2020年2月号 [Vol.30 No.11] 通巻第350号 202002_350002

アジアにおける陸域生態系の温室効果ガス収支研究の過去・現在・未来 AsiaFlux2019—20th Anniversary Workshop—の報告

  • 地球環境研究センター 陸域モニタリング推進室 主任研究員 平田竜一

1. はじめに

2019年9月29日から10月5日まで岐阜県高山市の飛騨・世界生活文化センターで開催されたAsiaFlux2019—20thAnniversary Workshop—の報告を行う。AsiaFluxとは、陸域生態系と大気の間のCO2や水蒸気・エネルギーなどの物質の輸送量(Flux[フラックス])に関する研究を行っているアジアの研究コミュニティである。対象とする生態系に数〜数十mのタワーを建設し、その上に測定器を設置してフラックスを測定する手法(渦相関法と呼ばれる)を中心に用いているのが特徴である。現在このようなタワープラットフォームはアジアで110基(2020年1月現在)存在し、ネットワークを形成しているのがAsiaFluxである。ただし、後述するように他にも様々な手法を併用している。AsiaFluxは1999年8月に設立され、2019年は設立20周年に当たることから、このワークショップは20th Anniversaryとして開催された。また、高山はアジアで初めてフラックスの連続観測が開始された地で、地球環境研究センターの三枝信子センター長はその中心人物であった。国立環境研究所(以下、国環研)はAsiaFlux設立当初から事務局機能を有してきた。今回は国環研が共催に名を連ね、現地実行員として企画や運営に携わったり、若手研究者2名の旅費をサポートした。また、ロゴや看板のデザインなどは地球環境研究センター交流推進係が行った。本大会の参加者は178名で、日本、中国、韓国などアジアから8カ国、アメリカやヨーロッパからも4カ国が参加した。地球環境研究センターからは江守正多副センター長、伊藤昭彦室長、筆者、清野友規特別研究員、寺本宗正高度技能専門員が口頭発表を、齊籐誠主任研究員、野田響主任研究員、白石知弘高度技能専門員がポスター発表を行った。また、三枝が閉会の挨拶を行った。

「AsiaFluxの過去・現在・未来」と題された20周年記念セッションが開催され、これまでのアジアにおけるフラックス研究とタワー観測、土壌呼吸、モデリング、リモートセンシング、微量気体、生理生態に分け、それぞれの研究のレビューを代表者が行うことで、AsiaFluxの「過去」の研究を振り返った。通常セッションも同様の研究カテゴリーでセッションが行われ、最新の「現在」の研究発表が行われた。また、コミュニティ連携・社会連携のセッションが行われ、他の研究コミュニティや社会との関連性を考えることにより、アジアにおけるフラックス研究をどう発展させていくかの「未来」を考えるセッションが行われた。最後には各セッションのまとめと総合討論が実施された。初日は20周年記念式典として功労者に対する表彰式があった。以下に各イベントや研究分野別のまとめを記す。

写真1 ワークショップ参加者の集合写真

2. フラックス観測・統合研究

本研究分野のレビューは筆者が行った。まず、1950年代から、主に日本で行われた理論、観測、測器の開発の歴史について紹介した。アジアで初めてフラックスの連続タワー観測が開始されたのは1994年で、本ワークショップが行われている高山において、当時資源環境技術総合研究所(現・産業技術総合研究所)に所属していた山本晋博士と三枝を中心に研究が進められた。以後、現在まで26年間観測が継続されており、世界的に見ても観測期間が長期間にわたるサイトとなっている。2008年には三枝らは、アジアで初めて10サイト以上の複数サイトのデータに共通のデータ処理を施し、アジアの各種森林の炭素吸収量の季節変化・年次変動の比較、年間の炭素吸収放出量の空間変動に関する研究成果を発表した。そこで使用されたデータはAsiaFluxデータベースに登録される最初のデータとなり、その後のモデルやリモートセンシングによる研究の検証データとして用いられるようになった。これによりアジアにおける陸域生態系の炭素収支の時空間変動、特異的な気象現象や撹乱に対する炭素収支の変化、近年発展の著しい生態系規模でのメタンフラックスなどの研究が発展してきたことを紹介した。

図1 アジアにおけるフラックス研究の歴史

3. 土壌呼吸

本セッションは寺本がオーガナイザーを務めた。Sha Zhang博士(Chinese Academy of Sciences、中国)がアジアの土壌呼吸のレビューを行った。土壌呼吸測定方法の変遷を紹介し、近年では自動開閉チャンバー法が主として用いられていることを紹介した。自動開閉チャンバー法は当研究所の梁乃申室長がアジアでは初めて開発した。また、土壌を熱ヒーターで加温し、温暖化した場合の土壌環境を擬似的に再現し、その応答を測定する温暖化実験が日本や中国で行われていることが紹介された。これも梁と寺本によりアジアで広く展開されている。さらに、基調講演を行ったBenjamin Bond-Lamberty博士(Joint Global Change Research Institute、アメリカ)が開発した全世界の土壌呼吸データベースのうち32%がアジアからのデータであること、モデルを利用した土壌呼吸の広域の評価などが紹介された。

