2020年3月号 [Vol.30 No.12] 通巻第351号 202003_351005

計算で挑む環境研究—シミュレーションが広げる可能性 5 シミュレーションによって見えてくる水の流れ 〜生態系モデルのグローバルな適用に向けて〜

  • 地球環境研究センター 物質循環モデリング・解析研究室 主任研究員 中山忠暢

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現在、コンピュータシミュレーションは環境研究を支える重要な研究方法となっています。天気予報や災害の予測など、私たちの日常生活と深く関係していることもあります。

シミュレーション研究の内容は多岐にわたり、日々進歩しています。このシリーズでは、環境研究におけるシミュレーション研究の多様性や重要性を紹介いたします。

1. 水資源・水循環の地域的な偏りから見えてくる生態系の劣化

地球規模での気候変動にともなう降水量の偏りや急激な経済成長や人口増加等により、世界各地で水資源の枯渇や水質悪化が深刻になっています。このような環境資源の劣化に対して、生態系機能を定量的に評価したり予測したりして、持続的発展のための科学的根拠に基づいた政策提言をおこなうことは非常に重要です。特に、東アジア地域は急激な経済成長の一方で地下水位低下や水質汚濁などをはじめとする環境劣化もいちじるしく、抱える水問題もきわめて多様であり、複雑な様相をおびています(Nakayama, 2012)。水問題は、資源的側面のみならず、水の循環的な面にも目を向ける必要があります。また、それに付随する生態系も考慮しなければなりません。これらの機能を適切に評価し、管理するためには、地表水や地下水流、水の農業利用や工業利用を把握するだけでなく、水量・水質・熱の問題、適切な環境管理技術など、多岐にわたる問題の要素を押さえ、その側面や特性にも配慮した総合的な取り扱いが肝要です。近年、生態系の劣化にともない、人間生活に必要な供給サービスとしての水資源の枯渇に拍車がかかっており、国連環境計画(United Nations Environment Programme:UNEP)をはじめいろいろな研究機関や行政組織で全世界的な水ストレスに関する研究がおこなわれ、その保全や再利用、脱塩等も含めた持続可能性を目指す新たな水資源管理への関心も高まっています。

水循環を把握する方法には、数値モデル・現地観測・リモートセンシング等があります。なかでも、リモートセンシングは空間把握能力に優れており、近年のコンピュータとそれによる画像解析手法の急激な進展もあいまって、ポイントレベルでの観測や測定では不可能な物理パラメータの空間異方性(空間的なバラツキ)の評価に威力を発揮します。しかし、河川や湖沼などの地表水に比べて地下水流はリモートセンシングでも把握しにくく、それによって得られる水資源量や利用可能量、必要量にも大きな相違があります。そのため、陸域-海域間での水循環の相互作用(下記の水文学の定義をご参照)に関しても未解明な点が多く残されています。とはいえ、このような水資源のより正確な現状把握や将来予測をめざして、リモートセンシングの活用方法は近年長足の進歩をとげており、大気組成、炭素循環、水循環、エネルギー循環、地表面あるいは地球内部等の重点的な分野において、その重要性がどんどん増しているところです。

水文学は地球の水の発生や循環、分布、また、それらの物理的・化学的特性と人間活動に対する反応を含む物理学的そして生物学的環境への相互作用を扱う学問です。より具体的には、陸水(河川・湖沼・地下水など)とその出口としての海域を含む水域での水資源について、水量や水質の観点から人間活動と気候変動による影響を評価します。なかでも、地表水-地下水間の相互作用の定量的な把握は水循環のみならず物質循環や生態系評価の観点からも重要です。しかし、浸出計による計測、水温や塩分、染料などのトレーサー(流体の流れや特定の物質を追跡するために使われる)、あるいは同位体による評価では、流域スケールや地域スケール等の広範囲に及ぶ時空間的な動態把握には限界があります。一方、数値モデルを用いたシミュレーションは実現象の挙動を調べるために、対象となる現象をコンピュータ内部で模擬的な情報としてモデル化し、計算資源を最大限に活用してモデルの挙動を調べることになります(コンピュータ内部で何度でも再現可能になります)。

2. 生態系シミュレーションは問題解決の糸口になるのか?

