2018年7月号 [Vol.29 No.4] 通巻第331号 201807_331003

国立環境研究所の強みを生かす研究を—理系と文系の境を越えて —森口祐一さんに聞きました—

  • 地球環境研究センターニュース編集局
森口教授

森口祐一(もりぐち ゆういち)さんプロフィール

京都大学工学部衛生工学科卒業、1982年国立公害研究所総合解析部研究員。環境庁企画調整局併任、OECD事務局研修員、国立環境研究所社会環境システム研究領域資源管理研究室長等を経て、2005年国立環境研究所循環型社会形成推進・廃棄物研究センター長。地球環境研究センターには1990年の準備室時代から併任として関わる。
2006年東京大学大学院新領域創成科学研究科客員教授兼務、2011年東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻・教授(現職)。2018年日本学術振興会(JSPS)主任研究員兼業。現在の主な公職として、日本学術会議連携会員、防災学術連携体監事、福島県環境創造センター環境動態部門長、中央環境審議会臨時委員(循環型社会部会、地球環境部会低炭素社会実行計画フォローアップ専門委員会等)、環境省温室効果ガス排出量算定方法検討会委員(エネルギー・工業プロセス分科会座長)。国連環境計画国際資源パネル(UNEP-IRP)元メンバー、日本LCA学会会長、廃棄物資源循環学会副会長。2013年産業エコロジー国際学会(ISIE)Society Prize受賞、2014年環境科学会学術賞受賞。最近の主な研究テーマは物質フロー・ストック分析、東日本大震災・原発事故による環境問題。専門は環境システム学・都市環境工学。

自分の話を理解してほしいという思いで伝える

編集局

国立環境研究所(以下、国環研)の公開シンポジウムなどで一般の人を対象に講演するとき、研究者のなかには難しいことを難しい言葉で説明してしまう人もいれば、かなり工夫してお話しされる方もいます。森口さんは国環研在職中、とてもわかりやすい説明をされていました。一般の人にお話しするときに特に気をつけていることはありますか。

森口

私は人に話をすることが好きなのです。一般の人に限らず、聞いてくれる人に自分の話を理解してほしいという思いをいつももっています。しかし限られた時間でなるべく多くのことを伝えようとすると早口になってしまいますから、速さについては気をつけています。研究者は自分が知っていること、自分が常識だと思っていることは相手も当然知っていると思って話してしまったり、難しい言葉を使ったりして、うまく伝わらないということがあるかもしれません。また、私の偏見かもしれませんが、研究者、専門家はわかりやすく伝えることが大事だという教育をおそらく受けてこなかったし、むしろ話がうまいことが「口ばかり」というふうにネガティブに捉えられ、研究さえしていたらいいみたいな考え方が昔はあったのではないかという気がします。

編集局

大学に移られてから、一般の人に環境問題の講演をする機会は増えていますか。

森口

大学教授だからというより、とりまく環境が変わったことで、私が講演依頼される機会は増え、テーマが激変しました。具体的には2011年3月11日に起こった東日本大震災とそれに伴う原発事故による影響です。はじめは東日本大震災関連のがれきの処理がテーマでしたが、最近は原発事故の環境影響を心配している方々にお話をする機会が圧倒的に多くなりました。大学にいることで、国環研時代より自由な立場になり、話しやすいと周囲の方々が思っているからかもしれません。

森口教授

研究成果の効果的な発信のために

編集局

研究成果を発信していくために、森口さんは研究者と広報担当者がどんな関係であると望ましいと思われますか。

森口

サイエンスコミュニケーターのような人を入れた方がいいケースと研究者が自分の言葉で話す方がいい場合とがあると思います。一般の人にわかりやすく伝えるために、サイエンスコミュニケーターの役割は重要だと思っています。サイエンスコミュニケーター自身はわかっているけれど一般の人は知らないかもしれないことを、ときにはあえて講師に聞くことも有効かもしれません。そうすることで専門家が一方的に話すより、一般の聴衆の理解が進むだろうと思います。また、マスコミ対応については、研究者が無防備な応対をして不利益を被らないように守る、という広報のマネジメントは必要だと思います。

