地域利用)および科学研究費補助金(13375011、15255001、18403001、21255001、25257401)、民間の助成金(昭和シェル財団、平和中島財団)、科学技術振興機構(JST)と国際協力機構(JICA)の地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(インドネシアの泥炭・森林における火災と炭素管理)の助成を受けて継続してきた。

研究対象地域は、中部カリマンタン州の州都パランカラヤ市近郊のセバンガウ川を挟んだ熱帯泥炭地である(図1)。セバンガウ川の西岸地域には泥炭湿地林が広がり、2006年に国立公園に指定された。しかし、木材搬出用の小規模な水路が残っており、多少は排水の影響を受けているかもしれない。一方、セバンガウ川の東岸地域では、大規模な農地開発プロジェクト(Mega Rice Project)にともない1990年代に森林伐採が行われたが、一部に湿地林が残った。しかし、1996〜1997年に掘削された大規模な水路(写真4)の影響で、地下水位が大きく低下している。なお、経済状況の悪化などのため1999年に開発プロジェクトは頓挫し、この地域は開発の途中で放置されたままになっている。そのため泥炭の荒廃が進み、また火災が頻発している。われわれは、本地域内の3サイトに観測用タワーを建設し(写真5)、微気象や地下水位などの環境要因とともに、渦相関法[1]を用いて大気-生態系間のCO2フラックスのモニタリングを行っている。また、同時に自動開閉型のチャンバーシステム[2]による土壌からのCO2放出速度(土壌呼吸速度)の連続観測も行った。なお、3サイトとは、a) ほぼ未排水の泥炭湿地林(UF、2004年〜)、b) 水路により地下水位が低下した泥炭湿地林(DF、2001年〜)、c) 泥炭湿地林の火災跡地(DB、2004年〜)であり、これらは互いに15km以内の距離にある(図1)。DBサイトは1997年、2002年および2009年に植生と泥炭表層が焼失したが、現在は急速に植生が回復してきている。このように3つのサイト(生態系)は撹乱の程度が異なるため、データをサイト間で比較することで、地下水位の低下や火災といった撹乱が熱帯泥炭生態系の炭素動態・炭素収支に与える影響を明らかできると期待している。また、長期のモニタリングを行うことで、エルニーニョ・ラニーニャ現象による気候変動の影響についても明らかにしたいと考えている。

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図1研究対象地域の地図と観測サイトの位置

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写真4観測サイトの近くに掘削された大規模な水路(図1のDFとDBの間、幅25m、深さ3.5〜4.5m 2001年3月撮影)

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写真5DFサイトの観測タワー(高さ50m 2007年10月撮影)写真提供:朝日新聞・小林氏

3. 現在までに得られたいくつかの研究成果

(1) 降水量と地下水位の季節変化

降水量には明らかな季節変化があり、平均すると7〜9月が乾季(月降水量が100mm以下)となったが、エルニーニョ年には乾季が長引き、ラニーニャ年にははっきりとした乾季が出現しないこともあった(図2)。降水量の季節変化に対応して地下水位(地盤高を基準とした地下水面の高さ)も季節変化し、乾季の間は低下を続け、雨季の始まりとともに上昇した(図3)。ほぼ未排水の湿地林(UF)では、雨季に地面が冠水したが、排水された湿地林(DF)では観測期間を通じて地面が冠水することはなかった。一方、火災跡地(DB)では排水路の影響を受けていたが、火災によって泥炭が焼失して地盤高が低下したため、地下水位はUFサイトとほぼ等しかった。DFサイトでは、エルニーニョ年の乾季に地下水位が−1.8mまで低下することもあった。地下水位が低下する乾季の後半には、泥炭火災が発生することが多かったが、特にエルニーニョ年には火災の規模が拡大し、発生した煙霧により日射量が大きく低下した。

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図2月降水量と熱帯太平洋の海水面温度(SST)偏差(Oceanic Nino Index: ONI)の変化(2001〜2014年)。ONIが0.5Kを超えるとエルニーニョ現象、−0.5Kを下回るとラニーニャ現象の発生を表す。ONIのメモリは反転させてある。数ヶ月程度ずれる場合もあるが、降水量とONIの変動が対応しているように見える

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図3地下水位の月平均値の変化(2001〜2014年)

