2014年8月号 [Vol.25 No.5] 通巻第285号 201408_285002

京都議定書第一約束期間後の技術的な細部も少しずつ明らかに —SB40 温室効果ガスインベントリ関連の交渉概要報告

  • 地球環境研究センター 温室効果ガスインベントリオフィス 高度技能専門員 畠中エルザ
  • 地球環境研究センター 温室効果ガスインベントリオフィス 高度技能専門員 小坂尚史

2014年6月4〜15日に、ドイツ・ボンにおいて国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の強化された行動のためのダーバン・プラットフォーム特別作業部会(ADP)第2回会合(第5部)、および第40回補助機関会合(科学上及び技術上の助言に関する補助機関会合:SBSTA40、実施に関する補助機関会合:SBI40)が開催された。以下、政府代表団による温室効果ガスインベントリ関連の交渉について概要を報告する。ADPやSBの他事項に関する交渉の概要については、環境省の報道発表(http://www.env.go.jp/press/press.php?serial=18186)等を参照されたい。

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写真SB40本会合の会場、マリティム・ホテル

1. 京都議定書第一約束期間における温室効果ガスインベントリ審査の完了日の設定

京都議定書の第一約束期間における各国の目標達成の状況は、インベントリの審査を経てそれぞれの国の排出・吸収量を確定させたのち、必要とされるクレジットの取引を行う100日間の調整期間終了後に各国が提出する調整期間報告書の審査を経て最終的に確定する仕組みとなっている。

前回SBI39会合では、先進各国の約束達成と、クレジットの使用等を含む上記報告書を2015年のCOP21の前に提出させることを途上国が強硬に要求していた。これは、COP21では、先進国・途上国を問わず、全ての国に適用される2020年以降の新しい法的枠組みを決めることになっているため、その議論の参考にしたいという趣旨の主張だった。しかし、前回会合での議論を通じて、インベントリ審査が遅延傾向にあり、また今年夏から秋にかけて実施される第一約束期間最終年(2012年)インベントリの審査が早々に終わるとは考えにくいこと等を踏まえ、実務上非常に困難であることの認識が共有されたため、今次会合ではどのような情報をもってこの報告書を代替するかが主に議論された。

SBI閉会会合まで各国が苦言を述べ合うことになった前回SBI会合の経験を繰り返さないように、歩み寄る方法が模索され、最終的に、(1) 2015年9月30日(インベントリ審査が概ね完了する頃)から四週間ごとに、約束期間各年のインベントリデータ、約束期間の総排出量、約束達成のために償却された京都ユニット等に関する国際取引ログからの情報をもとに、事務局が報告書を作成し、(2) インベントリ審査プロセスの完了日を、半ば目安として一旦2015年8月10日として、調整期間終了日がCOP21の少し前(11月18日)に来るように設定し、完了しなければ必要に応じて後ろ倒しにする案で合意された(図参照)。事務局が作成する上記報告書とあわせ、インベントリ審査が遅延している場合には遅れの程度や終了見込み等も示すこととなった。

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2. 来年4月提出以降の先進国のインベントリ審査に用いるガイドラインの改訂

上記1で触れたインベントリ審査は、2012年分までの、京都議定書第一約束期間下の審査についてであったが、以下では、来年4月以降毎年提出するインベントリに対するUNFCCC下の審査ガイドラインについて触れたい。

京都議定書第一約束期間中、アメリカのように議定書から離脱した国に対する審査はUNFCCC下の審査のガイドラインに基づき実施されてきた。日本は第一約束期間においては基準年比マイナス6%の削減約束を負ったが、第二約束期間においては、議定書からの離脱はしないものの、削減約束は負わないことを決めているため、アメリカなどと同様、来年以降は、少なくともUNFCCC下の審査ガイドラインに基づき審査をされることになる可能性が高い。(*他にも交渉が決着していない部分があるので、以下「4. その他」も参照されたい。)