編集局

サイエンスコミュニケーター、サイエンスライターのような才能をもつ人材を国環研はもっと積極的に活用すべきでしょうか。

森口

そういう人に介入してもらうことによる成功体験のようなものがあるといいかもしれません。

編集局

誰に向けて広報するのかという問題があります。若い人向けか、定年退職後の方などある程度自由な時間がある年代の人向けかでは、だいぶ違うと思います。

森口

その問題は何のために広報しているのかということにつながります。広報は重要と言われていますし、最近外部資金を得ると必ず国民との対話を行うよう書かれていますが、そのためだけだと形骸化してしまうのではないでしょうか。弊害もありますが、今はインターネット経由の伝達の影響力が大きいです。インターネットで情報を得て、かつリアルな世界で人の話が聞けるというコラボみたいな形がいいかもしれません。

編集局

インターネットが広報に大きな位置を占めていることは十分理解しています。地球環境研究センター(以下、CGER)ニュースも以前は紙媒体で発行していましたが、現在は電子化しています。しかし、紙媒体のほうが読んでいただけることもあり、紙媒体のほうがいい場合があるような気もします。

森口

これは伝える側も受け取る側も何を好みとするかによります。私は過剰な電子化はよくないと思っています。私が委員になっているある会議では、資料を紙で配付せずに委員にタブレットが配られます。資料の複数のページを見ながらいろいろなことを考えて質問したいのに、まだタブレットに慣れないせいもあり、電子化されるなかで情報の読み取り方が浅くなってしまう部分があるような気がします。広報だけではなく、電子化のなかで失われているものがあるということを考えた方がいいと思います。

Q&A形式の質問の重要性

編集局

森口さんもリサイクルについて執筆してくれた「ココが知りたい地球温暖化」はCGERのウェブサイト(http://www.cger.nies.go.jp/ja/library/qa/qa_index-j.html)でいまだに多くのアクセスを得ています。しかしその後同様のものが現れません。これを引き継ぐ後継者がいないことも一因です。

森口

「ココが知りたい地球温暖化」のQ&A形式はとても有用だと思います。何が知りたいかということ自体、一般の方の疑問がうまくくみとれないことがありますから。

編集局

先ほどお話されたサイエンスコミュニケーターの資質で、研究者の説明だけではわからないから、サイエンスコミュニケーターが自分ではわかっていても質問するというスキルもこのQ&Aには必要だと思います。

森口

いい質問が作れるかどうかがカギです。知りたい内容について的確な質問を作ることは大事です。また、そもそもそんなことは疑問に思わなかったみたいなことも質問になるかもしれません。

森口教授

環境問題そのものから環境問題への対策にシフトする教育・研究

編集局

CGERニュースの企画で、以前、野沢徹さん(岡山大学教授)にインタビューしたときに、野沢さんは、「環境教育を受けているはずの大学生に地球温暖化の話をしても、大半は環境問題にあまり関心がないようで、自分のこととしてあまり実感をもてないようだ」と話されていました。森口さんは大学で環境にかかわる教育をされていますが、どういうふうに感じていらっしゃいますか。

森口

地球温暖化に実感がもてないということと、環境問題全般に対する世の中の関心、若い人たちの関心ということに分けてお話をする方がいいかと思います。

大学における環境関係の学部や学科はひところ流行しましたが、環境がメジャーになりすぎたことによって、環境問題を専門とすることが必ずしも強みではなくなり、ブームは薄れているように感じます。学生を見ても、環境問題そのものに対する熱意はそれほど高くないかもしれません。一方で、今の若い人たちにとっては環境問題の教育は当たり前すぎて、改めて学ぶということにならないのでしょう。私は大学で廃棄物の講義をしていますが、廃棄物って小さい頃から学校教育のなかで勉強してきています。現在は、環境問題そのものを研究するというより、環境問題への対策、対処するための教育や研究が主流になっています。たとえば工学部ですと、環境問題に対処する技術の開発などは、環境問題という世の中の大きな潮流に対して自分が具体的にどう役立っていけるのかということが見えやすいです。