生態系モデルは人間活動が地球システム全体に及ぼす影響を把握するために発展してきました。そして、生態系を複雑な非平衡システム(解体や自己組織化を繰り返す動的なシステム)とみなし、個別総和を超えて相互作用するネットワークとして内在する複雑性をモデル化します。水循環研究での生態系モデルの対象領域は、河川・湖沼・湿原・氾濫原等の表面流のほかに、降水・積雪・氷河・表面貯留・土壌水分・蒸発散・地下水等も含まれます。水域生態系においては、水文生態学や環境流量・水質評価、河川生態系の構造や機能、汚染物質移動、流域評価などが重要になります。このような水循環を媒体とする生態系機能の評価のためのモデルには多種多様な型が存在しますが、モデルの各要素間、あるいは全体としての保存則が成立する(= 収支がとれている)ことが不可欠です(Eagleson, 2002)。この保存則の成立は、私が特に重視している地表水-地下水間及び陸水-陸域間での水・熱・物質移動のシミュレーションにおいて、観測値と比較・検証する上での前提条件となっています。

私が開発してきた統合型水文生態系モデルNICE(National Integrated Catchment-based Eco-hydrology)は、3次元グリッド型のプロセスモデルであり、さまざまな植生を含む自然地モデル・主要作物や灌漑を含む農業生産モデル・管路網や都市構造物を含む都市モデル・ダム操作や水輸送モデル等、いくつものサブモデルから構成されます(Nakayama and Watanabe, 2006)。また、自然現象に加えて人間活動にともなう影響を評価し、環境と共存し、調和した経済発展を目指すためのツールとして技術・政策インベントリやシナリオとも結合しています(Nakayama, 2008)。モデルにおける計算の安定性は誤差の伝搬(方程式が陽に解けない場合には方程式を離散化して数値計算で解くことなりますが、その際に厳密解ではないために誤差が発生してきます)と密接に関連しており、NICEのような複数のサブモデルから構成される複合モデルでは一般的に安定までの計算時間が長いので、誤差の伝搬も発生しやすくなります(逆の場合もあり)。そのため、このモデルの計算の安定性についての評価は解法スキーム(方程式を離散化して解く方法)とあわせておこなう必要があり、感度解析、不確実性のレンジ、バイアス補正などとあわせて検討しています。

このモデルのシミュレーションによって、日本や東アジア地域と周辺域の水や熱・物質循環および生態系へ及ぼす影響を評価してきました。近年は、NICEを地域スケールから全球・大陸スケールに拡張し、これまでグローバル炭素循環評価ではほとんど考慮されなかった陸水が炭素循環に及ぼす影響について、水文生態学と生物地球化学的循環の統合モデルNICE-BGCを用いて解析しています(Nakayama, 2019)(図1)。

図1 NICE-BGCを用いて解明した陸水が全球炭素収支に及ぼす影響(左上図)、および、現在進行中の全国一級河川流域へのダウンスケーリングによる高解像度モデル開発での相乗効果

地域スケールから拡張した地球システムでの気候変化、温室効果ガス挙動、土地利用変化、水・炭素・窒素・リン循環、生物多様性を評価する際には、植物・土壌・大気間での相互作用を理解するためにも、モデルとデータ統合、長期観測、マルチスケール、ネットワーク、システム理論などがさらに重要になります。陸域・海域と気候システムとの相互作用に加え、陸水が地球レベルの炭素循環に果たす役割を無視できないことが近年の研究により明らかになりつつあります。このような水・炭素循環は互いに制約条件となるので、不確実性を減少させ、モデル性能を向上させるためには、エネルギー・水・炭素・栄養塩間でのリモートセンシング・現地観測・モデル間での同化が、よりいっそう大きな意義をもつことになります。

3. 水循環を媒体とする生態系モデルはどこに向かうべきか?