(2) 生態系のCO2フラックス(Hirano et al., 2007; 2009; 2012; Mezbahuddin et al., 2014)

熱帯泥炭生態系のCO2収支(渦相関法で測定したCO2フラックス)は地下水位に依存し、地下水位が低下すると大気へのCO2放出量が増加した。4年間(2004年7月〜2008年7月)のCO2フラックス(NEE)の年積算値は、ラニーニャ現象が発生した2007〜2008年のUFサイトを除いて常にプラスであった。このことは、ほぼ未排水の湿地林であっても大気に対してCO2排出源(ソース)であったことを示しており、泥炭地林において泥炭炭素のさらなる蓄積が期待できないことを示唆している。この理由としては、小水路による排水、煙霧(遮光)による光合成の低下、長期的な降水量の減少による地下水位の低下、などが考えられる。なお予想していたように、正味のCO2排出量は、人為撹乱が激しいほど大きかった(DB > DF > UF)。泥炭湿地林のサイト(UFとDF)のCO2フラックス(NEE)の年積算値と月平均地下水位の年間の最低値との間に負の有意な線形関係(r2 = 82)が認められ(図4)、大規模水路の有無にかかわらず、年最低地下水位が10cm低下すると炭素換算で1年当たり48.5gCm−2のCO2が追加で排出されることが示された。また、2011〜2012年に地下水を定期的に採取し、溶存有機炭素(DOC)の濃度を測定した。この結果と水文モデルによって推定した地下水流出量から、河川や運河に流出する炭素量を求めたところ、DOC濃度の季節変化が小さいため、炭素流出量が地下水流出量に依存し、年間値は排水された泥炭湿地林(DF)で最大となることがわかった。

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図4地下水位(月平均値)の年間最低値と年積算CO2フラックス(NEE)の関係(Hirano et al., 2014c)。2つの泥炭湿地林のサイト(UFとDF)は地下水位が大きく異なるにもかかわらず、関係を1つの直線で有意に近似することができた。

(3) 土壌からのCO2放出(Hirano et al., 2009; 2014a; Sundari et al., 2012)

2004〜2006年にチャンバー法で測定した泥炭土壌からのCO2放出速度も地下水位に依存し、地下水位の低下はCO2放出速度を増加させた。これは、主に泥炭の好気的分解が促進されたためである。一方で、ほぼ未排水の泥炭林(UF)では、地面が冠水すると土壌が嫌気条件となり、CO2放出速度が大きく減少した。このことは、冠水条件が泥炭炭素の保全に重要であることを示している。

(4) 蒸発散(Hirano et al., 2014b)

熱帯泥炭地は基本的に雨水涵養であり、降水、表面流出、地下流出および蒸発散(地表面や水面からの蒸発と植物からの蒸発(蒸散)を足したもの)から計算される水収支の結果として地下水位が定まる。4年間(2004年7月〜2008年7月)の蒸発散量の年間値は、UF、DF、DBサイトでそれぞれ1636、1553、1374mmとなり、降水量の56〜67%を占めた。また、植物の少ない火災跡地(DB)で値が小さいとともに、排水による地下水位の低下が蒸発散量を減少させることも示唆された。さらに、泥炭湿地林の蒸発散量が他の東南アジアやアマゾンの熱帯雨林に比べて大きいことがわかった。

4. 今後の課題など

泥炭の好気的分解量とそれにともなうCO2排出量の評価には、地盤沈下量と泥炭特性(密度、炭素含有量)から推定する方法が用いられることが多い。地盤沈下量は、泥炭層の下の基盤にまで貫入して固定した金属管を基準にして比較的簡便に測定することができる。しかし、1) 泥炭地では、地盤高は地下水位の変化に対応して変化する、2) 熱帯泥炭地では地中に埋没した枯死木などの影響で地盤沈下の空間変動が大きい、3) 地盤沈下量を物理過程(圧密、収縮)と微生物過程(分解)に分離する基準が不明確、といった問題があり、地盤沈下量から推定したCO2排出量には大きな不確実性が残されている。この問題を解決するために、地盤高の変化を短い時間間隔で精密に測定し、地下水位変動との関係を明らかにするとともに、泥炭分解によって発生するCO2をチャンバー法で直接測定し、地盤沈下量と比較する予定である。また、植生の純一次生産量を推定するために、研究サイトにプロットを設営し、生態学的手法による調査を始めた。

