2020年3月号 [Vol.30 No.12] 通巻第351号 202003_351001

国連気候変動枠組条約第25回締約国会議(COP25)報告 〜気象災害が相次ぐも、合意なきCOP〜

  • 地球環境研究センター 地球環境データ統合解析推進室 主任研究員 畠中エルザ
    (地球環境研究センター 温室効果ガスインベントリオフィス)
  • 地球環境研究センター 温室効果ガスインベントリオフィス 高度技能専門員 小坂尚史

国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)報告 一覧ページへ

2019年12月2〜15日、スペイン・マドリードにおいて国連気候変動枠組条約(United Nations Framework Convention on Climate Change: UNFCCC)第25回締約国会議(Conference of the Parties: COP25)、京都議定書第15回締約国会合(Conference of the Parties serving as the meeting of the Parties to the Kyoto Protocol: CMP15)およびパリ協定第2回締約国会合(Conference of the Parties serving as the meeting of the Parties to the Paris Agreement: CMA2)が開催された。また、これと並行して、第51回補助機関会合(科学上および技術上の助言に関する補助機関会合: Subsidiary Body for Scientific and Technological Advice: SBSTA51、実施に関する補助機関会合:Subsidiary Body for Implementation: SBI51)が開催された。

写真1 COP25会場のFeria de Madrid

前回のポーランド・カトヴィツェのCOP24では、市場メカニズム関連を除きパリ協定の実施ルールが決定されていたが、今回COPではこの積み残し事項が交渉のハイライトとなった。本稿では、筆者らが日本政府代表団員として担当していた透明性関連の議題の概要について報告するが、上記の市場メカニズム関連を含むCOP25全体の概要は環境省の報道発表(https://www.env.go.jp/press/107538.html)や、国立環境研究所社会環境システム研究センターTOPICS(https://www.nies.go.jp/social/topics_cop25.html)を参照されたい。また、国立環境研究所が参加したサイドイベントや展示ブースについては、国立環境研究所ニュース38巻6号(http://www.nies.go.jp/kanko/news/38/38-6/38-6-05.html)で報告する。

透明性関連の議題は、各国及び世界全体の排出量を把握し、削減目標の達成状況の評価をするのに必要な情報を、各国に透明性をもって報告させるための枠組みの詳細を議論するものである。前回のCOP24で先に決定されていたパリ協定の透明性関連の実施ルールも、実際に各国が報告するとなると、もう少し明確にすべき要求事項の詳細があり、その確定がSBSTAに委ねられていた。

1. 隔年透明性報告書

COP24では、遅くとも2024年末までにすべての国が隔年透明性報告書(Biennial Transparency Report: BTR)を提出することが決まった。国家温室効果ガスインベントリは、この報告書に含めて提出することも、独立させて別文書で提出することもできるとされている。BTR報告は先進国・途上国共通の義務であり、この実施ルールの合意は画期的なことだった。

BTRのポイント

  • 遅くとも2024年末より報告開始
  • 国家温室効果ガスインベントリや削減目標に向けた進捗状況、途上国に提供された支援等を報告するもの
  • すべての国に共通の義務
  • 但し途上国には一部事項について柔軟性条項(注)適用の権利が留保されている
  • インベントリには2006年IPCCガイドライン、IPCC AR5 GWP100年値を適用
  • BTRは専門家による審査等に付される

(注)途上国は、報告のためのガイドラインで特定されている一部の事項について、どのようなスケジュールで改善策をとるのかを明示した上で、報告範囲を限定することができる。(報告ガス種など)詳細は地球環境研究センターニュース2019年3月号のCOP24報告参照。

2. インベントリの共通報告表

そのCOP24後、昨年の6月より、SBSTAでパリ協定の下の方法論という議題が立ち上げられ、パリ協定の下、先進国と途上国とが共通の内容を報告・開示していくプロセス全般に関わる事項を議論している。議題は以下の5つのサブ議題から構成されている:1)温室効果ガスインベントリの共通報告表、2)削減目標への進捗評価のための報告表、3)提供した資金等の支援に関する報告表、4)隔年透明性報告書、国家インベントリ報告書、それらの審査報告書の見出し構成、5)隔年透明性報告書を審査する審査員の育成。

昨年6月のSBSTAに引き続き筆者らは主にインベントリと関わる1)、4)、5)の議論に参加した。例えば、1)の先進国・途上国共通のインベントリの報告表の作成という議題では、各国がそれぞれ自由な様式で情報を提出しても相互比較しにくい状態になってしまうので、共通の報告表を作成しようとしているが、LMDC(Like-Minded Developing Countriesの略、インド、中国、マレーシアなどの途上国のグループで世界の人口の半分を占める)、アラブグループ(サウジアラビアなど)などがセクター別のバックグラウンド表を用いての報告は、途上国の報告能力が不十分・負荷が高いので任意にすべきだと言っている。セクター別のバックグラウンド表とは、セメント製造であれば、生産量がいくらか、排出量はいくらかなどを記載する表であり、そのうちの排出量の情報が総括表に自動表示される構造になっている。先進国は各国共通の表を作成することに決まったので、一部の表を任意にするのは不適と反対しているところである。背景には、詳細が開示されないとインベントリの確からしさを確認することができないという問題意識がある。4)の報告書の見出し構成を議論するのも同趣旨である。5)は、パリ協定の下の透明性枠組みにおける、透明性の品質確保を担う審査員の育成に関する議題であるだけに、細かな点について議論が重ねられた。