地球温暖化に実感がないのというのは、否めないです。さきほど触れた原発事故の問題が典型的ですが、自分の身に直接ふりかかってこないものに対して関心をもつことが難しいのだと思います。また、地球温暖化は重要な問題なのだから関心もたなくてはだめですよと押しつけることだけでは無理だと思います。

編集局

私が環境問題の重要性に気づいたきっかけは、四日市ぜんそくで苦しんでいる人がいたり、川の水が汚くて魚が棲めないということが、自分としても心が痛む、楽しくないという思いがあったからなのですが、それらの問題が一段落して、人々があまり関心をもたなくなったのでしょうか。

森口

目の前に見える問題とそうではない問題とでは、取り組みの姿勢が変わってくるのは仕方がないと思います。問題が広すぎると目の前に見えないのかもしれませんが、広い問題を検討しなければいけないと若い人たちが考えてくれることは、いいことです。それが地球温暖化でなくてもいいと思います。

温暖化対策と同時に解決すべき問題がある

編集局

パリ協定の長期目標(世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べて2°Cより十分低く保つとともに、1.5°Cに抑える努力を追求する)を達成するために、森口さんの研究分野で新しい展開はありますか。

森口

国環研在職中から国連環境計画の国際資源パネルという組織に参加し、資源の効率的な利用によって環境負荷やエネルギー消費量を下げられるという提案をずっとしてきました。そこでこれまで進めてきた資源効率性、資源生産性という概念は、今後の新しい産業の姿を考えていく上で重要です。温暖化の場合、低炭素社会、脱炭素社会という言葉で表現されるように、温室効果ガスの排出量を下げることに全力が注がれ、温暖化対策だけに目がいくのではないかという懸念があります。ほかに同時達成しなければならないことがたくさんあると思うのです。

編集局

畑に再生可能エネルギーの設備を設置したり、畑でエネルギー利用目的の作物を大規模に生産すると食料が逼迫するので、エネルギーと食料の割合に関する議論も必要です。

森口

畑で再生可能エネルギーを作り出すことは研究としてもおもしろいテーマで、今年の3月に私の研究室の修士を出た学生は、ソーラーシェアリングといって、農地で農作物を作りながら太陽光発電もするという研究をしました。食料生産に関しては、絶対量が足りないのではなく、問題は分配だと思います。一方、バイオエネルギーの作物のために土地を使いすぎると食料需給との関係で問題が出てきます。これについては国際資源パネルの報告に出ていますが、一般的にはあまり知られていないかもしれません。温暖化については、気候変動と関係しているほかの問題との同時解決や副次的な悪影響に関する研究も進んでいるのですが、そういう広報はまだまだ足りないかもしれません。

森口教授

国環研の強みを大事にしてほしい

編集局

環境問題に取り組む研究者は文科系・理科系(物理系・化学系・生物系・工学系など)・文理融合それぞれあり得ると考えますが、国環研が今後、あえて重点化する分野があるとしたら、どの分野だと思いますか。

森口

個人的には文系・理系という分類が嫌いです。大学が文系・理系に分けた募集区分にしていて、それに合わせて高校生を文系と理系に振り分けているのは弊害も大きいと思います。環境問題を勉強したいという学生は文系と理系の境界領域にいる人たちが多いのです。そういう人たちがつぶれずに研究者になるところまでの道を、教育の現場は確保しなければいけないと思います。大学に出てあらためて感じるのは、国環研のように多岐にわたる分野の研究者を揃えている組織というのはなかなかないということです。これは強みだと思いますので、大事にしてほしいです。

*このインタビューは2018年4月16日に行われました。

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地球環境研究センター ニュース編集局
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