今次SBSTA40会合では、今年2月に提出された各国意見及びその後4月に開催されたガイドラインの改訂に関するワークショップの議論を踏まえたガイドライン案本文を用いてさらなる改訂作業を進める予定であったが、途上国がこれに難色を示したため、ほとんど実質的な議論に入れずに終わった。当該ガイドラインを用いての審査は、2015年の夏から秋にかけて開始予定のため、本年末のCOP20で採択できなければ、2015年提出の先進国のインベントリ審査が適時にできないことになる。これは、先進国に厳しく透明性の確保を求め続けたいと考える途上国側にとっても得策ではないため、次回SBSTA41会合で時間をとって議論されると思われるが、COP20までに再度(政府代表による会合ではない)ワークショップをはさむ予定になっていることもあり、再び議論の進め方がくつがえらないかは予断を許さない。

本議題に関する議論は、根底にUNFCCC上の義務に基づく2015年4月以降の提出インベントリの報告のためのガイドラインの改訂が昨年末のCOP19で決定され、新規排出・吸収源や新ガスの追加、地球温暖化係数(Global Warming Potential: GWP 下記3参照)の変更等がなされるため、審査ガイドラインも更新しなければならないという技術的側面がある。また、一定の形ができあがってきた京都議定書第一約束期間下のインベントリ審査が、上記1の通り一つの節目を迎えたので、そこで得られた知見をUNFCCC下のインベントリ審査にも反映しようという意図が各国にあることもうかがえる。加えて、何年もの審査を経て、各国のインベントリそのものも、作成体制もある程度仕上がってきていることもあり、(増えつつある)些末な問題の指摘を受けることを避けたい、また、審査そのものを簡略化してもよいのではないかという問題意識がある。

さらに、今年の1月1日から報告が始まった先進国の隔年報告書(Biennial Report: BR)の国際評価・審査(International Assessment and Review: IAR)の一環として、技術評価が始まっており、12月のCOP20ではSBIの場で削減目標への進捗状況等を評価する多国間評価も開始される。12月末にはこれらと対をなす途上国の隔年更新報告書(Biennial Update Report: BUR)の報告も始まり、来年には国際協議・分析(International Consultation and Analysis:: ICA)が開始される予定(BR、BUR、IAR、ICAの詳細は地球環境研究センターニュース2014年2月号「気候変動枠組条約第19回締約国会議(COP19)および京都議定書第9回締約国会合(CMP9)報告」表参照)であるため、この作業を担う人員と、従来のインベントリ審査を担う人員が重複すると見込まれることから、全体としての作業負荷を軽減する狙いもある。

3. 温室効果ガスの二酸化炭素換算値を計算するための共通指標

京都議定書下では、CO2以外のガスは、GWPを用いてCO2に換算し、削減対象の全ガスについて合算したものについて各国ごとに排出削減の目標を設定している。

日本は、第一約束期間中に、CO2、CH4、N2O、HFC、PFC、SF6をあわせて基準年比で6%削減することになっていた。このように、国際交渉や各国内での合意形成・議論の観点からは、ある国の削減目標は「◯%」、ある国は「△%」という形で国ごとに単一の目標値を議論し設定することの利便性は高い。ただ、そのためにはどのような係数を用いて換算するのかが重要なイシューになってくる。

本議題は、従来よりUNFCCC、京都議定書下で用いられているGWP以外に、全球気温変化係数(Global Temperature Change Potential: GTP)といった代替的な指標が研究者から示されたことを受け、共通指標に関する議論が必要であると、ブラジル等が中心となって主張し、議題化したものである。これは、ブラジルはCH4の排出量が相対的に多い国であり、CO2換算に用いてきたCH4のGWP100年値が、21(IPCC第二次評価報告書)、25(IPCC第四次評価報告書)、28(IPCC第五次評価報告書、但しこの値は未適用)と上がってきたこと等が背景にあると考えられる。これに対し、GTPは、ある一定量のガス排出を受け将来のある時点でどの程度全球平均地上気温が上昇するかを示すものであり、同じ100年の評価時間で見るとその値は4(IPCC第五次評価報告書)と低い。これは、GWP100年値はガスが排出されてからの100年間で地球にもたらされた余分なエネルギーの累積量をCO2のそれで相対化した値であり、GTP100年値は、気候が受ける影響の度合いや海洋による吸収の程度等を考慮して、100年後の気温上昇の程度をCO2で相対化した値であるためである。