4. モデリング

陸域生態系のモデリング分野のレビューは国環研の伊藤によって行われた。モデルを群落モデル、生物物理モデル、プロセスモデル、ダイナミックモデル、データ主導型モデル、非CO2モデルに分類し、それぞれのモデルの種類と特徴を説明した。また、データ同化手法、土地利用変化・撹乱の研究、モデル間比較、トップダウンモデルとの比較研究、地球システムモデルとの結合などの紹介を行った。また、伊藤は総合討論において以下のように述べた。「自分がモデル研究を開始した20年前には検証データはなく、生物圏国際共同研究計画(IGBP)などで取得されたバイオマスデータを使用するしかなかった。しかし、フラックスデータが利用可能になってからは、季節変化や年次変動などより高度なモデル検証が可能となり、研究が大幅に進むようになった」。

5. リモートセンシング

小林秀樹博士(海洋研究開発機構)が本研究分野のレビューを行った。リモートセンシングの研究は、衛星による地球観測、航空機観測、地上観測(タワー観測)、モデリングから成り立つ。東南アジアやシベリアで多発する火災による撹乱に関する研究、太陽光励起クロロフィル蛍光(SIF)を用いた生態系の光合成量推定に関する研究(清野特別研究員がSIFについて口頭発表)が最近盛んになっていることを紹介した。また、光学センサー以外にもLiDARやSARセンサーが有用であること、アメリカでは航空機観測が盛んであるがアジアでは一般的ではないこと、地上検証データをオープンにすることで研究がより発展していくことを強調された。

6. 微量気体

谷晃教授(静岡県立大学)と米村正一郎博士(農研機構農業情報研究センター)が森林における生物起源揮発性有機化合物(BVOC)フラックスおよび無機ガスのフラックスに関するレビューを行った。セッションでは3つの新型の測定器の開発と適用例が示され、注目された。一つはクローズドパス型量子カスケードレーザー(QCL)分光ガス分析計を用いた渦相関法による亜酸化窒素(N2O)、一酸化窒素(NO)フラックス観測、二つ目はQCLを用いたオープンパス型アンモニア(NH3)分析計を用いた渦相関法によるNH3フラックス観測、三つ目はO2、CO2、CH4、N2Oの同時測定を可能とする携帯型マルチターン飛行時間型質量分析計(MULTUM)を用いた自動開閉チャンバーによるフラックス測定である。

7. 生理生態

本セッションは日本長期生態学研究ネットワーク(JaLTER)との共同セッションとして行われた。Shih-Chieh Chang博士(National Dong Hwa University、台湾)は個葉から生態系規模までスケールの異なる光合成量の評価について発表を行った。この他、窒素循環、森林生態系機能と樹木の多様性、森林での加温実験、フェノロジー、ネットワークに関する研究発表が行われた。

8. コミュニティ連携・社会連携

本セッションはAsiaFluxと他の研究コミュニティや社会との連携に関係する発表者を迎え、将来のアジアのフラックス研究やAsiaFluxの在り方について考えるセッションで、筆者がセッションチェアを務めた。Dario Papale教授(Tuscia University、イタリア)は世界のフラックス研究コミュニティであるFLUXNETの最新の事情、立入郁博士(海洋研究開発機構)は将来予測など地球温暖化研究の立場から陸域生態系のフラックス研究に期待すること、江守は研究者と社会との関わり方について発表した。

Papale氏はFLUXNETにおけるデータ解析の標準化とデータシェアリングについて発表を行った。データシェアリングによってアジアのフラックス研究が大きく進んだが、欧米に比べると各サイトから提供されるデータの量や速さにまだかなり遅れている印象がある。今後、国環研の仕事として、様々な方々と協力しながらデータシェアリングを推進していく必要があると感じた。

国環研の江守は研究者と社会や政策への関わり方について分類・整理し、現在の危機的な気候変動に対処するために、研究者も社会に対して意見を発信していくことの重要性を説いた。本発表の議論は大変な盛り上がりを見せた。カリフォルニアの研究者から「我々が長年環境問題を訴えても受け入れられないが16才の少女や有名人が訴えるとすぐに受け入れられるのに徒労感を覚える。結果、そのようなことに時間を割くのは無駄に感じるようになった」という意見が出された。カリフォルニアという環境問題に前向きな州で環境研究に携わってきた研究者が、環境問題に後ろ向きなアメリカ社会や連邦政府と長年闘ってきたが故の意見であろう。「時間は有限で、一人の研究者が最新の研究と社会提言の両方のことを行うことは難しい。役割分担が必要であろう」という意見もあった。様々なバックグラウンドを持つ研究者が集う国際ワークショップでこのような問題に一つの答えを出すのは難しいと感じた。若手研究者からは科学と社会の関係などこれまで考えたこともなかった、との意見が多くあった。これをよい契機として問題意識を持って欲しいと願う。