今後は、東南アジアの熱帯泥炭地の観測サイトとのネットワーク化をさらに進め、生態系の炭素動態に関する統合的な解析を行いたい。特に、マレーシア・サラワク州で3サイトを運営している熱帯泥炭研究所(TPRL)との連携を強化する予定である。また、国立環境研究所地球環境研究センターと共同で熱帯泥炭生態系の炭素循環を再現できるモデルの構築を行い、広域での炭素収支の評価と環境撹乱の影響の定量評価ができればと願っている。そのためには、泥炭地の分布に関する地図情報と地下水位を推定するためのモデルが必要となるが、これらについては別途検討を行っている。

脚注

  1. 渦相関法は、大気と陸域生態系の間のエネルギーやガス状物資(水蒸気やCO2などの微量気体)の交換速度(乱流フラックス)を測定するための微気象学的方法のひとつである。超音波風速温度計と赤外線CO2分析計を用いて鉛直方向の風速とCO2密度の変動をそれぞれ高速で連続測定し、それらの共分散からCO2交換速度(CO2フラックス)を求める。観測機器やデータ収録装置、解析装置(PC)などの進歩にともない1990年代より急速に普及し、現在では標準的な手法となっている。詳細は、高橋善幸「長期観測を支える主人公—測器と観測法の紹介— [1] 渦相関法」地球環境研究センターニュース2012年4月号を参照。
  2. チャンバー法は、土壌からのCO2放出速度(CO2フラックス)を測定するのに一般的に使われている方法で、一定面積の土壌表面に密閉容器を被せ、容器内のCO2濃度の上昇を測定し、CO2濃度の上昇速度、密閉容器の容積、土壌表面の面積からCO2フラックスが計算できる。詳細は、寺本宗正「長期観測を支える主人公—測器と観測法の紹介— [6] 地球温暖化と土と二酸化炭素—土壌からのCO2フラックス観測を支える箱—」地球環境研究センターニュース2013年7月号を参照。

参考文献

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  • Hirano T., Jauhiainen J., Inoue T., Takahashi H. (2009) Controls on the carbon balance of tropical peatlands. Ecosystems, 12, 873-887.
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  • Hirano T., Kusin K., Limin S., Osaki M. (2014a) Carbon dioxide emissions through oxidative peat decomposition on a burnt tropical peatland. Global Change Biology, 20, 555-565.
  • Hirano T., Kusin K., Limin S., Osaki M. (2014b) Evapotranspiration of tropical peat swamp forests. Global Change Biology, doi: 10.1111/gcb.12653.
  • Hirano T., Sundari S., Yamada H. (2014c) CO2 balance of tropical peat ecosystems. In ‘Carbon management and ecosystem functions of tropical peatland’, Springer, 印刷中
  • Li W., Dickinson R.E., Fu R., Niu G.Y., Yang Z.L., Canadell J.G. (2007) Future precipitation changes and their implications for tropical peatlands. Geophysical Research Letters, 34, L01403. Doi: 10.1029/2006GL028364.
  • Mezbahuddin M., Grant R.F., Hirano T. (2014) Modelling effects of seasonal variation in water table depth on net ecosystem CO2 exchange of a tropical peatland. Biogeosciences, 11, 577-599.
  • Miettinen J., Hooijer A., Shi C., Tollenaar D., Vernimmen R., Liew S.C., Malins C., Page S. (2012) Extent of industrial plantations on Southeast Asian peatlands in 2010 with analysis of historical expansion and future projections. GCB Bioenergy, 4, 908-918.
  • Page S., Siegert F., Rieley J., Boehm H., Jaya A., Limin S. (2002) The amount of carbon released from peat and forest fires in Indonesia during 1997. Nature, 420, 61-65.
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  • Sundari S., Hirano T., Yamada H., Kusin K., Limin S. (2012) Effect of groundwater level on soil respiration in tropical peat swamp forests. Journal of Agricultural Meteorology, 68, 121-134.
  • Global Carbon Project: http://www.globalcarbonproject.org/activities/theme2.htm
  • 大崎満・岩熊敏夫編 (2008) ボルネオ—燃える大地から水の森へ—, 岩波書店.

目次:2014年8月号 [Vol.25 No.5] 通巻第285号

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