今次SBSTA40会合では、従前の決定に沿ってSBSTA-IPCC共催で特別イベントが開催され、IPCC第五次評価報告書の関連する章の執筆者等が最新の知見についてプレゼンを行い、各国の政府代表から政策用途を考えた場合の共通指標・評価時間の選択のあり方等につき様々な質疑応答が行われた。(プレゼンの詳細はhttp://unfccc.int/meetings/bonn_jun_2014/workshop/8245.php参照)

IPCC第五次評価報告書や、上記の特別イベントにおいて提供された情報も踏まえ、従前の決定に沿ってSBSTAでの議論も再開したが、今後の進め方について各国折り合わず、本議題の議論は次回会合にて自動継続となった。SBSTAの閉会会合で、ブラジルは、IPCC第五次評価報告書が適切な共通指標を政策目標に基づき選択すべきと強調していることを紹介し、本議題が切迫した議題であり、どの共通指標を選択すべきかを議論する場としてSBSTAがふさわしいこと、また、SBSTAで科学者との対話の場をもち、議論の結果を2020年以降の新しい法的枠組みを決めるADPに供したいということを主張した上で、SBSTA41会合において結論が得られることを期待すると表明した。SBSTAの範疇を超えて、ADPでの議論にも影響を及ぼす可能性がある議題であり、留意が必要である。

4. その他

その他の重要関連議題としては、SBSTAにおける京都議定書第二約束期間におけるインベントリ審査等を含む技術的事項に関する決定内容の改訂作業が挙げられる。第二約束期間においては、議定書からの離脱はしないものの、削減約束は負わないという立場を日本はとっているため、削減約束を負うEU等の国々への関連ルールの適用とはやや異なった取り扱いになることが想定されるが、その一方で、議定書には引き続き参加しているため2015年以降も必須となった森林吸収源分野での報告事項等がある。上記2のUNFCCC下のインベントリ審査との整合性を含め、引き続き注視が必要である。

5. 今後に向けて

次回SB41、COP20会合は、ペルー・リマで開催される。そこでは隔年報告書の国際評価・審査の一環として実施される多国間評価の中で、各国の排出・吸収量、目標に関連する前提(人口や世帯数等)・仮定・方法論、目標への進捗に関して先進各国のうち技術評価が終了している国々によるプレゼンの後、質疑応答が行われることになっている。EUやアメリカ等はその段階で技術評価が済んでいると考えられ、多国間評価作業の受け手として先陣を切ることになる。これは、今後どのような厳しさで日本を含む後続の国々の評価が行われるのかを実質的に規定することになるだろう。そしてひいては途上国に対して同様に予定されている類似の作業としての隔年更新報告書の国際協議・分析のありようも誘導することになると考えられることから、注目のイベントとなる。

上記作業はSBI下で行われるため、議論に割くことのできるSBのスロット数が限られることになるが、その一方で、上述の通りSBSTAで議論を尽くさねばならない技術的に細かい議題も複数あり、ADPでの議論も、来年のパリCOP21の前に(可能ならば3月までに)各国が約束草案を提出すべきことを見据えて具体性を増しており、慌ただしいCOPになることが予想される。

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インベントリ審査および共通基準に関する記事は以下からご覧いただけます。

インベントリ審査

  • 酒井広平「温室効果ガスインベントリの審査 〜「提出」それがはじまり〜」2009年11月号

共通基準

  • 江守正多「代替メトリックの科学に関するIPCC専門家会合参加報告」2009年5月号

目次:2014年8月号 [Vol.25 No.5] 通巻第285号

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