生態系にはまだまだ明らかでないメカニズムが多くあり、内在する複雑性をどのように取り扱うかが重要になってきます。モデルは極力単純であるべきと主張する研究者がいる一方で、複雑なモデルは非線形相互作用(複数のサブシステムが複雑に関連しあっていること)を表現するのに重要と指摘する研究者もいます。今後の生態系モデルに必要なのは、近年いちじるしいグローバル環境変化に対する問題を解決し、処理する能力だと思います。地球規模での気温や二酸化炭素濃度の上昇はさまざまな時空間スケールで影響を及ぼしますので、熱力生態学(熱力学の観点から生態学のメカニズムをとらえようとする新たなアプローチの例)のように生態系モデルの既存概念を脱却することも必要です。

もう一つは、個別学問領域での水・物質・エネルギー循環のモデル化を越えて学際的なモデルを発展させ、生態系の概念を、異なる水資源、熱環境、物質循環、動植物を含むようにエクセルギー(使用によって失われるエネルギーを表す概念)などの適用・拡張によって捉えなおすことです。領域横断的な包括的システムを構築し多次元評価を可能にするとともに、win-win型解決(現実的には、複数の要素間でのベストな代替案)を目指すことも必要です。

また、グローバルネットワーク化は、生態系モデルを持続可能な生態系管理のための意思決定ツールとして共有化するのに重要な役割を果たします。オープンシステムなどのプラットフォーム普及にともなう生態系モデルの汎用化に加え、観測機器の進歩による生態系のオンラインモニタリングと同化しつつ現場で適用できるオペレーショナルモデルも必要になってきます。

最近では、生態系モデルのグローバルスケールへの適用に関する研究が増えています。生態学の代謝理論、個体ベースモデル、エージェントベースモデル、物理環境生息場評価モデル、水質生態系モデルなどの旧来のモデルの適用に加えて、動的エネルギー収支、人間-社会結合システム、都市システムモデル、最先端の計測・画像解析技術との統合、持続可能性評価などの社会的なニーズが高くなっています。

同時に、地球科学分野におけるモデルの相互比較は今後ますます増えていきます。このようなモデルの相互比較は、オープンソースでのネットワーク化やキャパシティービルディングにとどまらず、さまざまな教育や知識の創出に向けた取り組みとして、これからの生態系モデルのあるべき姿なのかもしれません。生態系モデルの流れを踏まえつつ、より大きな枠組みの中での地球科学コミュニティへの貢献は、これからの生態系モデルが向かうべき1つの方向だと思われます。

特に、NICEを用いて中国の長江・黄河流域を対象に洪水や渇水の極値現象の検出可能性をシミュレーションした際、衛星データとの融合による相乗効果を最大限発揮できるモデルの柔軟性が上記で述べた目標達成のために重要であると痛感しました(Nakayama, 2014)。今後新たに始まるさまざまな衛星ミッションにより、いっそうクリアな水圏の映像が得られると予想され、モデルとの統合によって早期警報・危機診断システムの枠組みを構築する必要が生じます。さらに、NICE-BGCは、炭素循環のホットスポット検出や早期検出システム構築に加えて、もっと広い視野から持続可能な開発目標(SDGs)を達成する基盤となると考えられ、地域レベルとグローバルな観点を融合する必要があります(図1)。急激な地球環境変化が地球上の生態系に及ぼす影響およびその適応策のモデル化とともに、このような人間系と自然系の関連性に関する学際的なプラットフォーム構築はその土台となるのです。

参考文献

  • Eagleson, P.S. (2002) Ecohydrology. Cambridge University Press, Cambridge, UK.
  • Nakayama, T., Watanabe, M. (2006) Development of process-based NICE model and simulation of ecosystem dynamics in the catchment of East Asia (Part I). CGER’s Supercomputer Monograph Report, 11, NIES, 100p., http://cger.nies.go.jp/publications/report/i063/I063
  • Nakayama, T. (2008) Development of process-based NICE model and simulation of ecosystem dynamics in the catchment of East Asia (Part II). CGER’s Supercomputer Monograph Report, 14, NIES, 91p., http://cger.nies.go.jp/publications/report/i083/i083
  • Nakayama, T. (2012) Development of process-based NICE model and simulation of ecosystem dynamics in the catchment of East Asia (Part III). CGER’s Supercomputer Monograph Report, 18, NIES, 98p., http://cger.nies.go.jp/publications/report/i103/ja/
  • Nakayama, T. (2014) Development of process-based NICE model and simulation of ecosystem dynamics in the catchment of East Asia (Part IV). CGER’s Supercomputer Monograph Report, 20, NIES, 102p., http://cger.nies.go.jp/publications/report/i114/ja/
  • Nakayama, T. (2019) Development of process-based NICE model and simulation of ecosystem dynamics in the catchment of East Asia (Part V). CGER’s Supercomputer Monograph Report, 26, NIES, 122p., http://cger.nies.go.jp/publications/report/i148/ja/

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