上記1)のような大きな意見の違いがあって、今後の議論の進め方に関する折り合いがつかず、交渉は決裂した。SBSTA閉会後にCOPの下でこの議論を継続することもあり得たが、これをしないよう、深夜のSBSTA閉会会合の場で中国が繰り返し議長に確認を求めていたのも興味深い点だ。この議題の成果は、今年のCOP26で採択することがCOP24で決まっていたが、これで雲行きは怪しくなった。

実務的には、報告物ができあがってから審査を行うという順に進むので、報告にまつわる要求事項の詳細が先に決まっていないと、一連の報告・開示プロセスが始まらないため、これが先延ばしになることは各国の報告準備にかけることができる時間が短縮されることを意味する。

3. 専門家協議グループの作業内容

インベントリを含む報告書について途上国に対して作成支援を行うこととされている専門家協議グループ(Consultative Group of Experts: CGE)の付託事項の議論も決着しなかった。前回COPで2026年までの8年間の活動期間が決定され、今回のCOPでは、その作業内容を決める予定であったが、SBI閉会後もCOPの下で議論を継続したものの、まとまらなかった。アフリカグループは、とくにパリ協定の下で新しく追加されるBTRの報告義務を見据えて、CGEの役割は益々重要になっており、今後もその役割を強めていくべきと主張している。これは、新たな負担を途上国に強いる場合には、支援が提供されねばならないという途上国の従来からのスタンスと一貫するものである。

このように、インベントリに関連する主要議題は、ことごとく決裂した。理由は個々に細かい事情もあるが、大きく共通する点として、途上国に対するインベントリ関連の要求事項が増えたため、当事者となった各国が対応する責任感を持ちはじめ、自国にとってより都合のよい、負担の少ない仕組みを求めるようになっていることがあるかも知れない。この傾向は、透明性関連議題に留まらず、気候変動交渉全般について言える傾向かも知れない。従前の、気候変動枠組条約において国名が規定されている附属書I国(先進国)と非附属書I国(途上国)のうち、前者のみが排出削減や厳しい報告義務を課せられていた時代が終わりつつあり、パリ協定の下、後者も責任を担うようになると、強い関心を抱くステークホルダーの数が増加して、その分議論がまとまりにくくなっている可能性はある。先進国・途上国でルールを揃えるのは、もともとのスタートラインがかなり異なり、途上国にとっては負荷が高いので、交渉では本気にならざるを得ないのだろう。途上国が、責任感をもって対応してくれること自体は歓迎すべきことだと思うが、このままでは2024年末のBTR初提出に向けて間に合うのかが心配である。

4. 最後に

急遽チリでの開催からスペイン・マドリードでの開催に変更となったが、会場の設備など思ったよりも不都合なく進んだ。話し合いの場が失われることなく、かつ当初の予定と同時期に開催できたのはよかったと思う。

しかし、全体としては、合意に至らなかったことが多く、あまり積極的なメッセージを発することができないCOPとなった。上述した市場メカニズム関連や透明性関連事項以外にも、例えば、COP25議長国チリが目指した、各国の排出削減の野心引き上げは叶わなかった。パリのCOP21の決定では、2020年に、各国に2025年削減目標を更新し、2030年削減目標を提出・更新するよう求めている。2019年も相次ぐ気象災害や、グレタ・トゥーンベリさんの学校ストライキが契機となった若い人たちの抗議行動などもあって、チリは今回のCOP25での野心の引き上げを目指した。しかし、結果は、各国に削減目標を提出・更新することを求める上記COP21決定をパリ協定締約国会合(Conference of the Parties serving as the meeting of the Parties to the Paris Agreement: CMA)として「想起(recall)」し、目標の提出・更新にあたってはパリ協定の長期目標達成に必要とされる世界全体での削減量と各国の削減目標から積み上げた量とのギャップを「考慮(consider)する」よう各国に促すのに留まった。

写真2 開会でのCOP25議長国チリのカロリナ・シュミット環境大臣

また、予想されていたことではあるが、アメリカが2019年11月4日に正式にパリ協定からの離脱手続きを開始したことも合意の機運をそいだと思われる。今年の11月9〜20日に英国のグラスゴーで開催される次回COPでアメリカは、パリ協定関連事項の議論にオブザーバーとして参加することになる。今は、先進国は、少なくとも透明性関連の議題では概ね同様の立場をとっており、アメリカのパリ協定からの離脱の現実が差し迫る中、他の先進国はその特殊事情を意識しつつ、行動をともにする構図だが、これが11月3日の大統領選を経た次回COPでどうなるかというところである。

写真3 トランプ大統領によるパリ協定離脱に対して反対を唱えている米経済界・自治体の長・NGOらが実施しているWe Are Still Inキャンペーンのサイドイベント会場。COP直前に米大統領選に出馬表明したブルームバーグ前ニューヨーク市長などが参加した

写真4 すっかりお馴染みとなった会場で配布されるリユースボトル

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