2018年5月号 [Vol.29 No.2] 通巻第329号 201805_329002
風は西から —全国環境研協議会酸性雨広域大気汚染調査研究部会に参加して—
1. はじめに
2018年は、スウェーデンの土壌学者であるオーデンが国連人間環境会議(ストックホルム会議)において酸性雨問題に関する国際的な議論を呼び起こすきっかけとなる報告書をスウェーデン政府へ提出してから50年、という区切りの年です。
日本においては1973〜1975年に関東地方で酸性度の強い雨が降り、たくさんの人が健康被害を訴えたことをきっかけに、多くの自治体で酸性雨の観測が始まりました。私が福岡県に入庁した1987年当時、福岡県衛生公害センター(現福岡県保健環境研究所)においても、林内・林外雨調査、樹幹流調査、雲水・霧水調査等、酸性雨に関する様々な調査を行っていました。環境庁(現環境省)も1983年度から第一次酸性雨対策調査として全国的な酸性雨対策調査を開始し、現在も越境大気汚染・酸性雨長期モニタリングとして湿性沈着(降水成分)、乾性沈着(大気中ガス・粒子状成分)、土壌・植生、陸水の各モニタリングを継続して行っています。
かつて、酸性雨問題は欧米における深刻な森林被害や湖沼の酸性化を伝える写真とともに地球環境問題の一つとして注目されていましたが、今日、日本国内において酸性雨による直接的な被害は顕在化していないとされています。しかし、酸性雨(湿性沈着・乾性沈着)は大気化学の重要なピースであり、酸性雨調査でこれまで蓄積されたデータは、多くの分野で役立っています。
2. 全国環境研酸性雨広域大気汚染調査研究部会の紹介
去る1月29〜30日につくば市にある国立環境研究所において、平成29(2017)年度第2回全国環境研(以下全環研)協議会酸性雨広域大気汚染調査研究部会が開催されました。部会では、部会長、理事委員、各支部委員、解析委員、有識者及び部会事務局の総勢26名が平成28(2016)年度酸性雨全国調査報告書のとりまとめを中心に議論しました。2016年度はフィルターパック法(詳細は、多田敬子「第6次酸性雨全国調査に向けて」地球環境研究センターニュース2016年5月号参照)において微小粒子と粗大粒子を分別採取するインパクタの装着等を推奨した第六次調査の初年度であり、第六次調査として初めての報告書になります。
全環研による酸性雨調査は1991年度の第一次酸性雨全国調査から始まり、その時々で目標を設定して調査を実施し、今日に至っています。全環研調査の特徴として、環境省の調査地点は遠隔地が多いのに対して、全環研は都市部の調査地点が多いことが挙げられます。
全環研の酸性雨全国調査は、四半世紀以上の長きにわたって、貴重なデータを蓄積してきました。しかし、調査主体である地方環境研究所の人員削減や予算削減のあおりを受けて、調査地点数は減少し続けています。大気汚染の状況やその原因を解析するためには、全国を面的にカバーすることが重要であり、調査地点数の減少は大きな問題です。
なお、これまでの全環研酸性雨全国調査結果は、国立環境研究所地球環境研究センターの地球環境データベースで公開されています(http://db.cger.nies.go.jp/dataset/acidrain/ja/index.html)。
3. 「太宰府」の紹介
福岡県保健環境研究所は、太宰府天満宮で有名な太宰府市内にあります。太宰府市は観光都市であるとともに、福岡都市圏のベッドタウンであり、研究所の周囲には住宅地と田んぼが広がっています。
「太宰府」(調査地点名)は研究所の敷地内にあり、1991年度の第一次調査から継続して調査を行っている地点の一つです。湿性沈着は研究所の屋上で、乾性沈着(フィルターパック法)は敷地内にある太宰府一般環境大気測定所でそれぞれサンプリングしています。「太宰府」は乾性沈着(フィルターパック法)の調査地点として、現在、中国に最も近い地点であり、粒子状の硫酸イオンの年平均濃度が全国最高値になることがあります。
研究所の建物は1973年に建てられたもので、すでに45年が経過していますが、数年前に耐震補強工事を行ったため、しばらく建て替えや移転の計画もないそうです。したがって、まだまだ継続調査地点として残りそうです…。
4. おわりに
PM2.5問題で一息ついた感はあるものの、地方環境研究所の冬の時代は続いています。地方環境研究所が国・大学や民間の研究所よりも優位なところは、業務が住民の生活と直結しているところだと思います。また、そこが仕事のやりがいにつながるところでもあります。冬来たりなば春遠からじ。この詩句の原典はイギリスの詩人シェリーの長詩「西風に寄せる歌」だそうです。風は西から。太宰府の春は越境大気汚染の季節でもあります。
*全環研・酸性雨広域大気汚染調査研究部会の過去の記事は以下からご覧いただけます。
- 山神真紀子「全環研・酸性雨広域大気汚染調査研究部会 平成21年度第2回会議報告」2010年4月号
- 村野健太郎「酸性雨問題の現状と全国環境研協議会酸性雨広域大気汚染調査研究部会の活動」2011年4月号
- 野口泉「全国環境研協議会・酸性雨広域大気汚染調査研究部会」2012年6月号
- 岩崎綾「南の島、絶景ポイントで酸性雨調査〜全国環境研協議会酸性雨広域大気汚染調査研究部会に参加して〜」2013年4月号
- 遠藤朋美「雪にも負けず、酸性雨調査—全国環境研協議会酸性雨広域大気汚染調査研究部会に参加して—」2014年5月号
- 松倉祐介「これからの酸性雨調査の話をしよう—全国環境研協議会酸性雨広域大気汚染調査研究部会事務局を務めて—」2015年4月号
- 多田敬子「第6次酸性雨全国調査に向けて」2016年5月号
- 濱野晃「全国環境研協議会酸性雨広域大気汚染調査研究部会事務局の任を終えて」2017年6月号