9. まとめ

今大会ではメタンに関する研究が非常に目立った。また、発表件数は多くはなかったが、各研究分野を通して火災研究の重要さを訴える発表が目についた。

最後に10年前の2009年に札幌で開催されたAsiaFluxワークショップ(大久保ら, 2009)と比較し、最近10年間の本研究分野の変化について見ていきたい。この大会では日本の陸域生態系研究のコミュニティ間連携(通称「J連携」:JapanFlux・JaLTER・JAMSTEC・JAXA)について華々しい紹介があったが、残念ながら現在その活動は止まっている。こうしたボランタリーベースのコミュニティ連携の難しさを感じる。また、当時はウェブカメラによるフェノロジー定点連続観測に関する発表が多かったが、今大会では大幅に減少している。ウェブカメラはインフラとして定着したが、研究の流行は落ち着いたのかもしれない。そのほか、非常に解決困難な観測や解析技術に関するセッションや研究発表があったが今大会では関連発表はなかった。これらの課題は現在も解決していないものがほとんどで、継続的な研究が必要であろう。そして、10年前のちょうどこの頃、オープンパス型メタン分析計が発売され、本大会では非常に多くのメタンに関する研究発表がなされた。当時も社会連携に関するセッションがあり、当時の委員長であったJoon Kim教授(延世大学、韓国)や浜中裕徳教授(慶応大学・当時)が低炭素社会に向け、持続可能な社会や生態系へ貢献する研究の重要性を発表されていた。AsiaFluxは基本的に純粋科学のコミュニティであるが、定期的にこのようなセッションを開催し、社会的貢献に関して意識していくことは重要であろう。

columnコラム:20周年記念式典

功労者として過去のAsiaFluxの委員長5名とその他2名の功労者、2つの企業および事務局を担ってきた国環研が表彰を受けた。功労者には井上元(いのうえげん)博士(元国立環境研究所地球環境研究センター総括研究管理官、名古屋大学教授を歴任)も選ばれている。井上氏は挨拶において「京都議定書において森林の管理・施業による吸収源の増大が削減目標に組み込まれたが、森林生態系の炭素収支における役割は解明されていないことが多かった。そこで環境省の意向もあり、福嶌義宏博士(名古屋大学、総合地球環境学研究所、鳥取環境大学教授を歴任)、山本晋博士(産業技術総合研究所、岡山大学教授を歴任)、原薗芳信博士(元農業技術環境研究所室長、アラスカ大学等を歴任)、大谷義一博士(元森林総合研究所室長)らと協力し、AsiaFlux設立に動いた。また、数年後、衛星から全球のCO2濃度を測定する巨額な予算プロジェクト案があり、精度など心配な点も多かったがそれも即引き受けた。それが今回のワークショップでもいくつか発表のあったGOSATである」と当時の思い出を語られた。また、井上氏がAsiaFluxNewsletter第一号(Inoue, 2002)で寄せた次の言葉「研究のネットワークはそれに参加することにより利益を得ると感じたとき、初めて生きてくるということを強調したい。成功の鍵は、技術的な情報・データそのもの・データの解析方法などを、平等・互恵の精神でギブアンドテイクすることである」は、AsiaFluxの20年の理念そのもので、それは研究活動のみならず、国際会議、データベース、トレーニングコース等のキャパシティビルディング、Newsletterの発行等を通して実行してきた。そして地球環境研究センターは事務局としてその活動の大部分において下支えてきたことが評価され、伊藤が代表して表彰を受けた。また、同じNewsletterにおいて井上氏は下記のようにも述べている。「『炭素の発生源・吸収源の地理的・ 時間的変動はどうなっているか?』という問いかけに答えるためには、AsiaFluxはこの大プロジェクトの重要な位置を占めるであろう。フラックス観測は林内の炭素循環などのプロセス研究、樹冠のスペクトル画像の遠隔計測、大気境界層の観測など、他の研究とも連携しなくてはならない。炭素や酸素の同位体、酸素濃度、窒素循環などの観測も、理解を助ける重要な研究である。」この問いかけや研究の進め方の提案に対し、この20年の研究で、多くの回答がなされてきたことが本大会のレビューセッションからも分かる。タワーフラックス観測やAsiaFlux、GOSAT事業を始め、井上氏が地球環境研究センター時代に開始された研究事業は現在でも数多く大きな柱として発展し続けている。井上氏の先見の明に改めて驚き、感謝すると共に、なんとか引き継いで発展させてきた姿を見せることができて筆者としても嬉しい限りであった。なお、井上氏は現在も国環研在席当時と変わらずお元気で、現在は別の分野の民間会社を石巻に立ち上げ、CTOを務められており、ご活躍なさっている。

写真2 20th anniversary ceremonyで表彰された方々。左から4番目が井上氏、右端が伊藤室長

参考文献

  • 大久保晋治郎・安立美奈子・小野圭介・本岡毅・西村渉 (2009) AsiaFlux Workshop 2009 -Integrating Cross-scale Ecosystem Knowledge: Bridge and Barriers-の報告.生物と気象.9, D-2 (http://www.agrmet.jp/sk/2009/D-2.pdf)
  • Inoue, G., 2002. Role of AsiaFlux Newsletter. AsiaFlux Newsl. 1, 1.

AsiaFlux Workshopに関する記事は以下からご覧いただけます。

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